8-1.巫女の潔白
──月の神殿、巫女の間
セレーネが放つ強力な月輪のオーラにより、空間は再び歪む。元より空いていた穴はさらに拡がり、彼女のオーラを世界中に拡散する手伝いをした。
人間はバケモノによって蹂躙される。自身から至宝を奪うなどという愚行を働いた世界が滅び去る。セレーネはその場所で、目標達成はもう目と鼻の先であると高笑いをしていた。
だがそこへ、またしても水を差す存在が現れた。
「女の子の部屋に入るなら、ノックくらいしなよ。デリカシー無さすぎ」
不愉快なほどの眩しさと共に現れたのは、日の巫女に選ばれし者ユウキである。
「性懲りも無く……またやられに来たの?」
「今度は負けない。絶対に、君を止める」
「何バカな事言って……!」
振り返ったセレーネの目に、ユウキの首にかかった三連の日長石の首飾りが目に入った。
「まだ持ってたの? ちょ〜面倒臭い」
「世界を壊すなんて止めてくれ……って言ったら、君はどうする?」
「はぁ? じゃあ私の宝を返せって言ったら、返してくれるわけ? 勝手な事ぬかすな!」
セレーネの怒りに合わせて、空間はまた大きく割れた。大穴からは、世界中の景色が見え隠れする。太古の時代のように、世界は闇に包まれようとしていた。
「そう、だよね。ならやっぱり、ここで君を終わらせるしかない!」
今のままでは説得は困難だと察し、ユウキはオーラを放つ。全快した彼の力は、月長石と一体化したセレーネをも身構えさせるほどのものであった。
「僕は、日の巫女様より選ばれし者。月の巫女セレーネ、邪知暴虐な君を終わらせに来た。覚悟しろ!」
そう言い放ち、ユウキは日輪のオーラを集約して片手剣を創造。それを振り上げながら、猛スピードでセレーネに迫る。彼女もまた剣を創り、ユウキの攻撃を弾き返した。その隙に追撃を試みたセレーネであったが……
「──えっ?」
ユウキは既に次の攻撃を仕掛けていた。
「──サン・プロミネンス!」
ユウキから独立したオーラがセレーネへと迫る。当たってなるものかと、彼女は数歩下がって月輪のオーラによるバリアを生成。プロミネンスとバリアは打ち消し合い、すぐに無となった。
「ふ〜ん、思ったよりやるね。それが本物の力ってヤツ?」
余裕を装うセレーネであったが其の実、想像を超えるユウキの力に困惑していた。
初戦では戦力的にも精神的にも優位に立っていたセレーネ。しかし今の彼は別人のように冷静であり、力も増していたのだ。
「まあ、なんでもいいや!」
セレーネは剣を捨て、鎌を生成。軌道を読ませぬ様にジグザグに進んでユウキへと迫り、鎌を振り上げた。
目にも止まらぬ速度の蛇行だが、しかし、ユウキにとってその道中はどうでも良いものであった。
「──サン・フレア!」
「──っ!」
自分を中心に日輪のオーラを爆発させるユウキの攻撃は、攻撃対象が自分に近ければ近いほど当てやすい。
「あっぶな……。人様の部屋で爆発を起こすなんて、頭どうかしてるんじゃないの?」
──ダメか
確実に当たるように狙ったユウキだったが、セレーネはバリアを幾重にも重ねて防いだ。
オーラの温かさが部屋に残留しており、月の巫女はそれを不快に感じた。
「これ以上部屋を荒らされたらたまんないからさ……さっさと終わらせようかなぁ!」
──本気で来る!
セレーネが全身に力を込めると、眩いほどの闇という矛盾を孕んだオーラがその空間に満ち溢れる。それを浴びたユウキは、己の中から力が吸われていくのを感じた。
「あんたさ、私を止めて日の巫女は悪くないよって証明したいんだっけ?」
「……そのつもりだけど」
少年が質問に答えると、セレーネは彼の諦めの悪さを嘲るように笑った。リオと自分は同じだと示したにも関わらず、ユウキはまだ同じ事を言い続けているからだ。
「あんたの想い人と私は同じ。世界から見れば、同じ罪を犯した邪神だよ? それをどうやって、日の巫女だけ潔白だって言い張るわけ?」
話をしながら、互いに一瞬たりとも視線を外さない。気を抜けば一気に押し切られ、死ぬ。その共通認識があるからだ。セレーネは双剣を、ユウキは片手剣を生みだした。
「……君にそう言われてから、ずっと考えていたんだ。月の巫女が悪で、日の巫女が善だと言える根拠をね」
セレーネの突きを右に躱し、ユウキは右手に持った剣を振り上げた。だがセレーネは空中でバク宙してそれを回避した。
彼の腕が元の位置に戻る前に、双剣による追撃を行った。少年はこれを回避するのは困難だと判断し、日輪のオーラによるバリアを生成する。
「で、何かいい理論は出来上がった?!」
バリアがセレーネの攻撃を防いでいる間に、ユウキは体勢を戻した。やがてセレーネのオーラが防壁を打ち消した頃、二人は鍔迫り合いになった。
「うん、おかげさまでね……っ!」
押し合いの最中、セレーネは双剣を捨てて手にオーラを集中させ、ユウキの剣を左手で掴んだ。
空いた右手はオーラを纏った手刀にし、少年の腹目掛けて突き刺す。直前で不意打ちに気が付いた彼はすぐさま同じように片手にオーラを纏わせ、受け止めた。
「そんな訳無くない? 私は悪で日の巫女は善だなんて、そんな馬鹿げたこと!」
「そもそもの考え方が間違ってるんだよ!」
両者とも腕の疲労が限界を迎え、互いに一歩下がる。息を整える暇などなく、相手の力に飲まれぬようオーラを高め合う。
日輪と月輪の二つは巫女の間で渦を巻き、互いを打ち消さんとしながら空間の穴より外へ出ていく。
「確かに僕は、君が邪神でリオが善神だと言ったね」
少年の主張に対してセレーネは、月の巫女を邪神とするなら日の巫女も邪神であると返した。その返答が、ユウキを大きく悩ませたのだ。
「でも、よく考えたら違うんだ」
「違う?」
二人は睨み合ったまま、円を描くように歩きながら攻撃の機会を伺っている。
「……僕が、間違っていたよ」
「はぁ? 何それ、意味わかんないんだけど!」
ふとユウキは立ち止まり、セレーネに対して剣の先端を向けた。
彼の顔には月の巫女に対する憎しみや殺意などは浮かんでいない。代わりに謝意や慈悲が見られ、セレーネはただ困惑するばかりであった。
「リオは、邪神なんかじゃない。そして──」
ユウキは導き出した答えについて話しながら、武器を構える。目は力強くセレーネを見つめ、全身からそれまで以上に猛烈な日輪のオーラを放つ。
「月の巫女セレーネ。君もまた、邪神なんかじゃないんだ!」
二人の巫女は同じである。それをユウキが否定できなかったのは、現に同じだからだ。
集落に座する象徴であるのにも関わらず恋心を抱いてしまい、それが今の厄災を引き起こしている。それは、紛れもない事実なのだ。
片方を否定すれば、もう片方をも否定した事と同義。であれば、両者とも肯定してしまえば良い。それが、少年が矛盾の果てに導き出した答えであった。
「……はぁ? あんたバカなの? お前たちから見たら私は──」
「君は! 君たちは、ただ恋をしただけに過ぎないんだよ!」
彼の語気が強まると共に、日輪のオーラはもはや濁流と化す。
「何を、言って……!」
ユウキは彼女に急接近し、攻撃を繰り返した。セレーネは動揺しており、ただ彼の攻撃を防ぐことで精一杯になっていた。
「君もリオも、生まれながらにして巫女になる事が運命だった。たまたま母親が巫女だっただけで、重い責任を背負わされる。他の子と別に何も変わらないのに!」
果敢に攻めるユウキだが、月の巫女を仕留めるのはそう簡単ではない。息が上がっていることに気が付き、セレーネと距離をとった。
「はぁ、はぁ……そんなの、あんまりじゃないか」
「な、何が言いたいわ?! ここへ来て私の事言いくるめようとしてんの?」
「君は、ただ一人の女性として恋をしただけ。それを咎めたり罰したりする権利なんか、本当は誰にも無いはずなんだ!」
ユウキが疲れているのだと察したセレーネ。内心を悟られないよう、今度は彼女の方から積極的に攻撃を放った。
「消えろ、消えろ、日の巫女の遣いめ! 私の前から居なくなれ、邪魔するなぁあああ!」
「もう止めるんだ、セレーネ! 悪いのは君でもリオでもないんだよ! 本当に悪いのは──!」
そんなセレーネの腕を掴んで止め、ユウキは彼女の目を見つめた。
「本当に悪いのは、石だ」
「…………は?」
「君やリオに理不尽な役割を与えた存在……太陽神や月神とでも呼ぶべきモノこそ、僕らが憎むべき邪神なんじゃないのかな?」
少年による拘束を逃れ、セレーネは十歩以上の距離を置いた。荒れた呼吸を整えながら、なおも自分を見つめ続けるユウキを睨み返した。
「本当の邪神は……この、力…………?」
数秒遅れてユウキの言葉を理解したセレーネ。
太古の時代から今に至るまで、この世で初めて己を肯定する存在が現れた。その事に彼女は戸惑いを隠せず、ただ立ち尽くすのであった。