1-14.決意の成果
——ブライトヒル王国城、一室
ユウキが目を覚ました部屋に、アインズ、ツヴァイ、ユウキの三名が集まった。
「すみません、僕が旅に出るなんて言い出したばっかりに」
アインズにも騎士としての生活があるだろうに、と。
それを崩してしまう事に、彼は申し訳なさを感じた。
「いいじゃないか。世界を見て回って、少しは勉強になるだろう」
「……誰が世間知らずですって?」
柔らかい雰囲気の彼女からとは思えない、鋭い声で返した。
「いや、そうとまでは言っていないが……」
彼女の飛躍した解釈に困惑している様子である。
「まあ私は別に構わないから。気にしないでね、ユウキ君」
「……はい」
——気にするなと言われても……
という複雑な感情と
——優しいのと鋭いの、どっちが素のアインズさんなんだろう?
という疑問が、ユウキの中に同時に存在した。
「旅の出発は明日でいいの?」
「はい。出来るだけ早めに始めたいですけど、今日は僕もフラフラなので」
「……まずは体を休めないと、大変だものね」
「そうですね。じゃあ、明日からでお願いします」
「了解よ。それじゃ、私は準備を進めるから」
「はい。本当に、ありがとうございます」
ユウキが礼を述べると、アインズは笑顔で手を振りながら部屋を後にした。
残された二人の間には数秒の沈黙が訪れたが、ツヴァイがそれを破った。
「ユウキ」
「はい?」
「私の言えた事ではないが、人というのは、他人より自分の考えを信じる方が楽なものだ」
「……」
「頭で考えるエネルギーを必要としないからな」
学び、声を聞き、現実はどうなのか判断する。
それは、案外難しいものだ。
信じたいものを信じたいように信じ、見たいものを見たいように見る。
その方が、人にとって遥かに簡単なのだ。
「一度信じた認識を外から捻じ曲げるのは、非常に困難だ」
「……」
その言葉に、ユウキは少しうつむいた。
「だが」
ツヴァイはしかし、彼とは思えない少し優しい声色で続ける。
「君は現実に、それを成した」
「あ……」
「君の放った温かさは、人の心を変え得る。——私がそうだったようにな」
「ツヴァイさん……!」
「まあ、回りくどい言い方をしてしまったが……私は、君にならできそうだと思っている。応援しているよ」
「……っ‼ ありがとう、ございます」
様々な感情が渦巻き、言葉を詰まらせながらの返答。
「……では、私も立ち去るとするか。今日はしっかりと休むのだぞ」
「はい」
出入口のドアノブに手をかけたツヴァイ。
一瞬止まり、何か思い出したかのように振り返った。
「そうだ」
「……?」
「アインズはアレでおっちょこちょいな部分がある。その、なんだ。少し気にかけてやってくれ」
「えっ……あはは……」
最後に余計なことを言い残し、今度こそ部屋を後にした。
「……」
その瞬間に気が抜けたユウキは、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
窓から差し込む夕日。
その光に、日長石をかざす。
——君も、よくこうして石を見てたよね
クライヤマでの平和な日々を思い出す。
母親に叱られながらも、幾度となく彼女の居る社へ足を運んだ。
「……」
指先で石を転がしながら、ユウキはさらに記憶を回想する。
——だからこそ僕は、知ってる。君の本当の姿を。
——崇められることに、くすぐったさを感じていたことも。
——じっとクライヤマを見守っていても、本当は畑を手伝ったり走り回ったりしたいことも。
——凛と佇んでいるけど、不意に現れる虫に驚いてしまう事も。
……くだらない言い合いの中で見せる無邪気な笑顔が、本物であることも。
それらは全て、リオを日の巫女ではなく、一人の少女として見ていたユウキにしか知りえぬ事だ。
その上、彼女を知っている人間自体、もう彼しか残っていない。
その事実が、ユウキの使命感を爆増させている。
「やるさ。僕はもう、力を手に入れたんだ」
鎖の破壊。
月の解放。
リオの潔白証明。
すべてを失い、死に待ちだった彼に出来た目的。
仲間。
成功体験。
太陽の力。
助けられてばかりだった彼が得た、尊いモノ。
「それが出来たら僕は……今度……こそ……」
かつてないほどの疲労から、ユウキはそこで眠りについた。
その寝顔は柔らかい表情であり、
それでいて、決意がにじみ出るたくましいものでもあった——。
第一章 決意 ー完ー
日長石の石言葉:勇気