8-2.心の光
──同刻、ブライトヒル王国
王国城の一際豪華絢爛な部屋にて、二人の男が話をしている。一人は国王、一人は側近騎士メーデンである。
「……報告は以上でございます」
「うむ。嬉しい報告であった」
「陛下のお言葉が届いて以来、自らしっかりと考えようとする者が増えたようですね」
かなり大規模に発生していたブライトヒル王国での反乱は、すっかり大人しくなっていた。まだゼロになった訳ではないが、多くの者たちが国王の言葉で理性を取り戻したのである。
「先の大襲撃も、民が纏まる要因になったと言えよう。……決して、認めたくはないがな」
民にも騎士団にも、そして国のあらゆるシステムにも大きな被害を与えた襲撃。多くの騎士──第二部隊長までも失うこととなった出来事は皮肉にも、主に復旧作業を通して国民が一致団結するきっかけを作ったのである。
「して、かの少年ユウキの戦いはどうなっておるのだろうな」
「そちらの件ですが、つい先程、クライヤマに刺さっていた最後の鎖が崩壊する所を見た者が居ます」
「そうか。では、月は解放され、影は照らされるのだな」
「ええ、おそらく。彼に賭けたのは正解だったようですね」
メーデンが言うと、国王は少し笑って彼の言葉に対し首を横に振った。
「賭け遊びをしたつもりはないぞ。少年の真っ直ぐで力強い眼を見て確信したから任せたのだ」
国防が重要となる局面において、第一部隊長アインズを遣わせるという異例の判断をした国王。
彼女の派遣に踏み切れたのは、国王がユウキに任せても良いという確証を持っていたからだ。
「それでは、失礼いたします」
「ああ。また良き知らせを──」
その瞬間の事。これまで耳にしたことも無いような、不気味な破砕音が鳴り響いた。耳を済ませると、外がやたらと騒がしい。
「……一体なんでしょう?」
困惑する彼らの元に、今度は大慌ての人間の声が飛び込んだ。
「メーデン様! メーデン様!」
呼ばれた彼は王の間から出て、その人物の元へ。街の巡回をしている部隊の者であった。
「何事だ?」
「はっ! 二点ございます。一、市街地にバケモノが出現! 一、突如として空が割れ、その割れ目から瘴気が広がっております!」
報告を受けたメーデンは眉をひそめる。二つ目の報告に関して、彼が何を言っているのかさっぱり理解しかねたからである。
「空が割れた、だと? どういうことだ?」
「詳細は不明です。申し訳ございませんが、そう表現する以外には適切な言葉が見つかりません!」
ただ事ではないぞと、メーデンは城に常駐している騎士全員に緊急召集命令を出した。
城の中庭に騎士を集め、事態の説明を行う。
「先程、バケモノ出現との報告を受けた。各員はこれより出撃し、その対処に当たれ。それからもう一つ、見ての通り空に異常な現象が見られる。詳細は不明だが、溢れ出る瘴気には警戒するように!」
そう話をしていると、また先程と同程度の大きな破砕音が鳴った。集まった騎士たちはザワザワし始め、皆、空を観察した。
「あれは……まさか、ユウキなのか?!」
穴の向こうに見えたのは、全く見知らぬ場所で戦う少年と少女の姿であった。メーデンが知る少年の姿とは違ったが、間違いなくユウキであると分かった。
少女の身体から放たれているオーラは、空の穴を通って出てきている瘴気に等しい。憎しみや寂しさといった冷たさを感じられるものであり、ユウキから聞いた月の巫女なる存在かもしれないとメーデンは考察する。
「おい、あれは何だ?!」
「また別の瘴気が出てきたぞ!」
「あの男の子が放っているのか?」
そう聞こえた途端、温かいオーラを感じた。今度のそれはメーデンも知っている。ユウキが放つ日輪の力だ。
「静粛に! 君たちも見たであろう、あの少年を。君たちも感じたであろう、あの少年が放つ温かさを! 彼はユウキ。以前陛下よりお話があった、クライヤマの少年である!」
そう告げると、一時静かであったその場は再び雑音に塗れる。メーデンはまた静かにしろと促し、騎士らに指示を出す。
「彼は今、世界のために月と戦っている。我々はせめて、このブライトヒルのため戦おうではないか! 騎士団各員、出撃!」
命令を受けた騎士たちは、各隊長の指示に従って街へ散っていった。そこへ、国王が現れる。
「ユウキ少年……立派になったものだな」
「ええ。ブライトヒルに来たばかりの頃は、剣を振るうことすらままならい様子でしたが……今ではあのように」
「はっはっは。これで確信したよ。彼や日の巫女……クライヤマは、完全に潔白だとな」
「私もです。これでユウキを守った彼も、報われることでしょう。それでは、私も参ります」
そう言い、メーデンは空に映るユウキの姿を見ながら、ブライトヒルの街へと駆け出した。
──ブライトヒル王国、城内
アインズの隊長室から外の様子を見ていた少女ポリアは、一人で舞い踊った。空が割れてユウキの勇姿が写った。それに加えて、彼が放つ温かい光が、世界中に拡散して行ったからだ。
「これで、世界はユウキさんの心を見た! 禍々しい力に立ち向かう太陽の姿をみたはず!」
自身が最も忌み嫌う反クライヤマ思想は、これで弱まるかもしれない。
大好きで、大好きでたまらないクライヤマが、邪神の住まう地ではないのだと考え改める人が増えるかもしれない。
そんな喜びに打ち震えた為の小躍りであった。
「ニューラグーンの人達は、どう考えるかな」
少なくとも、ユウキの力を目の当たりにした四班の騎士達とニューラグーン国王はクライヤマについて考えた。あとは、ユウキを信じることにした彼らが、この空を見た人々に何を話すか次第であろう。
「……みんなにも、クライヤマの良さを知って欲しいな。お母さんやお父さん、学校の人たちにも、知らない人達にも」
もしかすると、クライヤマや日の巫女について知る自分が輪の中心になれるかもしれない。
そんな期待を抱いたポリアは、輝く瞳で、なおも空を見続けていた。