3-23.月の騎士・ジュアン
早足で迫る男性が桜華に呼びかける。
「桜華様!」
——様がついてる
「様だって」
「どうしたの?」
——あ、無視した
「なにやら、鎖の方から此方へ向かう人影が」
「人影?」
「はい。丁度、そちらの殿方のような装備を身に着けています」
「え、僕?」
鎖を調べる前に、何やら厄介ごとが
起きそうだと、ユウキは固唾を飲んだ。
「人影は一名ですが、如何しましょうか?」
「う~ん、状況からして只者じゃないもんね」
バケモノが闊歩する大地を一人で
歩くなど、自殺行為もいいところだ。
防人によって守られている範囲を一歩出れば、
そこはもう、人間が肩で風を切れる場所ではない。
「分かった。天舞音様の作戦だけど、急遽変更。私たち三人で先頭を行くよ。防人は下がって、横展開して大回りで鎖に先行してくれる?」
「御意!」
男性がもとの位置まで戻り、桜華の指示を伝達。
防人の先頭集団は散り、後衛と合流。
二手に分かれて鎖への進軍を続けた。
ユウキ、アインズ、桜華の三人はそのまま進む。
——あれか
見晴らしがよくなった先に、
確かに人影が一つ見えた。
距離にして百メートルほどだ。
「本当に、普通の騎士に見えるわね」
だんだんと距離が縮まり、
詳細の観察が可能になってきた。
見た目は、やはり普通の男性。
年はユウキと同じく十八歳程度に見える。
暖色系の装飾が入ったユウキの装備品とは対極に、
深い青などの寒色系が目立つ。
相手もユウキらを見てか、まっすぐ向かってくる。
「あの~殿方? こんな所で何を?」
十メートルほどまで近付き、桜華が問うた。
「え、あんた誰?」
「ひどっ⁈」
「あ、お前らは知ってるぞ」
桜華から外れた彼の視線は、
次にユウキとアインズを捉えた。
悪意は感じないが、まっすぐで鋭い。
不審に思った二人は、いつでも
剣を抜けるように気持ちを整理する。
「やっぱり来たか。セレーネ様が仰った通りだ」
——セレーネ?
——それこそ誰だ?
「どうだい? 鎖を斬った感想は?」
「……私たちを一方的に知ってるみたいだけど、何者?」
「質問に答えろよ、邪神の遣い」
「……っ‼ 邪神って、何のことです?」
「はははっ、とぼけちゃって。お前、日の巫女の遣いなんだろ?」
「何を——」
「その日長石を見ればわかる」
ユウキの首にかかった首飾りを指さし、そう言った。
そんな彼の首元にも飾りが見える。
ただし日長石ではなく、闇のような輝きを放つ無気味な宝玉だ。
二人はそれに見覚えがあった。
「で、どうなんだよ」
すなわちこの人物は、
己と対立する存在であろうと、ユウキは察する。
「……まあ、爽快だったかな。邪魔でしょうがないからさ、アレ」
「あっそう。んで、ここの鎖も壊そうってわけ?」
「もちろん」
「何のために?」
「日の巫女は無実だって、世界に——」
「嘘つくなよ」
「……え?」
「お前はただ、月に復讐したいんだろう⁈」
「……っ‼」
復讐。リオが殺されたから、殺り返す。
ユウキは己の心を疑った。
潔白の証明という尊い目的で
旅をしているつもりだった。
しかし、どうだろう。
誰かがリオの死にかかわっているのだとしたら。
何者かの意図したことだとしたら。
それでも、復讐ではないのだと、
胸を張って言えるだろうか。
「安心しろ、ボクも同じだ」
「……?」
「セレーネ様を永いこと封じてきた邪神と、その遺志を継ぐ者が憎い。あの方の手となり足となり、ボクはユウキ、お前に報復するんだ」
——復讐
——復讐?
——本当にそうか?
ユウキは何度も己に問いかける。
自分自身の行動原理は何なのか。
この男やカマイタチが存在をほのめかす者。
それに対して恨みがあったから、こうして動いているのかと。
改めて心の根幹に問いただす。
なぜだ。
なぜ、お前はまだ生きる道を選んだのだと。
——そうだ
「違う。僕は、お前とは違う」
——僕の決意は、報復なんかじゃない
戦おうと。旅に出ようと。そう決めるに至った理由は、
彼——ジュアンが言うような仕返しではなかったはずだ。
ブライトヒルで目覚め、日長石を取り戻す際に知った事。
世界には、自身の想い人であるリオを、
邪神だと信じてやまない人が多数存在しているという事実。
それが悔しくて悔しくて、たまらなかったから。
バケモノに殺される人々を、離れた場所から
見ている事しか出来ない自分に、嫌気がさしたから。
——だから僕は、この旅に出たんだ
——断じて、復讐なんかじゃない
もっと尊く、純なものであると。
「僕の目的は、復讐じゃない‼」
「ははっ、強がりやがって。ま、何だっていいさ。どうせ——」
腰に携えた剣を抜くジュアン。グッと腕に力を込めると、
刀身が月長石に酷似した闇のような光に覆われた。
それはまさしく、ユウキの
サン・フラメンと対極といった様相である。
「——ここで終わるんだからな‼」




