3-1.届かぬ織女星
——???
リオが日の巫女に即位する。
その前夜、ユウキとリオは、作物を保存する高床式倉庫の屋根に寝転び、
なんとも美しい満天の星空を観察していた。
「……もう、一緒に遊べないのかな」
大空を横切る天の川を眺めながら、寂しげにリオが呟いた。
巫女に即位した暁には、これまでのように自由奔放に遊び回ることは出来ない。
暇さえあれば逢い、その度に仲睦まじく遊びに没頭していた二人にとって、この出来事は日常の崩壊を意味する。
加えて、巫女が誰か一人に特別肩入れすることは許されない。
もはや個人ではなく、クライヤマの象徴である為だ。
これは更に非情で、彼らの関係性さえ引き裂くものである。
「それは……嫌だな」
話は事前に聞かされていたユウキだが、到底、納得などし得ない。
右掌を、こと座のベガに向ける。
あわよくば掴もうと考えたが、星に手が届く訳などない。
「……ユウキ?」
代わりに彼は、横に寝転がるリオの手に左手を重ねた。
「たまに、会いに行ってもいいかな?」
「怒られちゃうかもよ?」
「別にいいよ、それくらい」
叱責などは、彼の行動を制止するに至らない。
彼女と顔を合わせたいという欲は、何にも代替し難いものであった。
それを聞いたリオは、僅かに笑顔になって言葉を紡いだ。
「ふふっ、たまに、だよ?」
「うん。数時間に一回くらい」
「結構だね」
ずっと共に在りたい少年にとっては、それでもかなり我慢している方である。
今年で十三歳になる二人。リオはユウキを仲のいい幼馴染の様に思っていた。
が、ユウキは違った。彼女に対する想いは既に、友情の垣根を越えていたのだ。
基本的にクライヤマを好いている少年だが、巫女の即位に関してだけは憎しみが生じた。
──なんで、関係を棄てなきゃいけないんだ
──別に良いじゃないか
──リオだって普通の女の子だ
一方で彼女は、巫女に即位する事自体には誇りを感じていた。
集落を導き、皆に加護をもたらす存在。
世襲であるとは言え、そんな役職に名誉があった。
かと言って、幼馴染と乖離する事をすんなりと
受け入れられた訳では、やはりなかった。
手足や顔を土で汚し、駆け回る。
そんな風に過ごすのが楽しかったリオにとって、
ずっと綺麗な巫女服に身を包み、淑やかに社に座する生活は、
精神的には苦になるであろう。
「あ、雲だ……」
「うん……雨、降るよ」
それはリオが占うまでもなく、ユウキにも判った。
厚い雲が次第に星空を覆い隠す。
「ああ、もう、見えないや……」
つい今しがたまで少年を釘付けにしていたベガは、
もう全く見えなくなった。
その日以降──リオが日の巫女に即位してからと言うもの、ユウキは社へと通い詰めた。
畑の手伝い等がよほど立て込んでいない限り、毎日のように足を運んだ。
もう、かつてのように和気あいあいと会話することは出来ない。
彼女の姿を一瞥するだけでも構わぬと。
一言挨拶するだけでも良いと。
しかしそれは、発覚すれば叱責の対象となる行為である。
「いい? あの娘はもう、ユウキの友達じゃないの」
何度も、何度も、嫌になるほど。
二人の乖離を促す言葉は繰り返され、
少年にはもはや、洗脳にさえ感じられた。
「……やだよ。リオは……リオは僕の大事な」
「巫女様は、クライヤマ皆の大切な存在なの。だから、あなただけが特別近い関係になる事は許されないのよ」
「……」
それでも彼は止めなかった。
何度叱られようとも。
「巫女様と、友達みたいにかかわるのはやめなさい」
何度、警告を受けようとも。
「何度言ったら分かるの! 巫女様はあなただけのものじゃないのよ!」
何度、平手打ちを受けようとも。
そんな程度で拘束できるほど、安い感情ではなかった。
即位から三年経ったとて、彼はまだ足繁く通う。
その日も両親に見つからぬよう、林と草むらを継いで進み、社へやって来た。
畑仕事を得意とする中年の男が、リオに天気を占って貰っていた。
結果は晴れであると告げる彼女の笑顔により、少年の心もまた安らぐ。
「あ、ユウキ。また来てる」
「またバレた。気配に敏感だな、リオは」
台詞のわりに、ユウキは嬉しそうである。
と言うのも、発見されて会話に繋がることを強く期待していたのだ。
実際にその通りとなり、彼は嬉々としてリオと話す。
いつか。
やがて、いつか。
気持ちを伝えられると時が来ると信じて。




