8-7.亡友と共に
回避も防御も間に合わず、アインズは水平に繰り出された打撃を受ける。
「アインズ殿!」
鎧が凹む程の衝撃がアインズを襲う。口の中に血の味が広がったが、アインズはバケモノの顔を見てニヤリと笑う。
「──捕まえたわよ!」
出せる力を限界まで振り絞り、彼女は痛みを堪えながら鎌の柄を掴んで止めたのだ。
予想外の行動に、バケモノは顔を顰める。低い声で呻きながら鎌を動かすが、アインズは離さない。
「くらいやがれ!!」
真っ赤なオーラを纏った拳が、バケモノの背中を襲う。アインズの攻撃を通さなかったローブはひび割れ、バケモノが苦痛の声を上げた。
タヂカラの力を叩き込めば倒せる。そんな希望を抱いたアインズだが、現実はそう優しくなかった。
「うっ! くそ、使い過ぎたか?! ぐおおっ?!」
能力を繰り返し使用した彼は限界を迎え、その場でダウン。バケモノはこれを好機と捉え、大男を強烈な蹴りで遠くへ飛ばした。
「タヂカラさ──きゃああっ?!」
一瞬だけ力を緩めてしまったアインズも、柄を振り回す動きによって飛ばされてしまう。
「タヂカラ殿! アインズ殿! うっ、このままじゃ……!」
その場に残された桜華に対し、バケモノは連撃を放つ。何とか回避と防御を繰り返す彼女だが、次第に手の力が抜けていく。
「お……桜華…………!」
やがて体力も尽きたのか、桜華はその場に膝をついた。そこへ、バケモノの垂直斬りが迫る。
今の状態では、防御も回避も受け流しも困難だろう。そう考え、アインズは反射的に二者の間に亜光速移動で割り込んだ。
「やらせないわよ!」
ギリギリで刃を受け止めたアインズだが、力で押されていく。タヂカラは気を失っており、援護は期待できない。
「ぐう!」
なんとか桜華を守りながら、アインズはバケモノに勝つ方法を考えた。
──私のスピードは有効だけど……
亜光速移動での回避や攻撃は何度も成功している。
──けど私じゃ、力が足りないのよね
アインズや桜華の攻撃では、バケモノはダメージを受けなかった。
──どうしたら……
ダメージを与えうるタヂカラは、バケモノの攻撃で気絶中。残ったのは、消耗したアインズと刀を握る力さえ入らない桜華。
極めて絶望的であった。
──どうしたら良いのよ?!
やがてアインズも限界が迫り、押される一方になっていく。
「ご、ごめんアインズ殿……!」
桜華は謝罪の言葉を口にしながら、刀を握ろうと試みる。だが握れたとて、体力的に戦えるとは思えない状態だ。
──ダメ、何か考えないと。何か、私一人でもこいつを倒せる方法を……!
バケモノの押しを抑える為に踏ん張り、アインズは一瞬だけ目をつぶった。
それによって景色が暗転したほんのわずかな時間、彼女の脳内に友人の姿が浮かんだ。戦死した第二部隊長ツヴァイである。
──そうだわ、ツヴァイ。あんたはほとんど一人でこいつを倒したのよね? いったい、どうやったの?!
ツヴァイは、どちらかと言えばタヂカラと似たタイプの戦闘を行う。すなわち、攻撃力重視だ。
拳と鎌という違いはあれど、ツヴァイもそう簡単に攻撃を当てることは出来なかったはずである。
ならば、彼はどうして相打ちにまで持ち込めたのだろうか。そこにヒントがあるだろうと、アインズは思考を巡らせる。
──極まったスピードがあれば当てられる
──極まった攻撃力があればダメージを与えられる
これまでの攻防で分かったことを端的にまとめると、彼女の思考はクリアになり、同時に友人とのある一幕が蘇った。
──出来るものならやってみなさいよ、この攻撃力極振り男
──なんだと、スピード全振り女
それは、第一部隊の新米騎士として切磋琢磨した頃の記憶である。彼女はここから、目の前のバケモノを倒すための答えを得た。
「なんだ、そんな事ね」
敵と張り合えるスピード。敵にダメージを与えられる攻撃力。その両方を兼ね備えるだけ。至ってシンプルな答えであった。
「ええ、そうね、ツヴァイ。あんたの言う通り、確かに攻撃力も大切だわ!」
そう考えを改めたアインズを、激しい黄金のオーラが包み込む。
「アインズ殿……?」
その黄金の中に、紫色が混じりはじめる。紫は次第に増えていく。最終的には、黄金と紫がそれぞれ半分ずつを占めた。
「行くわよ。覚悟することね!」
バケモノに切っ先を向けるとアインズの剣は紫のオーラを吸い、ツヴァイが持っていた物と似た鎌へと変化した。二色の力を放出しながら、アインズはバケモノの目の前に亜光速移動。
「くらいなさい!」
鎌を振り上げ、力いっぱい振り下ろす。しかし、大振りな攻撃は敵に掠る事もなく地面へ。
「そうね……だったら、こうよ!」
回避される対策として、アインズは先に武器を振り上げた。そして、振り下ろそうと腕に力を込めた瞬間にバケモノの懐へ亜光速で移動した。
「はあああああ!」
バケモノに回避する暇を与えない戦法により、亜光速で超攻撃力が叩き込まれていく。
「遅いわよ!」
それを何度も何度も繰り返し、バケモノを切り裂く。
「こいつ、私を盾に……!」
バケモノは堪らず、桜華の背後に空間転移した。だがその防御策はアインズの前では無意味である。
「こっちよ!」
亜光速で敵の背後に回れば良いだけだからだ。背中に大きな一撃を受け、バケモノは遂に倒れた。
「トドメ!」
ダメ押しにもう一撃、超攻撃力を首へ。すると、バケモノは断末魔を上げた。足の先から、ゆっくり光の粉塵へと姿を変え始める。
「はぁ、はぁ、はぁ……お、終わった……」
「やるじゃん。さすが、偉い騎士様だね」
その頃には、天から溢れる日輪のオーラは更に強くなっていた。もはや太陽がそこにあるのではないかと錯覚させるほどである。
「ありゃ、いつの間にか終わってたんか」
「ええ、なんとか」
へたり込む二人の元へ、目を覚ましたタヂカラが合流する。
「アインズ殿ってば凄かったんだから」
「ほう、そいつはぜひ見てみたいな」
「……見せなきゃならないような敵は、もう懲り懲りですけどね」
「はっはっは! 違え無ぇや!」
──ねえ、ツヴァイ。もしかして、あんたも私と同じ答えに辿り着いたのかしら?
彼が大鎌のバケモノを討伐出来たのは、今アインズがやって見せたような事と同じ事をしたからなのか。
今やその真偽を確かめる手段はないが、彼女はそうであれば良いなと微笑んだ。
空の穴からは、セレーネと戦う少年の姿が見えた。