8-11.本当の願い
ユウキは、壁にもたれてあひる座りをする少女に一歩ずつ近付いていく。
「やめて、来ないでってば!」
右手に生成した剣を持ち、五歩程度の間合いで少年は止まった。
「セレーネ」
「ヤダ、ヤダよ……私はまだ、世界を壊してない……! まだ、何も出来てない!」
「もう良いんだってば。君はもう、十分苦しんだ」
慈悲の言葉をかけながら、少年はセレーネに切っ先を向けた。今にも泣き出しそうな彼女の顔を見ると、その手に強い力が籠る。
「……終わりだよ、セレーネ!」
ユウキは武器を振り上げ、セレーネとの距離を詰める。彼女の一歩手前で止まり、刃を振り下ろす。
その時彼の脳内では、リオとの楽しかった一時からこの瞬間までの記憶が全て同時に蘇っていた。
平穏な集落でリオに出会い、彼女が巫女となった事で距離が離れた。巫女が死に、月が落ちた世界で力を得て旅に出る。様々な人と出会い、仲間ができ、こうしてセレーネと対峙した。
長い戦いのようにも思えたが、数えてみると案外短期の出来事である。その想いを全てこの一撃に乗せ、少年は刃を振るう。
「──っ! 月下香が……!」
最後の攻撃を放った少年。涙目で身体を縮める少女。その間に、玉座に置かれていたはずの月下香が、自ずから浮かんで割り込んだ。
泡に包まれたまま突如としてその場に現れ、まるでセレーネを庇う人であるかのような形で微かなオーラを放っている。
──と、止められない!
花の介入を目視したユウキだが、始まってしまった行動を止めるには、時は遅すぎた。勢い付いた腕は止まらず、刃を振り下ろす。
「ダメ……それはダメ!」
それに気付いたセレーネは叫び、瞬時に花を胸に抱き寄せた。更には、月下香を庇うためにユウキに背を向けたのである。
「──きゃああああああああ! あ……ああ……」
彼女はユウキの攻撃をもろに受け、その場に倒れた。斬られると同時に、セレーネの体内に大量の日輪の力が流れ込んだ。
それは、セレーネの命をこの世に留め続けていた力さえも対消滅させたのであった。
「セレーネ……君は──」
「うる、さい……何も…………言わない、で」
迫り来る死を自覚した彼女の声は、徐々に弱くなっていった。
それに呼応するかのように、神殿が崩壊し始める。無機質な建築物は、彼女の力によって作られ維持されていたのだ。
「お前……な、何を……?」
ユウキは崩壊を気にせず、月下香を抱いたままのセレーネの肩と脚に手を回した。そのまま彼女を抱き上げ、玉座付近まで歩いた。
足の先から少しずつ光の粒となり始めたセレーネを、ユウキは最期に、玉座のすぐ近くの床に座らせたのである。
「もう巫女の座から降りて、自由に愛すればいいさ」
「ふん……キザな、奴……」
そうしている間にも神殿は崩れている。巫女の間もその影響を受け、入口近辺から奈落へ落ち始めた。床にはヒビが入り、ユウキが立つ場所も、もう長くはもたない。
「行って。最期は、この子と……二人きりがいい」
「……永い事お疲れ様、セレーネ」
「……ふん」
そう言い残し、ユウキは日輪に祈った。オーラは眩い光となり、彼を包み込んだ。やがてユウキからは神殿の様子は見えなくなる。
「……ありがとう」
転移する直前、ユウキはそんな声を聞いた気がした。
──クライヤマ
光とともに、少年はクライヤマへと帰還した。その頃には月はかなり遠くまで行っており、日輪の集落には太陽光が差し込み始めていた。
「……終わった」
空を見ると、大穴はすっかり塞がっていた。元の美しい青空が広がっており、世界に平穏が戻ったのだと少年に実感させた。
そこへ──
「ユウキくん!」
「アインズさん! ご無事で良かったです」
「無事……ではなかったかもしれないけど、お陰様で今回も生きながらえたわ」
乱れた髪や傷ついた姿を見て、ユウキは彼女らの戦いがどれだけのものだったかを推定した。
「おおユウキ殿! 大丈夫?! 生きてる?! 胸の傷はどうしたの?!」
「無事だったかアニキ!」
桜華とタヂカラも合流し、戦いの余韻は賑やかさに掻き消された。
「お二人も無事で良かったです。胸の傷は……」
記憶を探るが、彼は自分がどうして生きているのか、いまいち思い出せなかった。鳥居と太陽がうっすらと思い浮かぶのみである。
「なんか分かりませんけど、大丈夫でした」
「いや何それ……」
「はっはっは! まあ無事なら何でもいいじゃねぇか!」
暫く四人で笑い合い、互いの無事を喜んだ旅の一行。これで、ユウキの旅は終幕を迎えたのである。
「さ、いったんブライトヒルに帰りましょう」
「そうですね。あ、その前に」
下山する前にと、ユウキは巫女の社を訪れた。
仲間たちが見守る中、社に向かって二礼二拍手をする。
──リオ
──僕を支えてくれてありがとう
──僕を選んでくれてありがとう
──全部、終わったよ
そう亡き彼女に報告し、一礼。大きく深呼吸をし、ユウキは仲間の方へ振り返った。
彼の祈りに対して返事をするかのように、誰もいない社に、一筋の風が通るのであった。