7-2.夕暮れの墓地
──ブライトヒル王国城、一室
ヴェルクリシェスでの戦いを終えたユウキらは、再度ブライトヒルに戻って休息をとることに。クライヤマで臨む戦いに、己らのベストを尽くす為である。
「私は剣を新調しに工房へ行くけど、みんなはどうする?」
自由にくつろぐ仲間達に向け、私服に着替えたアインズが問う。もしひと眠りするなら、女性陣には隊長室を解放するが、という意図であった。
「僕はここで一休みします。色々と考えていたら疲れちゃったので」
「私はブライトヒルを観光したいです!」
毎度の如く元気なポリアは、脳が疲弊したユウキとは相反した状態である。以前ブライトヒルに来た時はバケモノの大規模な襲撃があり、観光などしていられる状況ではなかったのだ。
「俺はここの建築を見てみたい。トリシュヴェアの花崗岩がどう使われているのか、ゆっくり見学ってところだな」
「じゃあ桜華はポリアの保護者をお願い。どうせ暇でしょ?」
「え、私も寝ようと思っ──」
桜華も各人の様に希望を述べようとしたが、優しく、それでいてどこか不気味な微笑みを浮かべるアインズを見てしまって留まった。
「じゃあ、そういう感じね。クライヤマに向かうのは明日の朝イチよ」
そう指示を出した直後、アインズは強い視線を感じた。旅のメンバーの一人、ポリアである。
「……ポリアは留守番よ?」
「え、そんなぁ!」
憧れの地、クライヤマへ行ける。そんな風に思っていたポリアだったが、アインズにより止められた。クライヤマが今、バケモノの巣窟となっている可能性を考慮した結果である。
「まあまあ、ポリア。全部終わったら、必ず僕が平和なクライヤマを案内するから」
「必ずですよ! 絶対ですよ!」
「う、うん。約束するよ……」
──相変わらず凄い圧
ヴェルクリシェスで出逢った赤髪の少女を思い出し、ユウキはその二人に似た要素を感じていた。
数時間後。ひと眠りしたユウキは、やけに広く天井の高い部屋で目を覚ました。ブライトヒル王国城の豪華な一室で眠るのには慣れ始めていた彼だが、気を抜いている目覚めの一瞬だけは、どうしても違和感を覚えた。
「まだ明るい。ちょっと街に出ようかな……」
ふと思い立った事があり、ユウキは城下街へ。緊急用にとアインズから貰ったいくらかの通貨を引っさげ、様々な店が集まる地域へと向かった。
正門から十五分ほど歩いた場所に商店街があるが、城の近くであるとは思えないほど活気が失われている。
「これも、襲撃のせいかな?」
ユウキらがヴェルクリシェスへ発つ前の大襲撃。あの出来事は、王国に深刻なダメージを与えた。物の流通や、人の命まで、多くが被害を受けている。騎士団も例外ではなく、第二部隊に至っては隊長の命を喪ったのだ。
「どこかにお花売ってないかな……」
建物の数は多いが、そのうちの半分以上は店主不在で入口が封鎖されている。復興のため、特に襲撃の被害が大きい外側の地域に物資が優先して届けられているのだ。
「お、あったあった。よかった、お花屋さんはやってる」
そう独り言を呟き、少年は無意味に早足で花屋へと向かう。彼が渡っているのは大きな往来だが、人も馬車もほとんど通らない。廃墟とまでは言えないものの、ユウキはその街並みに猛烈な寂しさを感じた。
「いらっしゃいませ」
少年が陳列された花を見ていると、店の奥から店主が現れた。白髪混じりの女である。
「お花、たくさんあるんですね」
「ええ。先日あった大襲撃のせいで、花を必要とする人が増えましてね」
「ああ……」
店主の言葉を理解し、ユウキは軽い気持ちで言ったことを後悔した。バケモノの攻撃により、大量の死人が出たからだと察した為である。
「僕もお供えする用の花が欲しくて来たんです」
自身を勇気付けてくれた。守ってくれた。託してくれた。そんな英霊への手向けの花を、少年は持っていこうと言うのだ。
「かく言う私も、仕事を休んででもお供えと挨拶に行きたいのだけどね」
「……どなたかが?」
「息子が、騎士をやっていましてね。優しい子だったのだけど……」
店主は微笑みで誤魔化したが、その眼は充血している。涙を堪える彼女を見た事で、少年はとある疑問を抱く。
「クライヤマや日の巫女について……どう思われますか?」
「…………」
「あっ、ごめんなさい。忘れてください」
相手の気持ちを考慮せず不躾な事を聞いたと謝罪したユウキ。
「私はね……」
しかし、店主は己の考えを述べる。国王に自らの頭で考えるよう促され、多くの国民は各々意見を持った。彼女もその一人である。
「誰が善くて誰が悪いかなんて、分からないわ。けどね、息子の……アルニムの命を奪ったバケモノは許せない。アレを倒してくれるなら、クライヤマだろうと巫女だろうと、どこかの国の騎士だろうと、誰だって私にとっては正義よ」
──てっきり、頭ごなしに否定されると思ってたけど……
「王様曰く、クライヤマで生き残った人が、鎖を壊して回っているのでしょう? それが本当なら、私たちはその人に謝らなくちゃいけないわね」
「あはは……」
肯定も否定もせず、ユウキはただ笑みを返した。変なことを聞いて済まないと、少年は再び詫びて品物が並ぶ棚に目を移す。
「すみません、これにします」
「はい。少々お待ちください」
ユウキは真っ白なアスターを選び、代金を渡した。陽が傾き始めている。西の空は橙色に染まりだしていた。あまり遅くならぬよう、彼は足早に商店街を去った。
──ブライトヒル王国、墓地
墓標の前にアスターを備え、少年は数秒間目を瞑った。謝罪と感謝を込めた祈りを捧げ、瞼を上げる。「ツヴァイ」と掘られた石版は何も応えないが、ユウキはただ一方的に言葉を投げた。
「ツヴァイさん。次はいよいよ、クライヤマでの戦いです。目標達成は、もう目の前です」
無数に並ぶ石版。人気の無い墓地に、少年の声と鳥の鳴き声、そしてもう一つ、カツカツと舗装された石の道を叩く音が響く。
「あら、来てたのねユウキくん」
「アインズさん……。ええ、お礼を言いに」
用事を済ませたアインズもまた、花を持って供えに墓地へやって来た。彼女の手には、アスターの束がある。しかし、ユウキの供え物とは異なる青い花弁をしている。
「そう」
「その……ツヴァイさんとは、長いんですか?」
「騎士の同期だから、それなりに長いかもしれないわね」
少年の質問に答えながら花を供え、彼女は手早く祈った。
「聞いてよ。ツヴァイってばね、ずっと私の事を子供扱いしてたのよ」
「子供扱い、ですか?」
ユウキの脳裏に、ブライトヒルから旅立つ前日にツヴァイに言われたセリフが蘇った。彼なりの心配だと考えていたユウキだが、アインズの話を聞いて少し揺れた。
「ええ。それに、私が何を言っても憎たらしい事ばかり言い返してきてね。……思い返してみれば、喧嘩ばっかりしてた気がするわ」
「仲良し、なんですね」
旧友の事を語るアインズの顔は、どこか楽しげであった。その表情から、彼女がツヴァイについて思っている事を勝手に察したユウキは、それ以上質問することはやめにした。
「……さあ、戻りましょう。明日はいよいよクライヤマよ。今のうちに、たっぷり休んでおかないとね」
背中を押され、ユウキは墓前から城へ向かって歩き出した。少年が十歩ほど先に進んだのを確認し、アインズは顔だけ墓標へ向ける。
「……戦績はお互いに六十三勝。しょうがないから、引き分けにしておいてあげるわ」
それだけ言い、彼女は微笑んだ。
「アインズさん……?」
「なんでもないわ。ほら、帰るわよ。お腹すいちゃった」
それ以降、2人とももう振り返ることはしなかった。沈み行く太陽を背に、二人はブライトヒル王国城へと帰るのであった。