2-6.焦燥の朝
——翌朝
鳥や動物の鳴き声が聞こえた。
窓からは眩い陽光がさし、朝だ目覚めよと急かす様であった。
この音と景色は少年に一刹那のみ、故郷のような懐かしさを感じさせた。
「ううっ……」
寝具の質が絶望的であったためか、身体のあちらこちらが痛む。
少年は、関節や筋肉を伸ばし、痛みの改善を試みていた。
ふと、旅の相方の姿が無いことに気付く。
「あれ……?」
窓から外を見る。
強烈な朝日がユウキの眼を刺激するが——
「あっ——」
綺麗な景色ではあったものの、少年の気はそれどころではなかった。
見た——否、見てしまった。
「……」
車内に居なかった旅の相方アインズが、外の川で水浴びをしているのである。
そうとは知らずに外を見てしまった少年は、
しかし、釘で固定されたかの如く視線を外すことが出来なかった。
「……」
彼に邪悪な意図は無く、むしろ、十八歳という子供と大人の転換期たる年頃にふさわしい反応とも言える。
一方のアインズは、そうとは知らず水浴びを続ける。
腰まで水に浸かっており、反射光によって水面が輝いているおかげで、水面下の観察は不可能であった。濡らした布を使って身体を拭う。首や脇腹、胸などを特に徹底している。
「な、何してんだ僕はっ⁉」
そこまで見てようやく自分の愚かさに気が付き、急いで視線を外した。
岩場を見ると、彼女の衣類が雑に丸めて置いてあるのが見えた。
こっちを先に見つけられれば、どれほど楽であっただろうと苦悩するユウキ。
慌てふためいたまま車窓から離れた。
「……早く終わらないかな」
顔を洗ったり、口をすすだりしたい少年。
事情を知ってしまっているがゆえに、座席車から出ることは出来なかった。
ユウキにとっては数時間にも感じられたであろう十数分が経過した。
座席車のドアノブが回り、アインズが戻ってきた。
「あら、おはよう。もう起きてたのね」
「お、おはようございます……」
変に緊張してしまい、言葉が詰まった。
——頼むから違和感を覚えないでくれ
「……?」
「な、なんですか?」
「ふ~ん、そういう事ね」
「……え?」
口元に右手を持って行き、ニヤニヤしながらユウキに問うた。
「見てたでしょ?」
「えっ⁈ な、何をですか!」
しまった、と。
質問されて、突然声を荒げて返す。
それすなわち、図星のサイン以外の何物でもない。
「水浴びよ」
「見てないし、見ませんよ!」
「オバサンになんて興味無いみたいな言い方ね、失礼な! 私、まだ二十四なのよ? お互いに四捨五入すれば、ユウキ君と私は同い年なんだからね⁈」
——その理論はムリがあり過ぎません⁈
「オ、オバサンだなんて思ってないです! というか見てないです‼」
「本当~?」
半目になり、ユウキの眼をまっすぐ見るアインズ。
ユウキも負けじと視線を泳がせないよう必死になる。
「……嘘は証拠を抹消してからつく事ね」
「……え?」
ふう、と向かいの椅子に座ったアインズは、濡れた髪を布で乾かす。
そんな彼女の姿を盗み見る余裕などなく、証拠とやらをこっそり探す。
チラっと川の方の窓ガラスを見た時、少年は見つけてしまった。
「あ——」
「気付いた?」
ガラスに、しっかりと手形が付いていた。
「えっと……ごめんなさい……」
「背中くらい流しに来てくれても良かっ——」
「え、ええ、遠慮します‼」
少年の崇高な旅の二日目は、こんな焦燥から始まったのであった。




