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【完結】天ノ恋慕(旧:太陽の少年は月を討つ)  作者: ねこかもめ
第四章 : 責務
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4─22.責任の継承

 ──奴隷たちの反乱から四十五年後


 滅ぼされた故郷に代わる土地として採石場跡地を選んだ彼らは、荒くれの土地を必死に耕した。畑を作って家畜を飼い、十分な食事をとれるだけの水準まで引き上げるには、かなりの時間を要した。


「……なに、倅の容体が?」


「はい、なのですぐにお部屋へ」


「ああ、わかった」


 タカミの息子オモイは、生まれつき少々病弱であった。彼に似て体は大きいが、体力がそれに見合っていない。オモイの妻に呼ばれ、タカミは息子が眠る部屋へ。


「大丈夫か、オモイ!」


戸を開けるなり、大汗をかいて苦しむ姿が彼の目に映った。


「はぁ……はぁ……ゴホッ!」


「オヤジ!」


「父さん!」


オモイの息子二人、タカミの孫にあたるタヂカラとハルもまた心配の声を上げる。


「じいちゃん、オヤジが! オヤジが!」


「落ち着けタヂカラ。大丈夫、お前のお父さんは強い男だ」


 荒れる呼吸はなかなか鎮まらず、時折、激しく咳き込んだ。


「お、親……父……」


「どうした、オモイ」


「すま……ない。トリシュヴェアを……導く責任……果たせそうに、ない……っ!」


息子の言葉を聞いたタカミの脳裏に、昔死んだ友人の最期が蘇った。


「バカヤロウ、今はそんなこと気にすんな。まずはお前がきちんと生きることだ」


 父親であるタカミが左手を、息子二人が右手を握って様子を見る。そのまま数分が経つと、オモイの息は落ち着き始めた。


「……オモイ?」


しかしタカミは、その落ち着きに違和感を覚えた。鎮まっているのではない。


──浅くなっている


呼吸音が段々と微弱になり、握った手から力が抜けていく。


「オヤジ?」


起こりうる絶望を察知したタヂカラは、恐怖のあまり体を震わせた。涙を流し、オモイの体に顔を埋める。


「タヂ……カラ……」


「なんだ、オヤジ?」


「お前に、トリシュヴェアを……託し……た……ぞ……」


「な、何言ってんだよオヤジ!」


「オモイ……」


「父さん?」


「オヤジ! オヤジ!」


オモイの手がゆっくりとタヂカラの頭に乗せられた。……以降、彼は喋る事も動く事も無かった。




 ──オモイの死から一月


 タカミに呼び出されたタヂカラとハル。昼食を済ませた後、祖父の待つ部屋へ。


「じいちゃん、話って?」


「おお、来たか。とりあえず、そこに座んなさい」


「「?」」


いつもと雰囲気の異なる祖父に困惑しつつ、兄弟は言われた通りに座した。タカミもまた二人に向かって座る。


「話ってのはな、トリシュヴェアの今後についてだ」


「今後?」


「ああ……少し、昔話をさせてくれ」


 如何にしてこのトリシュヴェアが出来上がったのか、その前には何があったのか。その忘れもしない歴史を話した。


「だから俺には、ここの皆を導く責任があったんだ」


「大変だったんだな、じいちゃん」


「……まぁ、色々とな」


無論、全てを話した訳では無い。自身らの祖父が祖母よりも前に愛した女性が居た事など、聞きたくはないだろうと考慮した為である。


「んで、話ってのはここからでな」


ひとつ咳払いをし、改まって孫たち、特にオモイの長男であるタヂカラに向かって言葉を紡ぐ。


「その責任を、タヂカラ、お前に継いで欲しい」


「……え?」


「まだ若いのにすまねぇとは思う。けど、俺も老い先長くないんだ」


「……」


「やったじゃん、兄さん。父さんが果たせなかった役を、これからは兄さんが──」


「じいちゃん」


「なんだ?」


数秒の間俯いていたタヂカラは、力強い視線を祖父に向ける。想定と違う反応に戸惑いながらも、タカミは孫の目を真っ直ぐに見ようと必死になった。


「そんな責任、俺は……負いたくない」


「……なに?」


「兄さん……」


「どうして──」


「じいちゃんがここの英雄って話は分かったけど、俺が生まれながらに責任を背負う運命だなんて、そんなの不条理だ」


「そんな事言うなよ兄さん」


「そんなに背負いたきゃハル、お前がやってくれよ」


 これ以上話を聞く気は無いと、そう示すように立ち上がったタヂカラ。二人に背を向け、部屋を出ようと歩む。


「タヂカラ、待ってくれ!」


「……悪いけど、俺はやらないからな」


 戸を開けて、一歩進んで後ろ手に閉めた。その日以来、タカミとタヂカラの間には不穏な空気が流れた。タカミは何度か同様の申し出をしたが、その度にタヂカラは拒否し続けた。




 それから三年の月日が流れた。建国の父は天寿をまっとうし、タヂカラとハルの兄弟だけが残された。祖父と父の墓標を前に、彼らは責任の話を続ける。


「それでも、兄さんは継がないの?」


「……何度言われても変わんねぇよ。俺はそんな不条理、受け入れられない」


「分かった。じいちゃんと父さんの責務は僕が継ぐ事にするよ。兄さんはどうするの?」


風が吹き、砂埃が舞う。それが入って来ぬよう目を細めて弟の問に答える。


「俺は普通に暮らす。普通の仕事をしてな」


「そっか……」


 奴隷解放運動を導いた英雄タカミが背負った責任は、彼の息子オモイから、その次男であるハルに継承される事となった。



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