9-2.手を差し伸べる
──数日後、ハーフェン港
ユウキらは、桜華の故郷であるウルスリーヴルへ向かうため港へ。元気な少女と共に見て回ったなという記憶が、少年の中に蘇る。
「じゃあ、手続きをしないとね」
「出発は明日になりそうですね」
鎖国状態のウルスリーヴルに入るには、ハーフェン港での渡航手続きが必要である。それ故に、三人は以前ここで一日待ったのだ。
「いや、手続きなんか要らないよ」
「え、要らないんですか?」
「桜華……あんたまさか、密航する気?」
「んなわけないでしょ!」
どういう事だと疑問に思いながら、ユウキらは桜華の背中を追う。馬車を降りてから何処にも立ち寄らないまま、一行は船着き場へ。
「ほら、ちょうど出るところだよ」
そう言い、彼女は機関士の元へ駆け寄る。
「機関士さん、私だけど。友達と乗ってってもいい?」
「ああ、桜華さん。構いませんよ」
「あんがと。乗っていいってよ」
面倒な手続きを踏まず、彼女は直談判にて自身らの渡航を決定してしまった。
「入国云々は防人の管轄だからね」
「職権濫用じゃないかしら」
「まずはありがとうでしょ、アインズ殿?」
「防人の管轄なのに、僕ら犯罪者扱いを──」
「うわユウキ殿まで執拗い!」
「犯罪者扱い?」
「世の中には知らない方が幸せな事もあるよ、タヂカラ殿」
茶番を繰り広げる一行を乗せ、船はウルスリーヴル側の港へ向かって動き出した。
──ウルスリーヴル国、港
船を降りて歩いていると、見回りをしていたのであろう数人の防人が見えた。
「ん? あれ、小町じゃん」
その中に友人を発見した桜華は彼女に忍び寄り……
「こ~まち~!」
背後から唐突に抱きついた。
「わー! 曲者! 曲者だしょっぴくぞ!」
「わわっ! ごめんって! 私だよ私、愛しの桜華ちゃんだよ!」
わざとらしく驚く小町に対し、桜華は本気で動揺した。その光景を歩きながら眺めていたユウキらの姿が、小町の目に映る。
「あんた、よくそんな恥ずかしげも無く……」
「小町さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、ユウキさん。ウチの赤ん坊が迷惑かけませんでした?」
たまたま港付近の見回りを担当していた小町と話しながら、一行は城へ向かう。断じて桜華の帰りを港で待っていたわけではないと、彼女は強く語った。
──ウルスリーヴル国城、指導者の間
装飾の入った障子の先にて、ユウキらは指導者である天舞音と再会した。タヂカラには少々狭い部屋であり、彼は何度も姿勢を直している。
「素晴らしいご活躍でしたな、ユウキ殿。空の穴から戦いの様子を拝見させて頂きましたが、いやあ、お見逸れいたしました」
そう嬉々として語る彼女に対して、ユウキはここでも讃えるのは日の巫女にしてくれと頼んだ。
「巫女は邪神じゃないと、そう広まってくれれば本望です」
ウルスリーヴルでは、もともとクライヤマや巫女への不満の声は小さかった。
その人々が故郷に対して良い印象を抱けば、汚名返上の中心地になるのではないかとユウキは密かに思っていた。
「あの姿とあの温かさが世界に伝わったのなら、その願いもまた叶う事じゃろう。して、桜華は皆さんのお役に立てましたか?」
「はい。桜華さんが居なければ、目的の達成は難しかったかもしれません」
「えっへん! 私がいなかったら、そこの鎖破壊で終わってたもん! ねえ、アインズ殿?」
鎖の守護者アマビエを撃破出来たのは、桜華の力があったから。それは確かに、否定しようのない事である。アインズは話を聞きながら、それを少し悔しく感じた。
「……謙虚さの欠片も無い不躾な剣士じゃが、お役に立てたのなら良かっ──」
「えっ? 私、不躾じゃないです」
「お黙り!」
「はいゴメンなさいっ!」
──ウルスリーヴル国、港
天舞音への挨拶を済ませ、ユウキらはまた港へ。彼らの戦闘を支えた剣士、桜華との別れである。
「じゃまたね、ユウキ殿、アインズ殿、タヂカラ殿」
「桜華さん、本当にありがとうございました」
「やっと静かになるわね」
「世話んなったな、嬢ちゃん」
「一人おかしくない?」
そうしていると、機関士から出航の合図があった。三人が船に乗ると、だんだんと陸から離れていった。
「じゃあね! どうしても私に会いたかったら、いつでも遊びにおいでよ!」
ずっと手を振り続ける桜華に、三人もまた見えなくなるまで手を振り続けた。
旅の仲間がまた一人、帰国した。旅の目的を達成した喜びとは裏腹に、ユウキはまた寂しさを感じていた。
──ウルスリーヴル国、南部
ユウキらを見送った桜華は、城へ戻る前に南部河川敷に足を運んだ。未だ活動を続ける家族の所へ向かったのだ。
「あれ、あの子たちどうしたんだろう……」
会うことは出来たが、どうしてか元気が無さそうな大蛇の面々。桜華は不思議に感じ、土堤防を下りていった。
「みんな元気無いね、どしたの?」
「あ、桜華さん! 旅から戻られたんですね!」
真っ先に駆け寄った骨董屋の娘は、なにやら数枚の紙を持っていた。
「実は、これをお役所に持っていったんですけど……」
「何これ、万事屋おろち……?」
見ると、営業許可を乞う書類であった。彼らはこれを役所に持っていったが、受理されなかったので俯いていたのだ。
「やる事が不明瞭だからって、断られちゃったんです」
「お店、子守り、家事などのお手伝い……」
復讐を終えた大蛇は牙磨きを辞め、こうした慈善活動を行っていた。能力がついてきた彼らは、それを仕事にしてしまおうと考えたのだ。
「桜華さん!」
「な、なに?」
「これ、天舞音様に直接渡して頂きたいんです! 私たち、どうしても諦められなくて!」
あまりに高い熱量で、桜華は圧倒されてしまった。しかし、知り合いを経由して上に通して貰うという方法は、あまり褒められた手段ではない。
「お役所でダメって言われちゃったんでしょ? じゃあ天舞音様に持っていっても同じなんじゃない?」
「そんな~! そこを何とか!」
「ダメなものはダ──」
防人の頭領として厳正に対処しようと。そう考えていた桜華に、鍛冶屋の子が紙の小箱を渡した。
「桜華さんに贈り物です。戦いの旅、お疲れ様でした!」
「あのねぇ……」
箱の中身は、彼女の好物である豆大福。それを見た桜華は、紙を一度地面に落とした。
「桜華さん……?」
「あれー? こんな所に大事そうな書類が落ちてるぞー? 飛んでいったら大変、急いで天舞音様に報告しなければー!」
見るに堪えない演技でもって、桜華は落とした紙を拾い上げる。贈り物と紙を持って、大袈裟な動きで城方面へと歩き出した。
「あれ? もしかして私たち、防人を買収した?」
「そ、そうかもな……」
──それから、桜華と小町は防人の頭として活躍を続けた。自分たちのような、苦しみを味わう子供が減るように、と。
──桜華らと形は違えど、万事屋おろちは困っている人に手を差し伸べる組織として、その名を轟かせるのであった。