5-20.選んだ道
ブライトヒル王国襲撃の翌日。消耗が大きかったユウキとアインズは、目覚めたポリアの治療を受けて快復。諸々の準備を済ませ、今日にも、次の鎖へ向けて出発する事となった。
アインズとは別の用事があったユウキは、桜華と共に騎士団公認の武具工房を訪れた。
「ひゃ〜、コレだけの傷でよく生きてたな」
持ち込まれたユウキの鎧が裂けているのを見て、工房の男が感心した。
ニューラグーンで国王を守った際に出来た裂け目である。その場にポリアが居なければ、旅はあそこで終わりだったと、少年は思い返して身震いした。
「直ります?」
「見くびってもらっちゃ困るぜ。納期を指定してくれりゃ、その日までにやってみせるさ!」
「今日出発なんですけど」
「悪い、それはムリだ」
男は急に静かになった。しかし、すぐに代替案を少年に示す。
「鎧は新品にして、装飾だけ付け替えるってんなら、すぐ出来るぜ」
「では、それでお願いします」
「あいよ」
注文を受けた工房の男が、それを奥の作業場へ運んだ。再び二人の前に姿を見せ、今度は桜華をジロジロと見る。
「な、なに? ねぇユウキ殿、この人なんか淫らじゃない?」
少年を盾にするように、男の視線から逃れる桜華。しかし、彼が見ていたのは桜華本人ではなく、彼女の得物であった。
「いや違ぇよ?! 気になってるのはそいつ、その武器だぜ?!」
「それはそれで傷付く」
「なんて理不尽な。って、んなことよりその武器、ちょっと見せてくんねぇか?」
「しょうがないなあ」
蛇の刀を帯から鞘ごと抜き、ユウキに手渡した。工房の男まで届かない距離ではないが、桜華はワンクッション置いた。
「そんなに避けなくたって良いだろうよ……」
ショックを受けながらも、彼は刀を抜いて観察した。光にあてるなどして、刃の状態を確認。美しく反った刀身に見とれる男であったが、気になる点もあった。
「この刃、随分と使い古してるみたいだな」
「少なくとも、十年以上はそのまま使ってるハズ」
桜華がこの刀を手放していた数年間で、大蛇メンバーがどう扱っていたかは分からない。しかし、その劣化具合を見れば工房で働く彼でなくとも、大体の想像がつく。
「まぁそんなとこだろうな」
左目だけ瞑り刃をじっくりと見た彼。
「刀身、磨いてやろうか?」
「どれくらいかかるの?」
「そうだな……この具合だと、二週間くらいはかかりそうだな」
今日出発である以上、それでは絶対に間に合わない。
「じゃあ、いいや。刀はもう一本あるし、そっちは御守りみたいなものだから」
「そうかい。そいつぁ残念だ」
男は桜華の刀を鞘に収め、ユウキに手渡した。彼女はそれを少年から受け取り、帯に戻す。
「時間のある時でいい。その得物はぜひ、ウチで磨かしてくれや」
「え、私この人に口説かれてる?」
「そんな事はないと思いますが……」
「いや、俺ぁ異国の武器に惚れちまったよ!」
左右の目をキラキラと輝かせる男。珍しい品を前に、武器屋の血が滾ってしまったのである。
「うわぁんユウキ殿! この人やっぱり淫らだよ〜!」
「被害妄想が過ぎる……」
「は?」
……と、この様な茶番が、ユウキの鎧が戻るまで続けられた。
アインズたちとの集合場所に向かいながら、少年はふと考えた。
──もしかして桜華さん、僕を元気付けてくれようとしてる?
絶え間なく繰り広げられた劇は、もしや桜華なりの慰めだったのか。そう思い、ユウキは彼女に関する記憶を掘り起こしてみる。
──いや、まったく気のせいかも……?
探れば探るほど、いつもの彼女のようであり、どこか違うようにも感じられる。
──ま、いっか
──どっちにしろ、桜華さんにも助けられてるし
「桜華さん」
「うん?」
「僕の旅を助けてくれて、ありがとうございます」
アインズとの間に発生したすれ違い。二度と繰り返すものかと、ユウキは日頃から仲間に感謝を伝えようと決めた。
何も特別な事ではない。あの時のような、ただの一言である。
「え、なになに? 変なユウキ殿」
「……は?」
「うえぇ?! ご、ごめんって!」
嫌に静まり返ったブライトヒルの街。その中を、騒々しい二人組が歩いていた。
──ブライトヒル王国、精神病院
あまり足音を鳴らさぬよう、彼女は静かに足を進める。右側頭部付近で結び、肩まで垂らした金髪が、歩行のリズムと共に揺れた。背筋が真っ直ぐ伸びたその佇まいは、美しさと凛々しさを同時に感じさせる。
目的の場所に到着した彼女は、ゆっくりと扉を開けた。
「ただいま、お母さん」
窓際のベッドに座る、痩せた女性。彼女に向けて挨拶を口にした。
「あら。おかえりなさい、アインズ」
事件から十年経った今でも、やはり母親の時間は止まったままである。
「お母さん。私ね、今旅をしているの。一度ブライトヒルに戻ったけど、今日からまた再開するんだよ」
「そうなの。ああ、ごめんなさいね。ご飯の準備がまだなのよ」
相変わらず、返事はトンチンカンだ。しかし、アインズは構わず話を続けた。
「私を救ってくれた人が居るの。その人が今困っててね、私に出来ることがあればって思って、恩返しをしてるのよ」
「あらあら。ねえ、アインズ」
「うん?」
「あなた、立派になったわねえ」
「……え?」
不意に、時が進んだかのような反応を示した母親。アインズは驚き、目を見開く。
「ああ、火を弱めないと!」
だが、抱いた淡い期待は瞬時に砕け散った。
「お母さん……」
キッチンに立っているつもりの彼女は、窓から外を見ていた。方角的には、ついこの前までトリシュヴェアの鎖が見えていたはずだが、アインズの母がその変化に気付いているかは、定かではない。
「じゃあ、人を待たせてるから、今日はもう行くね」
「ええ。気を付けて行くのよ〜」
「うん、行ってきます」
母親に出発の挨拶をして、アインズは病院を発つ。近くに停めておいた馬車に乗り、ユウキらとの集合地点へ急いだ。
王立図書館で旅のメンバーを回収し、アインズが駆る馬車は再びブライトヒルを出発した。目指すは、四本目の鎖が刺さった西側である。
明らかに小さくなった日長石を陽光にかざし、少年は思いを馳せた。
──僕がどんな力の使い方をするか
──そもそも、僕が力を行使するか
──それすら分からなかったはずなのに、君は僕に託してくれた
石をぎゅっと握りしめる。
──君のその選択は間違ってない
──絶対、成し遂げてみせるよ
月の解放。
真実の究明。
潔白の証明。
巫女と騎士に選ばれて生き残り、自ら目的を選んだ少年。目前に迫ったゴールに向けて、ユウキはなおも馬車に揺られるのであった。