表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】天ノ恋慕(旧:太陽の少年は月を討つ)  作者: ねこかもめ
第八章:終幕
173/180

8-9.日没の訪れ

 狂ったように高笑いを続けたセレーネは、息をきらしながらユウキの方へ歩む。


 彼女が生成する武器は、剣などの知性的な物から野性的な爪になった。


「あははははは! ほ〜ら、斬り裂いてあげるから大人しくしろ! ぎゃははははは!」


「セレーネ、止まれ! 落ち着くんだ!」


 その爪を振り回して無鉄砲に突進する姿は、月の巫女という高尚なものではなかった。


──これじゃ、まるでバケモノだ


 左右の突きを躱しながら、反撃の機会を窺うユウキ。しかし、もはや思慮無しに繰り出される攻撃には逆に隙が無く、ただ攻撃を食らわないよう振る舞う事しか出来ずにいた。


「ほ〜ら、ほらほら! 死ね、死ね!」


「──っ!」


 引っ掻きが彼の頬を僅かに掠めた。攻撃のスピードが次第に上昇している。暴走しながらも、月の力が彼女の身体に馴染み始めているのだ。


──このままじゃ、押し切られる!


 ユウキは自身の必勝パターンに持ち込む事にした。セレーネが本能に支配されている今なら通じるだろうと考えての事だ。


「終われ! 終われ! 邪神の遣いめ!」


 右手、左手、また右手。そうやってユウキの胸を標的にした突きを繰り返す。少年はそれを後方への回避で躱し続け、距離を作った。


「──サン・プロミネンス!」


 日輪のオーラをセレーネに向けて放つ。既に次の突きを始めていたセレーネは勢い付いており、回避できる状態ではない。


「ごめんよ、セレーネ。本当は君を救い──?!」


 慈悲の言葉をかけていたユウキに対して、セレーネは彼の攻撃を無視して突っ込んだ。全身を強烈なオーラで包み、プロミネンスをかき消しながら進んだのである。


「ナ〜ニか言った〜?!」


 このままでは突きを食らってしまう。ユウキは後ろに下がりながら、セレーネと自身の間に無数のバリアを作った。彼女はそれをバリバリと割りながら、次第に勢いを落とす。


──サン・プロミネンス!


──やっぱりダメか


 そこへもう一度オーラを飛ばすが、やはりセレーネのオーラと相殺して無へ帰す。


「ううっ?! だ、黙って、私に従え!」


 次の策を考えながらセレーネと睨み合っていた少年は、彼女が時折苦悶するのを見た。


 その度に、彼女の意思とは無関係に身体の一部分からオーラが溢れる。


──力を抑えられずに、苦しんでるんだ


──今のセレーネは……


 ジュアンがそうであったように、許容を超えた力により侵食されようとしている。


 セレーネはそれを強靭な精神力で以て抑制しているだけであり、身体は既に悲鳴を上げているのだということは自明であった。


「うふふふふ、あはははははは!」


 オーラの漏出を押さえ込んだかと思うと、セレーネは突然笑いだした。


 そのまま壁に向かって跳躍し、蛙の様に引っ付く。手足を巧みに動かし、壁や天井を這ってユウキへ迫る。


「ほらほら、どうしたの?! 私を止めるんじゃなかったのかな〜?!」


 セレーネによる、人と言うよりも動物に近い奇想天外な連撃を受け、少年はまた防戦一方になる。


──くっ! 速くて重い!


 自制の効かなくなりつつあるセレーネの攻撃は、彼女自身の身体の事など考えていない。


 肉体的な限界など無いものとしているのだ。故に、攻撃のスピードや角度、力加減などはそれまでとは比にならないほど予測が困難であった。


「さっさと死んでくれない? 執拗いと嫌われるよ!」


 息切れとオーラ漏れに苦しみながら、セレーネはユウキに言った。太陽の少年もまた、猛攻を防ぎ続けて大きく消耗している。


「セレーネ……取り込まれる前に、石を吐き出した方が良いんじゃないかな。もう、見てられないよ」


 その瞬間も、セレーネの口から月輪のオーラが煙のように出ている。彼女の呼吸に合わせて強弱を繰り返す。可憐な少女は、月の獣に成り果てようとしていた。


「うるさい、これは私の力だ! 全部私のものなんだ! あはははは!」


 情緒までもが侵食を受け、セレーネは笑ったり怒ったりを繰り返す。そんな状況のまま、セレーネは攻撃に転じた。


「……分かったよ。君がそうまでして悪に徹しようと言うのなら、僕はもう躊躇わない!」


 そう決心し、セレーネの攻撃を弾き返した。迷いを破棄し、反撃を織り交ぜて対処にあたる。


 しかしその意思は討伐ではなく、太古の時代より続く苦しみから彼女を救おうというものであった。力の放棄が不可能なのであれば、救う方法は一つしかないのだ。


「ぎゃはははは! ザ〜コ、ザ〜コ!」


 それでも、セレーネの力は強大であった。数多の攻撃を観察しても隙やクセは見られず、セレーネは無作為に爪を振り回す。


「ほら、早く止めてみなよ! ぎゃはははは!」


「そうさせてもらう! サン・フレア!!」


 ユウキを中心に、日輪の力が爆発を起こす。巫女の間全体が震えるほどの衝撃であるが、セレーネは構わず突進した。


 オーラを纏ったりバリアを張ったりなどの対策をしつつ、爆風の中を進む。だが防御は叶わず、彼女の力は打ち消され、身体は融解と再生を繰り返した。


「効かないよバ〜カ!」


「そうだろうと思ってたよ!」


 彼女の猪突猛進は、ユウキの想定内であった。少年は今のセレーネならそう動くだろうと考え、爆風の向こう側でオーラの手刀を創って待機していたのである。


「ぐっ! ウザい! 私の綺麗な肌を傷付けるなんて!」


 ユウキの手刀は、セレーネの左胸から右脇腹にかけて傷を付けた。だが、その傷は一秒も経たないうちに塞がり、元の白い肌へと戻る。


「ぎゃはははは!」


 セレーネは狂気的に笑いながら、ユウキの両手を自身の両手で掴んだ。両者とも力が打ち消されるのを感じる。だが、今のセレーネの力は圧倒的であるため軍配は彼女に上がるだろう。


「ほらほら、ごっつんこ〜! あはははは!」


「──なっ?!」


 幼稚な台詞を吐き、セレーネはユウキの顔面に自身の額を叩きつけた。ユウキは思わず手を離して数歩下がる。顔面への衝撃は、少年の視界をボヤけさせた。


「死んじゃえええええええ!」


「─────っ!!」


 グチャという惨い音が鳴った。それまで騒々しかった巫女の間は、一瞬にして静寂に包まれる。


「ふふふ。死んだね、お前」


「…………?」


 セレーネが何を言っているか分からなかったユウキだが、ジワジワと温かくなる自分の胸を見て現実に気付いた。


──刺さ……れてる…………?


 実感すると、次第に痛みが湧いてきた。足から力が抜け、視界はグルグルと回り出す。


「バイバ〜イ!」


「うがぁ?!」


 セレーネは不敵に笑いながら、ユウキの胸に刺さっている爪を勢いよく抜いた。瞬間、少年から更に血が溢れ出す。


 彼は堪らずその場に倒れ、笑いながら四つん這いで覗き込んでくるセレーネの顔を見た。


──ぼ、僕……は…………


やがて瞼は落ち、彼の目には何も映らなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ