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【完結】天ノ恋慕(旧:太陽の少年は月を討つ)  作者: ねこかもめ
第六章:墜下
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6-1.巫女の失墜

 ──大雨が降りしきる、数ヶ月前のクライヤマ


 日の巫女を信仰し、彼女が放つ言葉に重きを置く。そんな人々が平穏に暮らしていたはずの集落に、喧騒が響き渡る。神聖な巫女の社には、まるで似つかわしくない様相であった。


「巫女様! どうか、どうか太陽のお恵みを!」


「今日は晴れますか? 明日は? 明後日は?」


「どうして救ってくださらないのですか? 巫女様!」


「我々はこんなにも、困っているのですよ?!」


 雨が止まず、作物は育たず、土地は荒れ、薪は湿る。厄災とも呼べる、悪夢に相違ない出来事に襲われた人々の不満が、怒号となって溢れ出した。


 その矢面に立たされた僅か十八歳の少女リオは、心の底から絶望した。


 占っても、祈っても……いくら頼んでも、太陽は応えなかった。まるで、彼女の中から太陽の加護が消え失せたようであった。


 晴れていれば白夜月が見えるであろう方角からは、なおも嫌な気配を感じ続ける。


「巫女様! どうか、どうか救済を!」


「いつになれば、太陽は顔を出すのですか、巫女様!」


 不定期に襲い来る不快感。それはもはや、吸い取られるという感覚よりも、搾り取られると表現した方が適切であろう域に達していた。


 しかし、苦しみを己の内に封じ込め、彼女は人々の疑問に答えようと必死になる。


──お願い、お願い、お願い!


──ダ、ダメ……!


「しばらくは……悪天候が、続きます」


 なぜ晴れない。なぜ止まない。そんな疑問の荒波に襲われ、リオはいくつもの苦しみを一遍に味わう。


 やがて、女神が如く巨大な彼女の包容力さえ決壊させた。


「分からないよ! そんな事を訊かれても、私にだって分かんないよ!」


 クライヤマの象徴たる日の巫女は、ただ一人の少女へと凝華したのである。社は静まり返り、雨音だけが変わらず喚き続ける。


 しばらく立ち尽くしていると、一人が呟いた。集落の土地を整備する、(きこり)の男である。


「俺たちを……だましていたのか?」


 自分を。民を。クライヤマ集落その物を。嘘をついて欺いていたのか、と。疑念の正誤を問う声であった。


「……え?」


 天より墜下する水を受け、巫女服はすっかりずぶ濡れになった。白く美しい肌が一部透けて見えるも、今この状況では、そういった感情を抱く者は少ない。


「本当は、太陽の加護など無い、という事なのですか?」


 ただ疑問符を返すことしか出来なかったリオに、人々は更に問い続ける──否。もはや問いではなく、ただ不安や怒りを投げ付けているのみだ。


「う、嘘じゃないよ! 太陽の加護は、本当に——」


 そんなことは無いのだと、弁明を試みる巫女。だがそんな彼女も、半信半疑になっていた。


 巫女の力──即ち太陽の加護は、クライヤマに恩恵をもたらすはずだ。日輪に祈る事で晴れを賜り、進み方を提案し、安寧を与え……。


 加護があると言うのなら、ではこの惨状は何なのだ、と。日の巫女という約儀を継承したリオでさえ、不思議に感じていた。


「ならば何故、晴れないのですか!」


上がりきった人々の熱は、下がることを知らない。


「そ、それは……っ!」


 そしてついに、一人の男がこう言い始めたのである。


「う、裏切者!」


「……っ!」


──裏切りなんて


──私は裏切りなんて、してない!


 彼女はクライヤマの為に尽した。己の気持ちを抑えて、一人社に佇んだ。愛おしい少年との面会は、彼から接触があった場合のみに控えた。


 そうやって、クライヤマの象徴で在り続けたリオ。


「こ、これは巫女なんかじゃない! 俺たちを——クライヤマを滅ぼす邪神だ!」


 そんな彼女が、裏切り者だと。邪神だと。非情な評価を受けた。巫女の力を発現できなくなったリオに対する信頼や信仰心が、失墜したのである。


「み、皆、落ちつい——」


 暴徒と化した人らは、つい先日まで神聖だとしてきた場所を泥足で踏み荒らした。


「捕らえろ!」


 鬼の形相をした複数の人間に、十八の少女が抗えるはずがなかった。


「きゃあ! や、やめ——うぐっ⁈」


 言葉という形で存在した暴力は、ついに具現化して拳となった。顔面に打撃を受けたリオは、後ろに飛ばされる。そのままの勢いで倒れ、床に後頭部を強打した。


 朦朧とする意識を必死につなぎ止めながら立とうとするも、再び大男に捕まった。


 邪神の分際で神聖な服に身を包むな。男はそんな心持ちで、掛けえりに手をかけて巫女服を剥いだ。胸のサラシが露になるも、雨に濡れていることもあって、巫女服はそう簡単に脱衣させられるものではない。その事で更に気が立ったのか、拳による暴力は加速していく。


 自制の効かなくなった彼らは、相手が少女だろうと容赦なく痛めつけた。


──ああ。私はもう、死んでしまうのね


──最期にもう一度、顔が見たいな


──でも……こんな私を見たら悲しむかな


──ねえ、ユウキ


──ねえ、私の大好きな人




 痛みと悲しみの次に彼女が感じたのは、揺れであった。まるでゴミのように籠に放り込まれ、数人の男らによって運ばれているのだ。


 リオにはもう、声を上げる体力さえ残っていなかった。もう目を瞑って楽になろうか。


 そんな事を考えていた時──


「リ、リオ……⁈」


 彼女を運ぶ行進の進路に割り込んだ存在。少年ユウキが、自分の名を呼ぶのが聞こえた。


「ユウ……キ……?」


 何処にも、誰にも届かぬ掠れた返事をしながら、声のした方向を見た。


「リオ! な、なんで、こんな! 放せ! リオを放せよ!」


 そんな抵抗も虚しく、少年は男に蹴り飛ばされてしまった。うっすらと開けた目で、ユウキが籠の進路上に倒れているのが見えた。


「リオ! リオ!」


──ユウキ、私はもうすぐ旅立ってしまうけど


──せめて、この子だけでもあなたと共に居させて


 少年と籠がすれ違う一瞬。リオはとっさに胸のさらしを少し剥いだ。胸の間から日長石の首飾りを出し、落とす。少年はそれを拾い、自身の懐へ入れた。




 リオが最期に感じたのは、湿った地面の冷たさである。服が濡れている事もあって、彼女は凍えた。事切れる直前のことである。


「なあ、リオ。僕はまた、君の姿を見られるかな?」


 岩で隔てられた先から、愛おしい少年の声が聞こえた。


「ああ。僕ももうすぐ、君のもとへ行くから」


──ダメ


──まだ、来てはダメ


「そうしたらさ、僕が君を幸せにするよ」


 その独り言に混じって、悲鳴も聞こえている。月から感じていた嫌な気配が、それまでよりも近くで感じられた。


──お願い、ユウキ


──まだ死なないで


──どうか、生きて


 そう祈り続けた。太陽の加護を行使したのではない。ただただ、一人の少女が祈願しただけである。


「君、無事? ケガは無い?」


 ふと、ユウキを助ける声がリオの耳に入った。


──よかった


──祈り、通じたな


 そう安心したリオは、腫れた容姿と相反する可憐な笑みを浮かべる。


 ユウキが岩戸から離れて行くのと同時に、リオの魂も肉体から離脱して行くのであった。


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