3-21.生じた蕾
──ウルスリーヴル城、地下牢
カツカツと、木製の下駄が石の階段を叩く音が響く。
申し訳程度の敷物を通して伝わる床の
冷たさを感じながら、桜華は気配の主を見やる。
「桜華や」
「……」
──天舞音
言葉は発さず、視線だけを送った。
「お主らの事、少し調べさせてもらった」
「……そう」
再び視線を落とす桜華に向けて、
天舞音は正座し、手の平と額を床につけて続けた。
「すまなかった」
「え……?」
檻を通した反対側の光景に、
桜華はただ唖然とするばかり。
「孤児の集まる神社が襲われた当時から、防人はスサノオを追っていた。しかし……対処的な行動しかしていなかった。慎重すぎたのじゃ」
ろくに返事もせず、ただ膝を立てて
隅に座り、背中を丸めて俯いたまま話を聞く。
「お主らが大蛇を組織してまで成したスサノオの討伐は、本来は、我ら防人が果たすべき責務じゃ」
「……」
「桜華も小町も、防人の不甲斐なさにより生まれた被害者と言える。故に、正々堂々と大義名分をもってお主らを処することは、防人には……妾には出来ぬ」
数秒の沈黙が訪れた。
抑えきれぬ声の震えをそのままに、桜華が問う。
「じゃあ何? 解放してくれるの?」
「かと言うて、それは出来ん。数々の窃盗と傷害が、大蛇の行為として挙がっている。指導者として、やはり何かしらの罰は受けてもらわねばならない」
「まあ……そう、だろうね」
大蛇として活動しながら、彼女とて、その覚悟はしていた。
武器を盗んだ。
防人を負傷させた。
理由はあれど、ただで許される事ではないのだと。
「前にも伝えたが、死罪にはしない」
──別に、斬首でも切腹でもいいのに
現在、十七歳半の桜華。
人生の半分以上を、大蛇としての活動に費やしてきた。
その目的を果たしてしまった今、彼女にはもうやる事が無い。
「お主らには、窃盗と傷害で二年ほど禁錮に入ってもらうことにする」
「……殺しは?」
「……スサノオの拠点に迷い込んでしまった不幸な子供たち。そこへ防人が来て、奴らを斬った」
「え?」
「そういう事にしておけ」
「……なんで、私を助けるの?」
桜華はまた、天舞音に同じ質問をした。
「妾は借りを作るのが嫌いでな」
「借り?」
「気にするな。それはそうと、禁錮を終えた後、どうするつもりじゃ?」
「さあ。また刀でも盗んでやろうかな」
孤児であるが故に家はない。やることも無い。
さてどうしたものかと、天舞音は思案する。
「……ならば、桜華よ。妾の下で防人をやれ」
「は? なんで私が」
「妾がウルスリーヴルの指導者をやりながら、同時に防人をやっているのには訳があってな」
「……訳?」
「近年の防人は、弱体化が目立つ。これでは対外的な抑止力としての機能を果たさんのじゃ」
「……?」
「お主は一度、妾と刃を交えたな。正直驚いたぞ。まさか背後の仲間に気を遣いながら、なお、妾の攻撃を止めるとはな」
「それはどーも」
「桜華になら、防人を任せられる。素直にそう思うたわ。妾も国政に注力できて一石二鳥じゃ」
そう言って、天舞音は立ち上がった。
指導者と防人を兼任する彼女には、仕事が山のようにある。
「では、そういう事じゃ。二年後、よろしゅうな」
「ちょっと、私はまだ何も──」
「暇なら、助ける側になれ」
「助ける……側?」
「これ以上、蛇を増やさぬようにな」
「……小町は?」
「これから話をしに行く。しばし待て」
天舞音は振り返らずに手を振り、
またカツカツと床を鳴らしながら去っていった。
──助ける側、か
──これ以上、増やさないように
──私や小町みたいな
──復讐に駆られた蛇を
──生み出さないように
「まあ……悪くない、かな」
久しぶりに笑みが零れた。
自分でも不思議に思った。
こんな状況で、よく笑えるなと。
冷たい床にだらしなく
胡座をかき、少女はにやりとまた笑った。
──防人共にも、世間にも
──美少女剣士様の力を見せつけてやる!
桜華の復讐物語 閉幕




