7-11.魂の結晶
──クライヤマ
目を覚ますと、ユウキは真っ先に土の匂いを感じた。未だに鳴り続ける破砕音を聞きながら体を起こし、土を払う。
「確か僕たちは奈落に……」
セレーネの圧倒的な力に敗北し、舞台ごと落とされた彼ら。
「あっ! アインズさん、桜華さん、タヂカラさん?!」
茂みの中に倒れていたユウキ。周囲を確認するが、旅の仲間の姿は見られなかった。搾りカス程の力しか残っていなかったため、月の神殿からの帰還が完璧には成し遂げられなかったのである。
「みんな、どこに落ちたんだろう。まさか奈落の底、じゃないよな……」
ふらふらと揺れながら茂みから出る。耳に飛び込んでくる音は、空の破砕音とバケモノの呻き声だけであった。ふと、ユウキは己が丸腰である事に気付く。
「そうか、剣はセレーネに……」
また、彼の姿は元の少年に戻っている。日の巫女より受け取った絢爛な首飾りは、すでに紐だけの無惨な姿に変貌していた。
「リオ、リオ……君は……」
ボソボソと呟きながら歩くユウキの脳内には、戦いの最中、セレーネが言い放った言葉が無限に木霊する。
──日の巫女と月の巫女は、同じ……?
自身の封印が解けたのは、日の巫女による力の相殺が弱まったから。弱まったのは、日の巫女が私利私欲に溺れたから。セレーネは、ユウキに対してそう告げたのだ。
「同じ……同じ、なのか……?」
ピュラーが指摘したように、ユウキとリオ、ジュアンとセレーネには恋慕という共通点がある。リオはユウキに、セレーネはジュアンに恋をしたのだ。
その感情から全てが開幕したのであれば、二人の巫女は本質的には同じである事になる。それはすなわち、日の巫女は邪神であると言える根拠になってしまうのだ。
「どうしたら、いいんだろう……」
セレーネを邪神、リオを善神と謳いたいユウキにとって、それは大きな──あまりにも非情な矛盾の核となった。
「あれ、ここって……!」
考え事をしながら歩んでいた彼は、いつの間にやら始まりの場所に到着していた。
住民の悲鳴やバケモノの呻き声を聞きながら、天に召される事を待ちわびていた場所。死にゆく日の巫女が監禁された、冷たい岩戸である。未だに閉ざされ続けたそれは、少年にあの絶望を思い出させた。
「……少し、休もう」
目の前の景色が歪み、やがて反転するのではないか。思っていたより連戦による消耗が激しく、彼はその場に座って休息をとる事にした。
「冷たい…………」
岩によりかかると、その冷たさが彼を少し冷静にさせた。リオが邪神であるという命題を否定しうる根拠をかき集め、セレーネを否定するための論を組み立てていく。
しかしどうしても、ユウキは事態の根幹を否定出来ずにいた。天ノ恋慕だけは、否認しようのない本物だからである。
そこへ──
「おっ、アニキじゃないか! 無事か?!」
「タヂカラさん……。ちょっと疲れただけですよ。タヂカラさんは、お怪我とか無いですか?」
「ああ、俺は大丈夫だ。アインズ嬢ちゃんや桜華嬢ちゃんとは、合流してないのか?」
「ええ、まだ会えてないです」
タヂカラはそうかと嘆き、肩を回す。ユウキは彼の屈強な腕を見て、初めて出会った時の事を思い出した。
当たればひとたまりもなかったであろう落石を、タヂカラは能力も無しに止めたのだ。その後、オオタケマルとの戦いで力を強化する能力を得た彼。
まさに鬼に金棒だと思ったユウキは、同時にある事を思い立った。
「タヂカラさん!」
「なんだ?」
「この大岩、動かせないですか?!」
クライヤマの屈強な男数人が動かした岩だ。タヂカラのような、怪力を持つ者であればと期待したのである。
「こいつか? まあ、やってみよう」
ユウキは疲れていたことさえ忘れ、すぐに立ち上がる。数歩離れ、大男の様子を見た。
「おっしゃ、ここを掴んで……ぐぬぬ、ぐおおおおおお!」
大岩はガタガタと揺れるが、まだ動かない。
「おらあああああ!」
タヂカラが腕に力を込めると、周囲に赤いオーラが出現。それと同時に岩は持ち上がり、この岩戸は軽い物なのかと錯覚するほど簡単に開かれた。
「アニキ、動いたぜ」
「ありがとうございます!」
礼を言いながら、ユウキは岩戸の内側へとへ走った。岩に囲まれた一畳程度の狭い空間は、外よりも暗く、冷たい空気が漂っていた。しかし、少年を最も強く引き付けたのは、土の上で僅かな風になびく紅白の残骸である。
「リオの……巫女服…………!」
岩戸の内部には、日の巫女は影も形もなかった。代わりに、彼女が最期に身につけていた衣服が残されていたのだ。
少年はそれを手に取り、土汚れも憚らず抱きしめる。彼は溢れた涙を拭うという発想に至らず、雫は巫女服と土を濡らした。
「ん……?」
泣きながらその巫女服に顔を埋めていたユウキは、不自然に強烈な何かを感じて前を見る。そこには、これまた不自然な光を放つ物体が浮かんでいたのである。
「日長石……?」
光が収まると、その全貌が見えた。拳大の日長石が一つと、その左右に一回り小さな日長石が一つずつある。合計三つの石が、三連の首飾りを構成していた。
「そっか。これは、リオの……」
初代日の巫女から続く意志。日輪の加護。そして、リオが遺した想いと魂の結晶である。首飾りを手に取ったユウキは、見た目に反するずっしりとした重さを感じた。
「……っ! 力が、戻ってくる……!」
枯渇していた体力が戻り、ユウキは己の内側から湧き出る太陽の力を感じた。旅の始まりから今までに感じたものよりも、遥かに大きな力であった。
「アニキ、やるのか?」
力が戻り、むしろ先程までより強力になった日輪の力。それがあれば、今度こそ月の巫女に対抗出来る。
「はい。次は、必ず!」
そう確信したユウキは、タヂカラの問に強く頷いた。
「ユウキくん! ここに居たのね」
「なんか、また凄い事になってんね」
そこへ、バラバラになっていたアインズと桜華も合流した。彼女らも消耗している為か、二人は肩を支え合ってユウキらの方へ歩いている。
「……皆さん、バケモノが来ます!」
人間が集結しているのを察知したためか、四人の居る岩戸の前にバケモノの気配が多数集まってきた。クライヤマに蔓延る殺意が全て向けられているようであり、ユウキらは危機を感じた。
「くそ、これからセレーネを止めに行こうっていうのに!」
仲間に倣って戦闘態勢に入るユウキだったが、彼の参戦はアインズによって止められた。
「ユウキくん、あなたはセレーネの所に行きなさい。ここは、私たちが死守するわ!」
「え、で、でも!」
「私らが行ったって、また動けなくなるだけだからさ。ユウキ殿、めいっぱい暴れて来な!」
「そういうこった。さあ、行ってこいアニキ!」
どうすべきなのか迷っていた少年は、空から響く破砕音が更に強烈になるのを聞いた。
見上げると、月は次第に元の位置に戻りつつあったが、穴は大きく広がるばかり。月長石のオーラが次から次へと溢れており、もはや世界中に広がっているようにも見えた。
──時は一刻を争う、か
「……分かりました。皆さん、お気を付けて!」
ユウキは仲間ひとりひとりの顔を見て、その都度頷いた。やがて自分も覚悟を決め、選ばれし者の力を解放する。
──日輪よ。我は日輪の戦士。我を、月の神殿へ!
そう祈ると、今度は少年のみがオーラに包まれて浮かび、天へと向かっていった。
「すごい数のバケモノだ……」
上空から眺めると、どれだけの敵が仲間の元へ集結しているかが分かった。
「でも……あの人たちなら大丈夫だ」
だがユウキは旅のメンバーを強く信頼し、今は己のやるべき事をやり遂げるのだと決心した。
オーラは次第に強くなり、地上の様子はもう見えなくなった──。