6-2.日輪の戦士
──ブライトヒル王国近郊
王国を発ち、四本目の鎖へと向かうユウキ一行。暗くなり始めた為、その日は思い出のフュンオラージュ川近くで一晩明かすことになった。
アインズお手製の簡単な食事を口へ運びながら、彼らは次の目的地について話す。
「次の鎖は、ここね」
焚き火で地図を照らしながら、ブライトヒルの西側に丸をつけた。フュンオラージュ川を越えた先である。
「一応、ここに国があるわ」
丸の少し南西側に、もうひとつ丸を記す。いつも通り最寄りの国を拠点とする予定だが、大きな懸念点が存在した。
「ただ……この国、ヴェルクリシェスについて、私は何も知らないのよね」
騎士団の比較的上層である彼女でさえ、名前と場所しか知らなかった。どんな人々がどんな体制の集団を形成し、どんな形で国を守っているのか。その情報が全く無いのだ。
「という訳だから、説明はポリア先生からお願いしても良い?」
「えっと……」
口に入れていた物を噛み終え飲み込んだ後、指名されたポリアは申し訳なさそうな顔で告げる。
「えっと。私も、何も知らないです」
「「「「えっ?!」」」」
「ええ! そんなに驚きます?!」
世界各地の文化を学び、もはや現地の人よりも詳しいのではないかと思わせるほどの知識を蓄えるポリア。そんな彼女をもってしても、ヴェルクリシェスについては分からなかった。
「すみません。ブライトヒルの図書館で必死に調べていたんですけど、ほとんど情報が無くて」
「やっぱり、そうよね」
「ただ、ひとつだけ」
ポリアは右手の人差し指で「ひとつ」を表現する。ユウキらの視線が彼女に集まると、唯一手に入った情報を告げた。
「ヴェルクリシェスは、おそろしく古い国です。クライヤマに匹敵するか、もしかしたらもっと古いかもしれません」
荷物から自身のメモを取り出し、彼女は続ける。
「ブライトヒルの建国記に、こう書いてありました。『東に御山あり。巫女の座する里に薄明を見上げる。西に澪あり。古の里を照らせし薄暮を見やる』記述からして前者がクライヤマ、後者がヴェルクリシェスかと思われますが、後者だけわざわざ『古の』がついています」
「となると、クライヤマより古いって考えるのが自然だよね? でも、名前さえ聞いたことないしな……」
クライヤマで生まれ育ったユウキも、やはりヴェルクリシェスについては聞いた記憶を持ち合わせていなかった。誰か情報を持っていないのかと、アインズが旅のメンバーへ視線を向けた。大男と目が合う。
「いいや、俺もしらねぇな」
「ううん、私も──」
「そう」
「いやちゃんと聞けし」
誰も知らない国。鎖破壊の拠点を得られるだろうかと、誰もが心配した。最悪の場合、野原に拠点を張る事になる。
「なんだか、凄く……」
ポリアは視線落とし、少し言葉をためる。その様子を見た四人は、彼女を案じた。
──理解出来るよ、その不安な気持ち
──分からない事ほど怖いことは
「凄くワクワクしますね!!」
……しかし、それは一同の取り越し苦労であった。
──ヴェルクリシェス国
しばらく前から見えていた壁。馬車が前へ前へと進むと、ユウキらはそれが、無数の丸太によって構成されているものだと分かった。
──人が見てる
壁に沿って、一定間隔に物見櫓が在る。その内の一つに、異国の馬車を監視しているのであろう人影をユウキは見た。
さらに近付くと、壁は二重であった。その内側は堀のようになっている。すなわち、ヴェルクリシェスは環濠集落であるのだ。その事は来訪者を拒む意思の現れと言えよう。一行の不安はさらに増大する。
入口が見つからず、しばらく集落の周りに沿って進んだ。
「アインズさん、あれ」
「ええ、やっと見つけたわね」
辺りを見回していたユウキは、丸太の壁に切れ目を発見した。集落の南側である。堀を超えるように、短い木造の橋が架かっていた。よく見ると、橋の集落側に二人の人間が立っている。
「すみません。旅の者なのですが」
アインズがそう告げると、門番らは顔を見合わせて何か打ち合わせる。チラチラと五人の方を見ては、また互いに耳打ち。そんな事を数回繰り返した後──
「我らがヴェルクリシェスにはお入り頂けません」
「国内誰かの許可がなければ、お断りしています」
言葉ではやんわりと拒否しているが、男らは磨かれた石槍を交差させて進路を塞いでいる。それほどまでに強い意志で入国拒否をしているのだ。
「そうでしたか、では──」
この辺りにはヴェルクリシェス以外に国は無い。最寄りはブライトヒルである。仕方がない、鎖近くに仮拠点を作ろうかと、五人とも半ば諦めていた時の事。どこからか声が聞こえてきた。
「ピュラー様! 危険です、櫓に登ってはいけませんぞ、ピュラー様!」
少し掠れた、老爺の声である。
「大丈夫、大丈夫!」
それに続いて、若い女児の声が響いた。
ユウキらから見て右の方にある櫓を、他の者より幾分か高貴な服装をした赤髪の少女が登っている。
老爺はそんな彼女を必死に止めようと追いかけていた。しかし、年齢による運動能力の差が顕著に現れており、梯子を登る二人の距離は徐々に広がっていく。
やがて登りきった彼女は、周りの景色を一望する。広い草原とフュンオラージュ川がピュラーの目に映った。
「あれは……?」
ふと視線を下げると、今度は異物を捉えた。
「捕まえましたぞ、ピュラー様。さあ、戻ってお勉強の続きを──」
「ねえ、オジイ。あれは何?」
「はい?」
少女が右手人差し指を向けた先には、絢爛な馬車が一台。その近くに計五人の男女がいて、櫓の方を見上げている。
「あれは……異国の乗り物ですな」
「ふ〜ん」
興味を引かれたピュラーは、五人を観察した。
──すごく大きな男の人
──私と同い年くらいの女の子
──変わった服を着る桃色の女の人
──カッコイイ鎧の女の人
「……あれ?」
一人ずつその容姿を確認していたピュラーの目に、最後に映った少年。その胸元から彼女が感じた眩しさの正体は、首飾りが反射した太陽光である。
「オジイ! オジイ! ついに現れたよ!」
「現れた? 何がでしょう?」
「あの人!」
「歳のせいか、この距離では見えませんな」
「もう! 間違いない、あの人が日輪の戦士だ!」
ピュラーは声高らかにそう言い、今度は勢いよく梯子を降りていった。