5-17.選択の結果
──ブライトヒル王国城、医務室
重い重い、まるで大岩のような瞼を必死に開いた少年。
「痛っ!」
腕を動かすと、肩や背中に激痛が走った。その刺激により、眠る前の記憶が僅かに甦る。
ここブライトヒル王国がバケモノの襲撃に遭い、自身もまた戦いに身を投じていた。
しかし、まだ全貌は思い出せずにいる。突如として気を失った彼の記憶は、混乱しているのだ。
──ここは、お城?
痛みに顔を歪めながら、なんとか上体を起こした。すると、床にあぐらをかいて座り、ベッドの縁に突っ伏す桃髪の女性が見えた。
「桜華さん、桜華さん」
声をかけ、彼女の肩を数回揺らす。すると、ん〜と唸りながら姿勢が直っていく。
「ああ、おはようユウキ殿」
そう言うと桜華は右手で口を隠し、大きな欠伸をひとつ。左右の手で両目をこすった。
「他の皆さんは?」
掌を天井に向けて伸びをする彼女に、仲間の所在を質問した。自分が眠っている間、何がどうなったのかを訊く意図もある。
「ポリア殿とアインズ殿は、疲れて寝ちゃった。タヂカラ殿はどっちかを見守ってるよ。ちなみに、ユウキ殿を見守ってたのは桜華ちゃんね」
「寝てたじゃないですか」
「鋭いツッコミありがとう」
──鈍いボケありがとうございます
内心でそう言いつつ、布団をめくってベッドから降りた。フラフラと立ち上がる。
「とりあえず、みんなの所へ」
「あれ、もう痛くないの?」
「……痛いです」
軋む体に鞭を打ち、ユウキは桜華と共に仲間の元へと向かった。
それほど遠くない場所に、椅子に座る大男を発見した。その横にあるベッドでは、ポリアが眠っている。
「タヂカラさん」
「おお、目覚めたかアニキ」
「ええ。ポリアは?」
視線を彼女に移し、状況を問うた。
「まだ眠ってるぜ。聞いた話によると、怪我した騎士をずっと治してたらしい。ま、力の使い過ぎってとこだな」
「なら、良かった」
ポリアは、騎士でも戦闘員でもない。絶対に守るという約束の下、行動を共にしている。無事ではないが、怪我など無くて良かったと、ユウキは安堵した。
「タヂカラさんもご無事ですか?」
「ああ、俺は大丈夫だ」
「え、私の心配はしてくれなかったのに」
「すみません。大いびきかいて寝てる人は大丈夫だと思って」
「大いびき?! 私大いびきかいてたの?!」
医務室では静かに、と注意されそうな声量で慌てる桜華。
「嘘ですけど」
「そんなに、もう一回寝たい?」
……と、ユウキは不安な気持ちを掻き消すかのように茶番を繰り返した。
「俺たちゃ良い。消耗がデカいのはアニキとアインズの嬢ちゃんだ」
「アインズさんも?」
「ああ。なんでも、廊下でぶっ倒れたって聞いたぜ」
それはマズイと、ユウキはすぐにアインズの方へ向かうことに。
桜華に案内され、医務室の角へ。窓際のベッドで眠るアインズの姿が見えた。二人が横に立つと、ちょうどそのタイミングで彼女は目覚めた。
「おはようございます、アインズさん」
「……ええ、おはようユウキ君。それと……誰だっけ? ごめんなさい記憶が混乱してて」
「そんな都合よく忘れる?」
「あはは……」
今度も、少年は安堵した。もっと重傷なのかと思っていたが、寝起きすぐにいつも通りの会話が出来るなら問題無いだろうと考えたのだ。
「でも良かった、アインズさんも無事──」
「そうだわ、ユウキ君!」
ふと、眠る直前の記憶を思い出して必死な顔になるアインズ。力強く少年を呼んだ。
「はい?」
「ツヴァイは? ツヴァイは見なかった?!」
「この後探しに行こうと思ってました。お礼も言いたいですし」
「そう。なら急ぎましょう」
まだ辛いだろうが、彼女は素早くベッドから降りた。彼女の慌てようを見て、何かあったのかと少年も焦燥を感じた。
三人で医務担当の騎士に声をかけ、ツヴァイの行方を聞いた。しかし、その返答は二人の焦りを加速させる。
「記録によると、ツヴァイ様は運ばれていませんね」
「そんな、そんなはず無いわ! もう一度よく見てちょうだい」
「かしこまりました」
医務担当は再びリストを確認する。下から順に遡っていき、一名ずつ名前を読み上げながら見ていった。やがて、リストの一番最初まで来た。しかし、ツヴァイの名は見当たらない。
「あれ? 僕はツヴァイさんと一緒に戦っていたはずなんですが……」
ツヴァイが来ていないなら、自分の事は誰がどうやって運んだのだと。その疑問に、アインズが記憶を搾って答える。
「ユウキ君の事は、私が運んだの。鎌を持ったバケモノと戦うツヴァイを見つけて、その近くで君は倒れていたのよ」
「あ……」
彼女の言葉を聞き、ユウキはあの時の光景を鮮明に思い出してきた。少しばかりの勝機を見出したところで不意打ちを受け、彼は気を失ったのだった。
「ツヴァイさんは?」
「ツヴァイは……私とユウキ君とを逃がすためにそのバケモノと一人で対峙したわ。第二部隊に応援をお願いしたのだけれど……」
一抹の不安を感じたユウキらだが、諦めるにはまだ早い。医務室に行く必要が無いだけという可能性が残っている。
それに賭け、二人の足は第二部隊の隊長室へと向いた。
そこへ──
「ア、アインズ隊長!」
第一部隊の騎士が医務室に駆け込んで来た。その慌てようは、尋常ではない。
「どうしたの?」
「ツヴァイ様が、ツヴァイ様が!」
「落ち着いて。ツヴァイがどうしたの?」
アインズに言われ、彼は深呼吸した。やがて意を決し、告げた。
「ツヴァイ様が……戦死、されました」
「………………え?」