9-1.真実を報せる
──ブライトヒル王国
戦いを終えたユウキらは、王国へと帰還した。絢爛な馬車と重種の馬が街に入ると、それらを目撃した人々は大騒ぎした。
「あの子だ! あの子が乗ってるぞ!」
「世界を守ったクライヤマの男の子よ!」
英雄だ凱旋だと、ユウキの名を呼びながら歓迎したのである。
空の穴から戦う彼の姿と、元の位置に戻り始めた月。その二つを見た多くのブライトヒル国民は、クライヤマの生き残りである彼を肯定する事にしたのであった。
「ふふ、人気者ね」
「なんか……恥ずかしいです」
「誇って良いんじゃない? 実際、ユウキくんが居なければ今頃バケモノに蹂躙されていたわけだしね」
この地で初めて感じた、人の心を変えるという感覚。最初は数人規模だったが、今ではこれだけ多くの人間がユウキを信じている。クライヤマと巫女の力は邪を滅するものだと、考えを改めたのである。
「ありがとう!」
「君と日の巫女は世界の英雄だ!」
そんな声が聞こえ、ユウキは少し涙ぐんだ。
馬車はそのまま城へ入り、中庭で停まった。降車した一行は、ブライトヒル国王やメーデンと歓談する。
「此度の戦、本当にご苦労であったなユウキよ。君のおかげで、ブライトヒルに蔓延っていた恐怖感情はおおよそ払拭されたと見える」
王の言葉で、ユウキは自分を讃える国民の声を思い出した。また照れ臭く感じた彼は、それを悟られぬよう毅然とした様子を装って語る。
「僕は……僕の事より、日の巫女は邪悪な存在じゃないと思い直してくれた人が居る事が嬉しいです。もともと、そのために旅に出たので」
「そうだったな。きっと、日の巫女を否定する声は小さくなるだろう」
「君が戦っている時、私もこの地で戦っていたんだ。その際、多くの人が君の姿を見ている。大丈夫、君の想いは届いたはずだ」
「そうだと嬉しいです」
それからもう暫く話し、旅の一行は数日の間ブライトヒルで休む事にした。
──数日後、クライヤマ
四人は太陽に照らされて平和が戻った集落に、ポリアを連れてやって来た。この訪問こそ彼女が旅に出たいと願った最大の要因である。
「クライヤマ……! クライヤマですよ、ユウキさん!!」
「う、うん、クライヤマだよ。バケモノが潜んでないとは言いきれないから、あまり離れないで──って、凄いな……」
建築物の隅から隅まで観察し、その特徴や気付いた事、他国の文化との違いを事細かに書き留めていくポリア。
しまいには茂みの中まで足を踏み入れ、どんな生物が存在しているのかまで記録していく。
こうなるだろうと予想していたユウキだが、実際に目の当たりにすると唖然とする事しかできなかった。
「改めて見るといい所だね、クライヤマって」
バケモノは居らず、月の影もない。破滅の痕跡以外は元の姿に戻ったクライヤマの様子は、桜華にそんな感想を抱かせた。
「確か、クライヤマでも花崗岩が使われてるってポリアの嬢ちゃんが言ってたな。御影石とかって呼んでるんだって?」
「ええ。少し山を下りると、広い岩場があるんです」
タヂカラと岩の話をしている間にも、少女は観察を続ける。
クライヤマに興味を持ち、尋ねたいと思い始めてもう何年も経った。大昔の旅人が遺した書物だけでしか楽しめなかった物が、今目の前に広がっている。ポリアはそれが嬉しくてたまらなかったのだ。
「背の高い建物……ネズミ返しの様な構造が付いている……ユウキさん! こちらは食物庫って事ですか?!」
「うん、正解。よく分かったね」
彼女の慧眼に恐れ入ったユウキ。同時に、自分の故郷をこんなにも愛する人間が存在する事を嬉しく思った。
「ユウキさん、ここは?」
その場所は、周囲とは違う空間であるかのように厳かな雰囲気を放っている。奥には木造のシンプルな建物が見られた。飛び石によって道が作られており、人の管理下から飛び出したのにも関わらず整っている。
「ああ、ここはね、巫女の社だよ」
ユウキが足繁く通い、その度につまみ出された場所。つい先日にも訪れ、祈りを捧げた場所である。
「ここが……すごい…………」
その荘厳さは、それまで大騒ぎしていた少女を静かにさせる程のものである。
「ほら。これが、日の巫女が祈祷に使う道具だよ」
「なるほど……なるほど!」
彼女はまた帳面を取り出し、祈祷道具の姿を詳細に模写する。
「それから、これが日の巫女の衣装だね」
「な、なんて美しいお召し物……!」
月の巫女の羽衣とは違い、日の巫女の衣装は紅白のシンプルなものだ。ポリアはそれも綺麗に模写していく。着方までは残念ながらユウキにも分からず、断念した。
──翌日、ニューラグーン国
クライヤマにて数冊の帳面を埋め、満足したポリアを乗せた馬車はニューラグーン国へ。
田舎町で馬車を預け、少女は懐かしい街並みを先導。彼女の恐ろしく重い荷物はタヂカラが軽々と運んでいる。自宅に到着し、玄関を開いた。
「お母さーん! ただいまー!」
呼び掛けから数秒ほどでドタバタと足音が聞こえだし、少女の母親が姿を見せる。
「ポリア!」
「お母さん!」
親子は抱き合い、再会を喜んだ。一行はその様子を微笑ましく見守る。
「ユウキさん、アインズさん。それから他の方々も……娘の夢を叶えて下さり、本当にありがとうございます!」
「私共の方こそ、ポリアちゃんには沢山助けて頂きました」
旅の思い出話などで暫く別れを惜しみ、ユウキらは城へ向かう。
「みなさん! ありがとうございましたー!」
見えなくなる最後の瞬間まで、彼らは互いに手を振り続けるのであった。
──ニューラグーン王国城
挨拶をしに来た旅人と国王、そして四班の面々がその場に集結した。
「わざわざご報告くださり、ありがとうございます。我らも見ておりましたよ、あなたの勇姿を」
初めて彼らに会った時、ユウキはクライヤマから送られてきた侵略者だと思われていた。
だが、もうその冷たさは存在しない。ブライトヒル同様、彼は世界の救世主とまで思われているのだ。
「ユウキくんの温かさ、我が四班のみならず、多くの国民に届きましたよ。おそらく、想いも伝わったことでしょう」
「嬉しい限りですが、讃えられるべきは日の巫女です。僕はそんな、大した事はしてませんよ」
ユウキの目的はあくまで、リオの潔白を世界に示す事であった。やはり、己の事など彼にとっては二の次であったのだ。
停めた馬車へ戻り、ユウキらはウルスリーヴルへ向けて出発する。そんな彼らを見送りに四班の面々が来ていた。
「では、今後のご活躍を願っております」
「みなさん、本当にお世話になりました!」
「本国には、あなた方のご活躍もしっかりと報告いたしますので」
一言ずつ挨拶を交わし、馬車は走り出す。
「またね、ユウキくん!」
手を振りながら、ユリアが叫んだ。ユウキは再び大きく手を振る。
「アインズさーん! 今度個人的にお食事でも!!」
ケスラーの誘いに、アインズは全く振り向かず前を見ていた。賑やかな少女が居なくなった馬車の中。ユウキらには、少し寂しく感じられた。
──クライヤマの文化についての見聞をまとめたポリアの著書が一世を風靡するのは、それから数年後のことである。