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【完結】天ノ恋慕(旧:太陽の少年は月を討つ)  作者: ねこかもめ
第七章:開幕
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7-1.巫女の始祖

 ──太古の時代


 己が欲を満たさんと、セレーネは月長石を体内に取り込み、月輪の力を自身のものにした。しかし、彼女の希望は果たされなかった。守ろうとした至宝は、儚くもこの世から失われたのだ。


 嘆き咽び泣いた彼女は自害を試みるも、月輪は苦しみからの解放を許さなかった。石は永遠の寿命を強制し、至宝の喪われた世界で無限に生きる事を、傲慢な大罪を犯した彼女に対する罰としたのである。


 それならばと、セレーネは世界の破壊を決意した。増幅した彼女の憎しみはやがて世界を覆い、厄災をもたらす。ヒトは彼女の創作物である異形のバケモノにより蹂躙され、ただ滅びを待つばかりであった。


 そんな滅亡の時代に於いて、ある一人の女が居た。若く、純粋無垢な存在だ。女は世界の惨状を憂い、強い正義感で以て人々を救わねばなるまいと想ったのである。


「はぁ……はぁ……まもなく、頂上」


 険しい岩壁と荒れた獣道を一歩、また一歩と登っていく人影。植物の欠片が付着し、雨水と土汚れに塗れた白装束の女である。ヒトの住まう地における最高峰を、女は心もとない服装と草履のみで登っているのだ。


「日輪よ……」


 セレーネによってもたらされた闇は、生命が太陽と(まみ)える機会を極端に減らした。荒れた大地は作物の実りを許さず、容易に飢饉を引き起こした。


「日輪よ……日輪よ……っ!」


 世界で最も太陽に近い峰、すなわち「クライヤマ」には必ずや日輪の恩恵が存在する。そんな盲目的な信条により、女は命の危険も顧みず、地獄の具現化と思しき所業に身を投じたのである。


「まもなく、もう……まもなく……」


 濡れた岩肌で手足が滑り、命の危機に瀕する。そんな事はもう何度も経験した。それでも、女は目的を優先する。己の個人的な恐怖感情など、世界の闇を晴らすという正義の前では無力なのだ。


「ここが、頂点……。ここが、日輪の恩恵を賜りし頂……!」


 最高峰の頂上であるが、見晴らしは悪い。景色を遮る濃い紫檀色の瘴気の為である。女は構わず祈祷を開始する。地に膝をついて合掌し、目を瞑って東の方角へ向かって祈りを捧げた。


「日輪よ、どうか我らの大地を照らしたまえ。日輪よ、どうか我らを導きたまえ」


 女はふと、瞼越しに強烈な一閃を感じた。何事かと儀式を中断し、光を見た方向へ這い寄る。そこにあったのは、自然にできた大岩戸である。


「この輝きは……?」


 大岩に囲まれた空間の内部に、女は眩い煌めきを見た。その正体は推察し得なかったが、得も言われぬ温かさを放っている事だけは明確である。


「温かい。これは、これは、日輪の!」


 そう気が付いた女が更に近寄ると、輝きは拳大の石から放たれているものである事が見て取れた。女はそれを見て、歓喜のあまり涙を流す。


「ああ、石よ。日輪の加護をもたらす天の宝よ。どうか、救いを垂れ給え」


 輝く日長石をその手に取り、胸の前に持ってきて強く祈りを捧げた。すると、女の願いに呼応するかのように、輝きは大きく広がった。クライヤマ頂上近辺を包み込み、ものの見事に辺りの闇を祓ったのである。


「なんと……!」


 やがて雨雲が晴れ、それまで強く打ち付けていた雨は嘘であったかのように陽が射す。女は驚き、周囲を見渡した。クライヤマ頂上の闇は晴れたが、世界は依然混沌としたままである。


「至宝よ。我は……ヒトは、この闇を祓いたい。日輪の加護を、どうか我に。これは己が為に非ず。世の平穏の為である」


 そう告げた女は、またしても目前の光景に目を見開いた。光り輝く日長石が自ずから浮かび上がり、一際強い輝きを放った後に、絢爛な首飾りへと姿を変えたのだ。更には、女が合わせた手に自ずから掛かったのである。


「我が、力の媒介を……?」


 見えざる意図を察し、女はそれを首に掛けた。その途端、彼女は心の内から溢れる力を感じた。厳しい登山によって生じた疲労は無になり、無病息災の至りであった。


「……心得ました。我は日輪の代弁者、日の巫女。暗黒に堕ちた世の中を、温かき光を以て照らしてご覧に入れましょう」


 女はそう告げ、大岩戸を後にした。森の中に壁と屋根のみの質素な建造物を造り、そこでひたすら祈りを捧げ続けるのであった。




 それから程なくして、クライヤマの頂に老若男女問わず人が集まった。その場所のみ不自然に闇が晴れているため、興味を引いたのである。


「巫女様、立派な社が出来上がりました」


 祈る巫女の元へ、数人の男が現れて言った。彼らもまた、陽射しを求めて登ってきた者である。


「そうですか。皆様、感謝申し上げます」


 太陽の加護をもたらす日の巫女は、何も知らぬ者から見ればまさに神そのものであった。彼女は世界に救済をもたらす存在だと信じて止まず、誰もが巫女を崇めて生活の中心とした。


 小さな人の群れは、次第に大きく膨らんでいく。十年も経った頃には、集落と呼べる存在へと昇華していた。巫女の意向により、集落は山の名前をそのまま用いて「クライヤマ」と名付けられたのであった。




 女が日の巫女となって十二年。この時、巫女は二十八歳である。二代目の巫女となる存在を身ごもった彼女は、自身が住まう社へ一人の男を呼び出した。巫女と近い年齢の男である。


「お呼びでしょうか、巫女様」


「ええ。本来は私が貴方の元へ出向くべきですが、これなものですから」


 そう微笑みながら、巫女は腹を摩った。男は少し気まずそうにしながら、彼女に微笑み返す。


「貴方は以前、剣を握る戦士だったと聞き及んでおりますが」


「はい。確かに私は、戦士をやっておりました。かのバケモノと相見(あいまみ)えた事もございます」


 男が肯定すると、巫女は胸を撫で下ろした。男が元戦士である事を前提とした話をしたい為だ。


「そうですか。それは頼もしい限りです」


「しかし、ご覧の通り私は戦いを放棄しました。全てをかなぐり捨て、こうして安置へと逃避してきた腰抜けでございますが」


「……もう一度、剣を握ってはくれませんか?」


「…………はい?」


 男は巫女の言葉を理解出来ず、聞き返した。巫女は巫女で、突然の頼みである事に謝意を示していた。


「私は貴方に、日輪の戦士になって頂きたいと思っているのです」


「日輪の戦士、ですか……?」


「そうです。闇を祓うには、邪神を討たねばなりません。感じるのです。日の巫女である私と対の存在、ルナリーゼンより生まれし月の巫女の気配を」


 月から感じる嫌な気配。己の内側から何かを吸い取られるかのような不快を、巫女はずっと感じていたのである。日輪の力を相殺されているような感覚である為、相手は月輪の力を持つ者であると考えたのだ。


「ですが、私は何の力も持たない人間です。邪神など、私の手に負えるのでしょうか?」


「ご安心ください。今から貴方に、日輪の力を授けます。これを」


 自身が身に付けたのと似た日長石の首飾りを、巫女は男に手渡した。巫女が促すと、彼はそれを首に掛けた。


「手を取ってください」


 巫女は右手を差し出し、そう頼んだ。男は黙って従う。


「……巫女様?」


 巫女は何も言わず、男の手を優しく握って目を瞑った。自身の内側から湧き上がる太陽の力を、繋いだ手を通して注ぎ込む。すると、男の首に掛かった日長石が強く輝いた。


 それを数十秒続けていると、男は眩いオーラと共に姿を変えた。髪が逆だって暖色に変わり、日長石のオーラを全身から放っている。


「これで、貴方は邪神とも戦えます。お願いです。どうか、月の巫女を封じて頂きたい。世界の均衡を、取り戻して頂きたいのです」


 日の巫女が頭を下げると、男は使命感を抱いた。自分は日の巫女に選ばれし者なのだ。世界の希望を託された者なのだ、と。


 それから男は旅に出た。邪知暴虐な月の巫女セレーネを見つけ出し、相殺して封じる為に。ひいては、世界を覆うセレーネの闇を祓う為に。日の巫女に選ばれし者は、邪神との戦いに身を投じるのであった……。

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