表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】天ノ恋慕(旧:太陽の少年は月を討つ)  作者: ねこかもめ
第五章:選択
118/180

5-2.巫女の選択

 それから一週間。占いは地道に不正確になり、今や五度に一度は正しくない答えを導き出す。連続ではずれる事もあり、正誤は無作為である。


──うっ!


──また、なの?


 衰弱していく日の巫女の力に対して、この苦痛だけは何も変わらない。何度も何度も、時も場所も弁えずに襲い来る。


 それは、ユウキと話せる時でさえ例外ではない。


「リオ、大丈夫?」


「え? う、うん、大丈夫だよ」


「……嘘だ。苦しそうな顔してたよ」


「あはは……バレちゃった?」


 普段から堪えようと努めているものの、不意に襲われれば、抗う術は無い。一瞬、苦痛に歪んだ顔をユウキに見られた。


「心配してくれて、ありがとう。このところ雨が多いし、濡れることもあったから……風邪ひいたのかも」


「それじゃあ温かくしなきゃ。ちょっと待ってて」


 そうとだけ言い、少年は草むらへと消えた。呼び止める間も無かった。


 数分待つと、再び草むらが揺れた。


「ただいま」


「こちらは家じゃないですよ」


「うん、家じゃない。僕は、リオのところに帰ってきたんだ」


「……もう」


「それより、ほら」


 小脇に抱えた布を両手で広げる。藁を幾重にも編み込んだものだ。


「ありが──あっ」


 手を伸ばして受け取ろうとしたが、ユウキの行動は予想と違った。少年はそれを、彼女の正面から腕を回して肩にかけたのである。


「どう?」


「……うん、嬉しい」


「温かさは……?」


「まぁ、さっきまでよりは」


「そう言うと思って、これも持ってきたよ」


 占いよりも確かな精度で、リオの発言を予測した少年。懐から火打ちと打ち金を取り出し、社の焚き火跡に着火。ゆっくりと煙が上がり、次第に炎が大きくなった。


「焚き火を見に誰か来たら、ユウキ、怒られちゃうよ?」


「構うもんか。リオの風邪がこじれるくらいなら、怒られた方が断然良い」


「ふふふっ、ありがと」


 火にあたるリオのすぐ左に立ち、少年も暖をとる。次第に身体が温まり、顔まで熱くなる。


「……ねぇ、リオ」


「うん?」


「ふと思ったんだ。皆が寝静まった後なら、堂々と君に会えるなぁって」


「あ……」


「なにも、こんなにビクビクしながら来る事はないんじゃないかな……ってさ」


 以前、リオもたどり着いた思考。それをユウキが提案したことで、彼女は少しだけ嬉しいと感じた。自分の想いが一方的でないことを確認できたからだ。


「私は……」


 しかしリオは、つい先日に心を決めたばかりである。自分はクライヤマに座する日の巫女なのだと。慕ってくれる人がいる限り、その希望であり続けるのだと。


「私もね、ユウキ。実は同じ事を考えたの」


「え?」


「辛くて辛くて……ユウキに会いたくて。夜中なら、ここで気兼ねなく遊べるんじゃないかな〜って」


「リオ……」


 リオの言葉を聞いて、ユウキも同様に安心した。もう何年も抱え続ける恋慕が、一方的ではないと予想できたからである。


「でも、ごめんね。私にはできないや。本心では、やっぱり一緒に居たいよ? こうやってお話したり、二人きりでご飯を食べたり。けど、さ。私は、クライヤマの巫女だから。意図的にみんなを騙すような事は……できないや」


「……そっか。じゃあ、僕はいつも通り忍び込むよ」


「うん。待ってるね、いつでも」


 それが、彼女の答えである。己の心を抑え込み、クライヤマに座する日の巫女として生きること。自身の感情に従うよりも、集落の伝統を維持すること。


 この自己犠牲こそが、リオの選択した道であった。




 かれこれ、一週間弱の雨が続いている。占いによれば、次の晴れは、この日の夕方に訪れる。しかし、それ以降の夜からはまた雨が続く。いくら日輪に祈ろうと、結果は覆らなかった。


「巫女様」


「はい」


 ずぶ濡れの男が一人、社を訪れた。低い声で、唸るようにリオへ問いかける。


「どうして、晴れないのでしょうか?」


「……ごめんなさい。私も祈り続けているのですが、どうにも晴れに変わらず」


「次の晴れは、いつなのですか?」


「次は今日の夕暮れごろと……その先は、一週間後です」


「それでは……それでは、困るのです」


——そんなこと言われても


——私だって、天候を操れるわけじゃないのに


 天候が良くならないことに対して怪訝そうにする男。クライヤマの中でも低い場所に家を持っている彼は、このまま雨がやまねば、自身の住処が水没するのではないかと心配しているのだ。


「ごめんなさい……。どうにか晴れをもたらして下さいますよう、祈祷致しますね」


「お願いします」


 暗い顔のまま男は振り返り、濡れた地面をビチャビチャと鳴らしながら去った。


 申し訳ない気持ちを抱えたまま、彼女も振り返って屋内へ戻る。


——どうして、晴れてくれないの?


「どうして——ううっ⁈」


 不意に、激しい不快感に襲われた。思わず横に倒れてしまう。運よく社の中にいたため、泥まみれになることはなかった。しかし、これまでにないほどの苦痛が訪れたという事実は、彼女を大いに心配させる種となった。


「はあ……はあ……何なの、これ……?」


 外の空気を吸おうと、胸を押さえながら戸を開けて再び外へ。雲にわずかな隙間があり、そこから白夜月が顔を出していた。見た目は得意に変わった様子のない、いつも通りの月。


 しかし、リオは感じていた。何か危険な力を。嫌な気配を。彼女を襲う苦痛が、まるで月から襲って来ているかのような感覚があった。


「……いったい、何が起きてるの?」


 苦しさの原因は。晴れぬ理由は。


 無念なことに、リオにそれらを知る術は無い。


 ただただ、苦しみながら崩壊の時を待つことしかできないのであった……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ