6-9.誅滅に抗う者
真っ先に攻撃を仕掛けたのは、大男タヂカラであった。鏡面のように磨かれた床を踏んで割るような勢いで進み、拳を振り上げる。腕が真っ赤なオーラを放っていた。自身の力を増幅する能力を用いた重い攻撃を見舞う。
「おらぁっ!」
しかし、クタベは分かっていたかのようにそれを躱す。四本の足で器用に地面を蹴り、僅かに跳んで後方へと退いたのだ。
強烈な一撃を受けた床には、数メートルにわたってヒビが走った。
「そこよ!」
これをチャンスを捉えたアインズが敵の斜め右後方から攻撃に移る。クタベが着地する瞬間を狙った、亜光速の突き攻撃である。
《くだらん!》
しかしバケモノは、それさえも察知。着地するのと同時に両前足で地面を強く押し、体を宙返りさせて回避した。
「なんて身体能力なのよ……」
鈍重そうな見た目からは想像もできない程、クタベは機敏に動く。オオタケマルに匹敵する反射神経を持っているのだろうと、戦いを見ながらユウキは考える。
「捕まえたぞバケモノ!」
《グググ?!》
アインズの攻撃を避けた敵にタヂカラが急接近。クタベの頭から生えた二本の角を両手で掴み、動きを封じた。
「隙あり! 御命頂戴!!」
移動できないバケモノの背後に桜華が迫り、抜いた刀を横に振った。刃は水平にクタベの左足の付け根を──
《フギギギグ!》
「避けるなし!」
しかし、クタベは膝を折り畳んで斬撃を回避。ついでに、タヂカラの姿勢を崩して後ろへ投げ飛ばした。
「ぐおおっ?!」
「タヂカラ殿!」
投石のような勢いで大男が飛ばされる。桜華の眼前を通り、踊り場の端まで転がった。
「サン・フラメン!」
そう叫びながら、ユウキはバケモノへ突進した。
《太陽か、薄気味の悪い!》
縦斬りを繰り出すと、バケモノは左へ回避。角を使って反撃に出たが、炎を帯びた刃が斜めに迫っているのを察知して後方に身を翻した。
──思い通り!
──サン・プロミネンス!
そこへ、少年はさらに追撃する。下から振り上げた剣より、炎が独立。バケモノめがけて太陽の力が放たれた。
《小癪な!》
受けてなるものかと、クタベは無理やり左へ回避した。
「くそ、カスっただけか」
《これは……なんという事だ》
炎は僅かにクタベを捉え、身体の一部を焼いた。それを不快に感じ、クタベは数歩下がって距離を置いた。
──まだ読みが足りない
──もっと敵の動きを見ないと
鎌を持ったバケモノとの戦いで得た武器は、クタベに対してはまだ未完成である。
《何故抗う。己の罪を認め、罰を受け入れよ》
「僕らが何の罪を犯したって言うんだ?」
《世界は巫女様から至宝を奪った》
「僕たちは関係ないだろ!」
クタベの顔の目を真っ直ぐに睨みながら、ユウキは敵と押し問答をする。ただの言い合いではなく、仲間が体勢を立て直す時間を稼ぐ為の作戦であった。
《巫女様は敵である世界を滅する。その一員であり、あまつさえ巫女様に逆らう存在など、罰せられて然るべきである》
──世界を滅ぼすなんて、そんな無茶苦茶な
──動機は恋人が死んだからって事?
長老から聞いた話が、少年の脳内に蘇る。同時に、セレーネを止めなければという使命感が誕生した。
浮かんできたのは、旅の仲間やブライトヒルの騎士、ニューラグーンの騎士、ウルスリーヴルの防人たち、トリシュヴェアの人らの顔だ。
そして最後に、己の想い人であるリオの姿を思い浮かべる。
──みんな、僕を助けてくれたんだ
──無かった事になんて、させない!
《くだらぬ事を企むな。静かに受け入れるが良い!》
そう言うとクタベはまた臨戦態勢になり、ユウキへ飛びかかった。
「来い! お前を倒して、セレーネも止めてみせる!」
《無駄な事を!》
少年に、二本の角が迫り来る。彼はそれを、剣を横にして受け止める準備をした。
──力を使うのは、敵に触れてから!
過去の戦闘で学んだ事を活かしつつ、クタベの動きを観察。己の武器を最大限に発揮する為、少年はまず情報を集める事に専念した。
「ぐあっ?!」
しかしそんな努力も虚しく、ユウキは突如として膝をついた。クタベはまだ彼の元に到達していない。
「ユウキ君?!」
「どうしたんだアニキ?!」
──何だ、これ?
──体があっちこっち痛い?!
体重を支える足から頭頂に至るまで、ありとあらゆる場所が疼いたのである。
アインズはクタベに向けて突きを放ち、突進をやめさせてから少年の方へ。その突きもやはり、敵に当たることはなかった。
「ユウキ君、大丈夫?」
「え、ええ……。なんか一瞬、全身が痛んで」
ふと、ユウキとアインズはクタベが放った光を思い出した。戦闘が始まる直前、敵の全身の目から出たものである。
《貴様らは既に我が術中にある。だから大人しくしろと言ったのだ。そのままでは、いずれ全身が砕けるぞ》
ユウキは仲間の方を見る。三人ともどこかしらを押さえており、少年と同様に痛みが生じているものと窺える。
──桜華さんがやる気だ
クタベは、ユウキと彼を支えに駆け寄ったアインズの方を見ている。その隙にと、桜華は敵の背後に忍び寄っていた。痛む腰を気にしながら、足音をたてぬようジリジリと近付いていく。
「はあっ!」
攻撃範囲に入ると、一気に刃を振り抜いた。完全に背後からの攻撃であったため、いくら身体能力や反射神経に優れていても当たるだろう。誰もがそう思っていたが、しかし──
《不意打ちのつもりか?》
「また避けられた……!」
クタベは、まるで後ろが見えていたかのように彼女の攻撃を回避。
「ま、そうだよね。色んなとこに目あるもん」
──こいつ、なんてバケモノだ
──いくら何でも当たらな過ぎじゃない?
少年は、サン・プロミネンスを放った連撃の際に勝利を確信していた。ジュアンを相手にした時もそうだったが、バックステップ中の相手に炎を飛ばす連撃は彼の必勝パターンである。
──あれを避けるなんて
──事前に察知していたとしか……
四人でクタベの前後左右を囲っている。配置としては圧倒的有利なのにも関わらず、ほとんど攻撃が当たらない。その事には、何かしらカラクリがあるのではないかとユウキは考えたのである。