9-4.感謝を伝える
──ヴェルクリシェス国
タヂカラやハルと別れたユウキとアインズは、ヴェルクリシェスへ。良くも悪くも旅の最初期を思い出す二人での道中は、一周まわって新鮮なものであった。
「おお、戦士よ! よくぞ戻られた!」
ユウキの顔を見た長老は、興奮した様子で労いの言葉を口にする。
「そこの者、ピュラーを呼んで参れ」
「かしこまりました」
依頼を受けた従者がその場を去る。彼を見送り、老爺の視線は再度ユウキに向いた。
「君には感謝してもしきれないよ」
「いえ、僕はただ──」
ただ、一人の女性を苦しみから救おうとしただけ。望まぬ力を与えられ、それによって身を縛られた巫女たち。
二人に見出した共通点の為に、ユウキは目的を征伐から救済に変えたのであった。
──全部話すと、ややこしくなりそうだな
そう思い、この事実は自分の心の内に留めておく事にした。
世間一般では、日の巫女の遣いが邪悪を討ったと認識されるだろう。ユウキにとっても思うところはあるが、それでも結果的に当初の目的は果たされるのだ。
「ただ、あの子の為にやったに過ぎませんから」
彼はそう、含みのある言葉で誤魔化した。長老はその意図に気づかず、ただ笑って返した。
そこへ──
「ユウキ様ー!!」
バタバタという足音と共に、赤髪の少女ピュラーがユウキに飛びついた。
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ!」
「ユウキ様、ユウキ様! 私と結婚するために戻って来てくれたんでしょ? ね? ね? そうなんでしょ?!」
ピュラーはやたらと強い力でユウキに抱きついており、彼はその拘束を振り払えずにいた。倒れてしまわぬよう堪えながら、アインズに助けを乞う。
「ア、アインズさん、見てないで助けてください……!」
「ふふっ、楽しそうでなによりだわ」
「アインズさん?!」
彼女の助けは期待できず、ユウキは結局自力で少女を落ち着かせるのであった。
長老との話を終え、家を出たユウキら。ブライトヒルに戻るかと話していた中、ユウキはふと思い立って月の神殿方面へ向かった。
「ねえピュラー」
「なに? 結婚なら──」
「違うよ……。あの月下香って花、何本か刈っても良い?」
ユウキはヴェルクリシェスに咲く花、堕落の象徴とされているものの畑を指さした。
「良いけど、刈ってどうするの?」
「……まあ、色々とあってね。献花ってやつだよ」
了承を得た彼は花畑に近付き、五本ほどを刈り取った。束を大事に抱え、神殿に足を踏み入れる。
中は冷りとしている。日の巫女の社とは違い、ユウキに僅かな寂しさを感じさせた。鏡のような床を進み、やがて月の巫女が座した部屋へ。
「あそこがいいか」
玉座近くの床に、刈り取った月下香の花束を供えた。目を瞑って合唱し、数秒ほど祈った。
アインズとピュラーには彼の意図が分からなかったが、何も言わず後ろで見守った。
馬車に乗り、二人はヴェルクリシェスを去る。そこまで繰り返し結婚結婚とせがみ続けたピュラーであったが、彼の想い人リオという存在の為、あえなく撃沈した。
「じゃあね、ピュラー」
「ユウキ様、また遊びに来てね! 別にその他も来てもいいよ! その他のその他にもそう伝えておいてね!」
馬が歩き出し、ユウキの乗った座席車を引く。手を振りながら橋と集落の壁を越えて平原に出た。
「ねえユウキくん。あの子、どうしてやりましょうか」
「……………………やめてあげてください」
──クライヤマ、麓
そこで馬車を降り、ユウキは山を見上げた。そんな彼に、アインズは声をかけた。
「本当に、集落へ帰るの?」
「ええ。ちょっと、やり残したことがあって。しばらくクライヤマに引きこもります」
「そう……」
壊滅的な被害を受け、住民はユウキ以外全滅。そんなクライヤマで何をしようと言うのだろう。そう大いに心配した彼女だったが、無理な引き止めはしなかった。
「まあ、何かあったら、すぐブライトヒルへいらっしゃい。いつでも歓迎するわよ」
「はい、ぜひ」
「なんなら、お風呂とか水浴びを覗きに来てもいいのよ?」
「ままま、まだ覚えてたんですか!? じょ、冗談言わないでください!」
フュンオラージュ川で見てしまったものをまた思い出し、ユウキは少し赤面した。アインズはその様子を見て笑う。
「ふふふ、冗談のつもりは無かったけど?」
「えっ?!」
「なんてね。じゃあ……寂しくなるけど、私達もここで一旦お別れね」
固い握手を交わし、二人はしばらく互いの顔を見た。やがて、ユウキは涙ぐんで口を開く。
「アインズさん。あの時、僕を助けてくれてありがとうございます」
冷たい岩に背中を預けたまま他の住民と同様に死していれば、仲間と出会う事も、疑念を払拭する事も出来なかった。彼はその感謝を、一番最初の仲間であるアインズに告げた。
「いいのよ。それに、私もユウキくんに救ってもらってるしね。私を肯定してくれて、ありがとう」
命に対する二つの価値観で板挟みにされていたアインズは、ユウキが放った温かさで心を決めることが出来た。彼女はそれを、少年に感謝した。
「……じゃあ、僕はこれで」
「ええ、またね」
救い合ったパートナー同士、互いに笑顔で別れを告げる。少年に向かって手を振り、アインズは馬を走らせるのであった。
──ブライトヒル王国、墓地
そろそろ陽が落ち始めるかという時刻に、アインズは亡友を訪ねた。
墓標の前でしゃがみ、新たに花を供えて数秒祈ってから、微笑みながら呟く。
「全部、終わったわよ」
墓標は何も言わず、ただ供えた花が風に揺れる。
「あの子が人を変えられると確信したのも、生き残ったのも、あんたのお手柄ね」
しゃがんだまま、墓標についた土汚れを指で払った。少し沈黙したあと、ふうと一息ついてから立ち上がった。
花束の残りを手に持ち、彼女はまた別の墓標をめざす。そこに眠っているのは、彼女の父親である。
「久しぶり、お父さん」
ここにも花を供え、しばらく手入れができていなかった墓標を綺麗に掃除した。
「私ね、旅をしてたの。世界を救う男の子の手伝いの為にね」
近況報告をしながら茂り放題だった草を刈り、周囲は見違えるほど綺麗になった。
「私、騎士になって良かった。ブライトヒルを守りたいとか色々思ってたけど、結局、誰かの役に立てたっていうのが一番嬉しい」
そう話していた時、右の方から声がした。聞き馴染みのあるものだが、この場所で聞こえるはずがないものだ。
「あら、アインズ?」
「え、お、お母さん?!」
見ると、母親と病院で母の担当をする女性が共にアインズの方へ歩いてきていた。
「こんにちは、アインズさん。お母様、突然お墓へ行くんだと仰いまして。病状が良くなったわけではないのですが……」
「おかえりなさい、アインズ。これからご飯の支度するから、少し待っててね」
依然として頓珍漢なことを言い続ける彼女。それでもアインズは心を乱さず、まっすぐ母の目を見て話した。
「お母さん。私を大事にしてくれて、ありがとう。これからも、お母さんに貰ったこの命……大切にするね」
そう微笑みながら、アインズは父と旧友、そしてユウキら旅の仲間の顔を思い浮かべる。母は娘の姿を見て、何も言わず微笑んだ。
──その後、アインズもまた世界を救った英雄の一人として、その名を馳せるのであった。