4-10.回らない車輪
トリシュヴェア建国物語 開幕
──約五十年前、南部採石場
あちらからこちらへ、こちらからあちらへ、忙しなく台車が行き来する。積荷は巨大な花崗岩であり、重量は想像を絶する。それを、老若男女問わず誰もが息を切らしながら引く──引かされている。
「おい、そこ! 勝手に休むな!」
軽い鎧と剣を身につけた労働見張りの男が怒りを露わにして叫ぶ。岩を運ぶ途中で座り込む年老いた男を発見したためである。
「貴様だ、貴様!」
手に持った剣の切っ先を向け、騒々しく足音をならしながら彼の方へ早足で歩む。
「おお、お待ちください!」
彼の進路へ若い男が飛び込んだ。老人と同室の労働者であり、事情をよく理解していた。
「おじいさんは今朝から体調が優れないのです。熱があって咳も酷く──」
「関係ない、どけ!」
「うぐっ!?」
若男は左頬に拳を受け、しりもちをつく。その隙に怒れる彼は老爺の元へ。
「立て」
「すみません……ゴホッ、もう、足に力が入らなくて」
己の症状を告白する声にも力が籠っていない。咳をしすぎたことで喉からは血の味がし、呼吸の減少による頭痛と目眩もある。
「……立てぬと言うのか?」
「ゴホッ……ゴホッ、は、はい」
「ならば貴様など必要ない。失せろ!」
男は右手の剣を老爺へ向かって振り下ろした。刃はいとも容易く老体を裂く。抗議の余地も無く、一人の命が岩山に消えた。
「そ、そんな……おじいさん! おじいさん!」
「何だ、貴様? 同じ様に斬られたくなければ、さっさと持ち場に戻れ」
「くっ……! は、はい……」
こんな理不尽があってたまるかと。我々が何したのだと。若男は歯を食いしばって拳を硬くした。現状に対する激しい怒りを、重い荷台を引く初速度に変換。老爺の分まで生きて、そしていつの日か、奴らに一矢報いてやろうと。彼の目に浮かぶ雫は、密かに打ち上げられた反撃の狼煙である。
これが、南部採石場での残酷な現実だ。奴隷として過酷な労働を強要される人々は、もともとこの近くで暮らしていた先住民である。そんな彼らの元へ北上して来た民族は、豊かな石材に目を付け武力によってこの場所を制圧した。
そんな生き地獄のような場所で生活する男、タカミ。彼もまた強制労働の被害者である。
「くそ……っ!」
老爺が殺される所を遠くから見ていたタカミは、若男と同様に拳を強く握った。この不条理は何とかせねばなるまいと、幾度か反乱計画を立てたことがあった。しかしながら、現実は何も変わっていない。あと一歩、実行に移る前に足踏みしてしまうからだ。
「こんな事ならっ!」
彼の脳裏に浮かぶは、殺された仲間の顔。無論、怒りの感情は抱く。だが、首謀者だと発覚すれば己の命も霧散するだろうと言う思考結果が、彼の動きを封じていたのである。
「やっときゃ良かったんだ、あの時」
踏みとどまった事に対する後悔の念をブツブツと呟きながら、タカミは何往復も荷台を引き続ける。
「タカミ、さっきの見てたか?」
死人が出た現場を見てから数時間後、すれ違った労働者の男がタカミに声をかけた。タカミとはかなり前から友好関係にある存在で、名はミナカという。こんな日常においては数少ない楽しみだが、いつ見張りが来るか分からないため長話は出来ない。
「おじいさんの件か?」
「そうそう」
「ああ、見てたぜ。何もできなかったがな」
「……仕方ねえさ。なあタカミ、そろそろ、何とかしたいとは思わないか?」
この腐った状況に、いつまで服従すればよいのだろう。その疑問を抱えているのは彼らだけではない。老爺も同室の若男も、タカミもミナカも。理不尽に労力を搾取されている人間誰しもが考えていることだ。
「もちろん思うが、失敗すれば殺されるだろ」
「だろうな。けど、このまま言う事を聞き続けたって、死んでるのと変わらんだろ」
「まあな……」
「──おっと、見張りが来る。この事はまたゆっくり話そう」
「ああ」
発覚の恐れを考慮してジェスチャーなどはせず言葉のみで別れ、荷台引きを再開。足に思いきり力を込める。この重さを動かすには相当な力が必要だが、きわめて困難なのは初動である。車輪は、動き始めてしまえば何とか回る。
最初の一歩が苦しい。
ここで働く誰しもがその重さに悩んでいたのである。




