2-27.虚妄の奴隷
まだ短い列に並ばされ、前の人に続いて城へ向かう。
──どうしよう、お母さん、お父さん……
バケモノの襲撃となると、ここ城下街よりも、田舎方面が先に攻撃対象になる。
真っ先に、両親の心配が心を支配した。
その次に顔を出したのは、自身の推論が、
全くの見当違いだったのかもしれないという憂慮である。
──もしかしてクライヤマには悪意があって?
──ブライトヒルと共同侵略をしようと?
──バケモノを使って、ここを狙ってる?
二つの不安にかられた彼女の拍動は、恐ろしく早い。
聴力を制限するほどに喚く鼓動は、もはや痛みと化する。
──そんなはず無い
──そんなはず無い
──そんなはず無い
世論が正しかったのか。
クライヤマの巫女は邪神なのか。
一連の騒動はクライヤマの侵略行為なのか。
心が定まらないまま、王城付近まで来た。
避難してきた人が、続々と城へ招かれていく。
そこへ──
「四班が来たぞ!」
案内の騎士が叫んだ。
四班は、騎士団の中でも、民衆にその名が知れ渡る程の集団である。
鎖の調査において、同班から一人の負傷者も出さなかった話は、
一種の英雄譚として広まりつつある。
──鎖
──あれ、鎖は⁈
ここ最近になって姿を見せた巨大な異物は、昼夜問わず常に東に座す。
だが今は違った。
東の空を見ても、月へ向かって伸びているはずの無機物の姿がない。
──方角が違う?
そう思ったポリアだが、夕日の反対方向を観察している以上、
勘違いや見間違いではないと確信した。
──無くなったんだ
──でも、誰が、どうやって?
列は更に進み、もう数分で彼女も城に入るだろうと言うタイミングで、
それがポリアの視界に飛び込んだ。
「……あ、あれは!」
ニューラグーン国の物ではない、豪華な馬車。
友好国であるブライトヒル王国の紋章が入った絢爛たる馬車である。
戸が開き、まず女性が降りた。
ポリアはその人物に見覚えがある。
気持ちが昂った。
続いて、もう一人が降車した。
──あの人だ!
──間違いない!
先日目撃した、クライヤマの衣装を着た人物だ。
今はブライトヒルの武具を身に付けているが、
背丈や顔が強く記憶に刻まれていたため、確信できたようである。
「ブラント!」
誰かの大声が聞こえた。
発生源を見ると、周囲の誰よりも
雅な服装の男が立腹した様子で叫んでいた。
「注視しておけと言ったはずだ! なんだ、この有様は!」
「王よ、どうか落ち着いて下さい! この事態に関して、彼らには一切の非はありません!」
「そんな訳があるか! クライヤマより出たバケモノがここを襲っているのだぞ!」
「彼らは何もしておりません! 東をご覧下さい。むしろ、お二人は鎖を破壊しているのですよ!」
──っ!
──鎖を、破壊⁈
だから無くなったのかと。
それと同時に、ポリアの不安が一つ消し飛んだ。
むしろ希望となり、それ見た事かと、彼女は誇らしくなった。
——ブライトヒルの王様を引きつけた蜜
——それは、鎖の破壊だったんだね
しかし、ニューラグーン国王の心は真逆であり、
四班の班長、ブラントへの激昂は続く。
「口答えをするな! 刺客を捕らえろ!」
「王!」
「従わぬのなら貴様たちも反逆罪で逮捕する!」
感情のままに騒ぐ王。
もはや民衆の視線になど気付いてはおらず、
憤怒の怪物と化している。
──怖いんだ
──知らないから
少女はそう考えた。
王に限った話ではない。
月が落ちて鎖が刺さり、バケモノが現れた。
何が起きているのか、何が原因なのか。
それは誰にも分からなかったし、
現状においても真相は明るみに出ていない。
──最初はみんな、知りたかったはずだもん
なぜこんな事が起きたのか、
なぜ自分たちが殺戮の矢面に立たされたのか。
理由は、誰しもが知りたかったはずだ。
そんな混沌の中に投下された、
──月の影がクライヤマを覆っている
──バケモノはクライヤマ方面からやって来る
と言った既成事実。
これらは恰好の餌として瞬く間に拡散し、
大量に、虚妄の奴隷が完成したのである。
──知らないから怖い
──なのに知ろうともしない
──それじゃ、永久に間違え続けちゃう




