5-5.凶報の声
王国の紋章が入った絢爛な馬車と、小さな友好国の刻印が施された座席車。その傍を走る重種の馬。各国から集まった五人を乗せ、出発地、ブライトヒルへと帰還した。
──戻って来た……!
本当にクライヤマを中心に一周したのかと、実感を得られないまま馬車で市街地を進んでいく。
「おっきい堀! おっきい橋! おっきい門! おっきいお城! すごいですブライトヒル王国!」
「そ、そう……。楽しんでくれて何よりよ」
「でも確かに、改めて見ると凄いですよね、ブライトヒルは」
街の規模、城の大きさ、人の数。それら全てが、これまでの旅で見た他国よりも秀でている。
クライヤマの次に見たのがブライトヒルであったユウキは、故郷の外はどこもこのレベルだと思っていたが、どうやら大きな勘違いであるらしいと、そう気付かされた。
「あの部分の補修に、トリシュヴェアの花崗岩が使われたと聞いたことがあります」
馭者をしながら、アインズは城を支える土台を指さして言った。
「そうなんか。実際に使われてんのを見るのは、初めてかもしれねぇ」
「他にも細かい所に使われてるいるとか。まぁ、私も詳しくは分かりませんが」
「いやぁ、さっそく勉強になったぜ」
「それは何よりです」
ブライトヒルに入って暫く走ったところで、馬車が停止した。窓から外を見ると、すぐそこブライトヒル王国城が見えた。アインズと門番の会話が聞こえてくる。
「アインズよ。通れる?」
「おかえりなさいませ、アインズ様! もちろんでございます。お通りください」
「そっか、アインズさんって、隊長なんですよね! 騎士団の歴史なんかも知りたいなぁ!」
ポリアの好奇心は、いつどこに向くか分からない。己の殻を破った彼女を止めることは、両親でさえ難しかったのだ。
「アインズ様だって! 様が付いてるよ、ユウキ殿!」
──貴女にも付いてましたよ
ユウキの左隣に座る桜華。アインズの名に位の高い敬称が付いていることを笑いながら、彼の方を見て笑った。
「あはは……あ──」
彼女の顔を見ながら愛想笑いを返すユウキだったが、桜華の背後──扉を開けて笑顔で立つアインズを発見してしまう。
「ごめんね〜桜華」
「ひいっ?!」
「他国の国防組織の人間は、入城不可ですって」
「ええっ?! ごめんなさい嘘嘘! 騎士様! アインズ様! 美人隊長様ぁ!」
「分かればよろしい」
──怖っ
姿勢を戻し、視線をアインズの方へ。
「私は所定の場所に馬車を停めてくるから、ここで降りて待っててくれる?」
「了解です」
促されるがまま降車し、綺麗に舗装された石床へ。
「それと、ユウキくん」
「はい」
「前に使ってた部屋は覚えてる?」
「ええ……たぶん」
「まだ使えると思うから、タヂカラさんと一緒にそこで休憩しててね。何事も無ければ、すぐに迎えに行くから」
「わかりました」
旅に出る前の記憶を必死に探る。居たことがあるとは言え、ほんの数日だ。迷ったら、大男と共に城内を練り歩くことになってしまう。
「それから、ポリアは私の隊長室に案内するわね」
「はい!」
「……私は?」
「三人一部屋か、芝生か?」
「ううんアインズ殿だぁ〜い好きぃ〜」
守護者アマビエの如く体をウネウネさせながら、芝生は嫌だと媚びを売る。唇を変に尖らせて指をあて、瞼を盛んに開閉。
「……芝生ね」
「え、ごめんて」
しかし、虚構の愛に向けられる視線は冷ややかであった……。
──ブライトヒル王国城、一室
クライヤマから救助された少年が、目を覚ました部屋。久方ぶりに感じるベッドの柔らかさに感動しつつ、旅路での睡眠環境が、如何に劣悪であったかを再認識した。
「ええ、目を覚ました時にはもう、この部屋でした」
「起きたら知らねぇ所に居たなんて、大変な騒ぎだろうよ」
「まあでも、あの時の僕は……いや、なんでもないです」
窓から見える景色は、当初とは様変わりしている。
ニューラグーン方面。アインズに言われて初めて目にした巨大な無機は、もう無い。
──全破壊まで、もう少しか
逸る気持ちはあるものの、慌てたとてどうにもなりはしない。
──ジュアンとか、月の巫女とか
──気になる事は沢山あるけど
次の敵が誰で、どのような戦闘になるのかは、彼にはまだ分からない。体を休める事も、戦いの内であると。自身にそう言い聞かせた。
「ふあ〜。気ぃ抜けたら眠くなってきたな」
「そうですね。僕も瞼が落ちそうですよ」
しかし、世界を混乱させているバケモノと言う存在にとって、少年の心持ちなどは知ったことではない。いつ如何なる時であろうと、絶望を連れてやって来る。
「襲撃! 襲撃! 騎士団員各位、直ちに出撃!」
……微睡む暇もなく、壁の向こうから凶報が告げられたのである。