6-11.生きた亡者
──思った通り!
しかし、クタベの跳躍回避はユウキの想定内であった。前後左右から敵意を察知した敵がどう動くか、少年は予想していたのである。
「捉えた! 空中じゃ避けられないだろ?!」
少年は剣に日の力を纏わせ、落下するクタベに向かって叩きつける。風になびく炎がバタバタと音を立てた。
「目の良さが命取りだ!」
刃は、見事に敵の腹と脚を捉えた。
《グギャアアア! グ……ググ……!》
左後ろ脚が体から離れている。床に落ちたクタベはただ呻くばかりで、それまでの様に身を翻すことは無い。
──やっぱり、再生するのか
切断された脚がジワジワと治癒しているが、アマビエほどの速度ではない。クタベが動けない間に追撃するには、十分な時間がある。
「痛っ!」
だが、ユウキの体には強い痛みが走る。先程まで平気だった桜華も、今では膝をついていた。アインズも動けず、タヂカラも苦しんでいる。
──くそっ、もう勝てるのに!
そう嘆いていた時のこと。突然、ユウキらが上ってきた階段の方向から、パラパラと音が聞こえ始めた。
「な、なんだ?!」
見ると、フロアが端から崩壊し始めているのが分かった。守護者を討伐した際のそれと同じである。
「クタベはまだ……!」
《グギギ……》
敵はまだ生きている。それなのに、どうしてもう崩壊が始まっているのだろう。そう思考を巡らせていたユウキに、声がかかった。
「考えてる暇ないよ、ユウキ殿!」
「あ、は、はいっ!」
近くにいた桜華と肩を支え合い、上り階段の方向へ退避する。他の二人は既に、亜光速移動で避難が完了しているようだ。
敵が生きているため、まだ全身の痛みは消えない。軋む体に鞭を打ってユウキと桜華も二人の方へ。
「アニキ!」
タヂカラが手を差し出す。少年はしっかりと桜華を支えながら、彼に向かって手を伸ばした。
二人が階段に差し掛かるのとほぼ同時に、踊り場は全て崩れ落ちた。動くことが出来なかったクタベは、無論、奈落の底に姿を消したのであった。
「危なかったですね……」
そう安堵した途端、彼らはヴェルクリシェス近郊の平原に立っていた。
「ちょユウキ殿、いつまで抱きついてんの? なになに、そんなに私と──」
「あっごめんなさい」
「そんな嫌な事みたいに慌てなくたっていいじゃん………………」
空を見上げると、大地に刺さっていた鎖の崩壊が見えた。ただし、いつもの様に砂となって舞い散るのではなく、崩れ落ちるという表現が相応しい様子だ。しかし、やはり鎖のパーツが地面に落ちることは無く、空中分解してどこかへ消え去っている。
「体の痛みは大丈夫?」
もっとも強く影響を受けていたアインズは、今ではピンピンしている。
「ええ、僕は大丈夫です」
他の三人もまた、もう痛みは感じていなかった。フロアと共に落下した結果クタベは息絶えたのだろうと、ユウキは察する。
《なんだ、生き残りやがったのか》
ふと、何が起きたか分からず混乱する彼らの背後から声がした。
「お、お前は……ジュアン?!」
ユウキと二度にわたって刃を混じえた月の騎士が、脳内に響き渡るような声で言う。
《バケモノと一緒に落ちてくれりゃ楽だったのに。ほんと、面倒なヤツらだ》
トリシュヴェアの渓谷で太陽の少年により大きく傷付けられた体は、セレーネの力によって再生。しかし、それはどう見ても人の姿ではない。
異形と化した左腕は元より、今ではその不気味な姿がほとんど全身を支配している。右脚はまだ人のそれである。顔も無事だが、左側から侵食されているように見え、それがまた奇妙さを増幅している。
「ジュアン。君は、何者なんだ……?」
《ボクはセレーネ様にお仕えする者だと伝えただろ。記憶喪失にでもなったのか?》
「……セレーネのそばに居たジュアンは、死んだはずだ」
《はあ? 何言ってんだ? ボクはこうして生きてるじゃないか。馬鹿も休み休み言うんだな》
そう語るジュアンの表情には、純粋な疑問が浮かんでいた。ユウキが何を言っているのか分からない様子である。
──このジュアンは、あのジュアンを知らない?
──たまたま同じ名前……なんて事はないだろうし
「……違う」
《あ?》
「ジュアンは確かに、大昔に死んだはずだ。だからセレーネは月長石を使って──」
《黙れ! ボクはジュアンだ。太古の時代からセレーネ様の手足として戦っているんだ! お前ごときに何がわかる!》
しつこく問い詰めるユウキに腹を立て、ジュアンは大声で彼の言葉を遮った。不気味な身体に走る赤い細筋が激しく脈動する。その動きは、彼の感情を反映しているように感じられる。
──やるしか、無いのか
結局このジュアンについては何も分からなかったが、姿を現した以上、戦うほか無い。そう判断してユウキは剣を抜いた。アインズらもまた、少年を見て臨戦態勢をとる。
しかし──
《おっと、お前らと戦うつもりは無い。ボクの任務は、これを回収する事だからな》
「それは……!」
これとジュアンが示したのは、拳大の月長石である。クタベが守護していた鎖の核を担っていた石であり、夜空のような輝きは無い。ジュアンが身に付けた月長石の首飾りや、かつてセレーネが飲み込んだものと同じ状態である。
《んじゃ、ボクは帰るとするよ。無駄な事してないで、大人しくセレーネ様に従うんだな》
そう言い、ジュアンは指笛を吹く。
「待て、待てジュアン!」
少年の静止を聞かず、月の騎士は姿を消した。その場に残ったのは、彼に関する疑問のみであった。