5-6.鋏使いのバケモノ
──ブライトヒル王国、市街地
バケモノ出現との情報を聞き、アインズは街へ駆け出した。ポリアを隊長室に残し、共に出撃した桜華とは別の方向へ。
「騎士団はどう動いているのかしら……」
初めて襲撃を受けた時とは違い、王国として何かしらの対策はとっているはずだと、アインズは考えた。
ひとまずの目標を「第一部隊との合流」として進む。
「もう、この辺りでも被害が出ているのね」
壁が崩壊した建物や、一般人の遺体が、ところどころに散見される。騎士の遺体が見られない事から、既にバケモノを押しているのだろうと分かる。
「……っ!」
十分ほど小走りで進んだところで、アインズは金属音を耳にした。人の声と、奇怪な声も同時に飛び込んで来る。発生源へと急行すると、一人の男性騎士とバケモノが対峙していた。
「あいつ、ただのバケモノじゃないわね」
左腕が水平向きの鋏になっており、唸りながら、一対の刃を繰り返し開閉している。
──グルルル……フギィ!
鋏を大きく開き、騎士の方へ猛進。既に疲労が目立つ彼に、これを回避するのは難しいいだろう。
そう判断し──
「ブリッツ・ピアス!」
亜光速移動でもって、敵の進路と垂直に男性騎士を救出。攻撃を受けぬよう、手を掴んで回避した。
一瞬、アインズの髪を鋏が掠めるほどギリギリであった。
──ブギギャ?
「……! アインズさん?!」
「あら、アルニムじゃない」
彼女の名を呼ぶのは、第一部隊の隊員、アルニムである。いつの間にブライトヒルに戻っていたのだと、驚きの声を上げる。
「第一部隊は?」
「メーデン様の指示で、三人組に分かれて散開しています。けど、私のチームはもう……」
「……そう、了解よ。でも、悲しむのは奴を倒してからね」
平静を装うも、握り拳は強ばった。
「はい!」
体勢を立て直す。敵は鋏を開き、二人の方を見ている。
──真っ直ぐ攻めても、斬られるだけか
相手の攻撃は横に広い。直線で特攻すれば、たちまちその範囲に入ってしまうだろう。弱点は上下だが、重い装備を着けての大ジャンプは困難を極める。
「回り込むしかなさそうね」
「私が引き付けましょうか」
「……ええ、頼むわ」
鋏が脅威なのは、その内側のみ。背後から攻めれば、振り返ったとしても刃でない部分が来るだけだ。
──ブリッツ・ピアス
敵の視線を誘わぬよう、アルニムの背後に隠れてから亜光速移動を繰り出す。
ある程度の距離をとり、向かって右側、鋏がある方に移動。止まって見える景色の中に、バケモノを捉える。
「おらおらバケモノ! やれるもんなら、やってみな!」
意図して声を荒らげ、大袈裟な構えでバケモノを誘う。アインズに注目させない為の策である。
──ググゥ……
作戦は巧く機能し、バケモノが鋏を開いて突き出した。
──そこよ!
「ブリッツ! ピアス!」
突き攻撃を、敵の肘目掛けて繰り出す。
──フググ?!
切っ先が向こう側へ突き出す。
「はああああっ!」
反撃が来る前に抜き、垂直斬りによって追撃を行うと、一番の特徴であった鋏が地に落ちた。
「とどめだ!」
怯んだ敵に更なる追い討ちをかける。アインズは一歩下がり、アルニムが胴体目掛けて斬り込んだ。水平向きの刃が、見事に食い込む。
──ブギィヤァ!
アインズには出来ない力技により、バケモノの身体が裂けていく。
「うおおおおおおお!」
しかし、このバケモノと言う敵は、そう優しくない。
──まずい、右腕が!
危機に瀕したバケモノは、残った右腕を鋏に変化させた。アインズの身体が反応を開始した頃には、一対の刃は閉じ始め──
「逃げて、アルニム!」
「……えっ?」
彼の体は、二つに分かれた。アルニムの剣がバケモノを分割するのも、それと同時であった。
一人と一匹が、計四つのパーツに分かれて落ちた。
「ああ、そんな、アルニム!」
躓きながら彼の元へ。バケモノの上半身をキッと睨み付け、剣を逆手に持った。
「お前! よくも、よくも!」
バケモノの顔面目掛けて何度も振り下ろし、絶命したのを確認。失せろと言わんばかりに、遠くへ蹴り飛ばす。
「アルニム! 気を確かに持つのよ!」
「……アイン……ズ……さん……すみま…………」
瞳から光が失われていくのを見て、アインズの脳裏には彼との記憶が蘇った。
彼は、アインズに初めて出来た後輩であった。数々の仲間が死んでいく中、アインズとアルニムは何度も生き残った。彼女が隊長となった後は、一番の部下として活躍を見せた。そんな騎士であった。
「……アルニム? アルニム?!」
謝罪を言いきる事も出来ず、彼は命を落とした。大粒の涙を零しながら、アインズは誓いを述べた。
「約束よ。私は必ず、バケモノを殲滅する。貴方含めて、死んでいったみんなの弔いをするわ。それで……許してね」
震える声で許しを乞う。最後に彼の手を握り、せめて安らかにと祈った。
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
ふと、母親の言葉を思い出す。繰り返し脳内に響く声に、アインズは少しばかり怒りを覚えた。
「どこが……どこが、等しいって言うのよ」
この場所に来るまでに、何人もの遺体を見た。悲しくない訳ではないが、その一人ひとりに対して涙を流してはいない。
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
「……等しくなんかない」
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
「等しくなんか……ない!」
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
「うるさい!」
両手で頭を抱え、激しく左右に振る。焼き付いて離れない。響いて響いて仕方がない。
「うるさいうるさい、黙ってよ!」
──いい? アインズ
──命は等しく尊いものなのよ
「黙らないなら説明してよ! どこが等しいのよ?! 顔も名前も知らない誰かの命と、アルニムの命が等しいの? なら、どうして私は泣かなかったの? どうして今、泣いているのよ?!」
しかし、彼女の疑問に幻聴が答えることはない。
混乱と怒りを刃に込め、道行く先に立ち塞がるバケモノを殺していく。無理に剣を振って腕が痛もうが、身体の何処に返り血を浴びようが、怒涛の勢いで進撃していく。
「この! この!」
バケモノから見れば、今のアインズは、それこそバケモノであっただろう。走り続けた彼女は、やがて、足がもつれて転倒した。
「私は……私は……っ!」
自分でも、愚かだと感じた。こんな事では早死にする。アルニムに誓った約束を果たす事も出来ないだろう。
「…………?」
そう気付いて少しだけ冷静になったとき、すぐ近くで繰り広げられる死闘の音を聞いた──。