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【完結】天ノ恋慕(旧:太陽の少年は月を討つ)  作者: ねこかもめ
第四章 : 責務
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4─21.導く責任

「ざけんな!」


今までのどの攻撃よりも大きな憎しみを込め、右手を血が滲むほど強く握り、全力で殴打を見舞った。


「ぐああああっ!」


「はぁ……はぁ……」


老爺の体は吹っ飛び、二人の近衛兵が落ちた大穴の付近に転がった。それ以上声を放たず動こないが、呼吸はしている。あまりに強い衝撃によって気を失ったのだ。


「うっ……!」


 衝動的な殺意に支配されていたタカミは、しかし、突如体に力が入らなくなり膝を付いた。


「くそ、力ぁ使いすぎたか……?」


ふと目眩がし、右手で顔を覆って気を確かに持つ。が、やはり立ち上がる程の力は入らなかった。俯いて必死に意識を保つ。頭を横に振り歪みを払っていると、聞き馴染みのある声がした。


「よう、無事か?」


「ムスビ……まぁ、なんとかな」


「奴は……死んだのか?」


「いいや、まだ息はある」


「そうか。なら捕縛して、さっさと脱出しよう。ヤケクソになった奴が火を着けやがった。ここもじきに燃えちまう。立てっか?」


ムスビが手を差し伸べ、タカミはそれを取る。足に力を込め、己の体重を支えんと悪戦苦闘していた。


「ははっ。だいぶ派手に暴れたみてぇだな」


「ああ、ちっとやり過ぎたかもな」


「まあ良いさ。これが終わればゆっく──」


「……?」


ムスビの言葉が違和感のある場所で途切れた。いったい何事かと、タカミは視線を床から前に移す。


「ム……スビ……?」


タカミの目に映ったのは、反乱の仲間であるムスビの姿。しかし同時に、その腹から突き出した刃も見えた。


「ムスビ!」


「バカな奴ら……だ!」


先程まで大穴の傍で倒れていた老爺であった。隠していたのか、拾ったのか、武器を手に取りムスビを背後から貫いていた。


「タカミ、行け」


「……ムスビ?」


 刺されたまま強引に振り返り、王の首を掴んだ。そのまま、ゆっくりと前に進む。


「反乱を率いた俺らには……他のみんなを導く責任が、ある……。悪いが、俺はそいつを……果たせそうにねぇ」


「何を言って──」


「絶望に耐えて、自由の返還を夢見た……みんなを、お前が導くんだ! お前は、誰かの為に行動出来る奴だ」


「……」


 星空の下で己にかけられた女神の言葉がフラッシュバックする。南部採石場における素敵な人。タカミを鼓舞した言葉だ。


「だから、行け!」


「放せっ!」


「俺は一足先に……はぁ……ミナカたちのとこに行ってる。お前は、暫く、来るんじゃねえぞ!」


「ムスビ? 待て、待て! ムスビ!」


王を連れて大穴へ向かう彼の歩みが早まる。這うように彼を追うタカミだが、追いつく事はかなわない。


「ま、待て貴様! 止めろ!」


喚く老爺の首を掴んだまま、ミナカは大穴へ向かう。


「……頼んだぞ、タカミ」


「ムスビ!」


「放せ!」


最期にふっと笑い、ムスビはそのまま大穴へ飛び込んだ。


「ムスビーーッ!」


 恐怖に屈して手を伸ばさず、大切な命を幾度も亡くした鬼は今、手を伸ばしてなお大事な命を失った。突き出した瓦礫と炎により、ムスビと老爺はいとも容易く事切れた。


──くそ


──くそくそ


──俺はまた、何も守れなかった


──くそ!


何度も何度も、拳を床に叩きつけた。


──なんでもっと早く動かなかった


──なんで、俺はいつも立てねぇんだ!


 後悔をしながら地を這ってなんとか屋敷から脱したタカミは、そのまま、最初に待機した物陰まで退避した。


「ムスビ、ミナカ……ウズメ」


皮肉にも美しい星空と、それに似つかわしくない煙の臭いが彼を刺激する。


──責任、か


 仲間の遺言が脳裏に響く。やがて炎が屋敷全体を燃し始めた頃、タカミは疲労のあまり眠りに就いた──。




 ──翌朝


 いつも通りに起床し、今日も岩を運ぶのかと憂鬱な気分で住処を出た労働者たちは、異様な景色を見た。憎たらしい存在が住まう屋敷には大穴が開き、真っ黒に焦げていた。なんだなんだと騒ぎになる中、南部火薬庫への放火を担当した若い男は、屋敷近くで眠るタカミを発見した。


「タカミさん、タカミさん!」


「……ん? ああ、しまった、寝ちまったか」


一眠りして体力が回復したタカミは立ち上がり、意識が飛ぶ前の記憶を遡った。


「他の皆さんは?」


「……っ! 他の襲撃要員がどうなったかは分かんねぇが、少なくともムスビは……」


悲しげなタカミの表情を見て、彼は反乱の結果を察した。


「……勝負には勝った。けど、またデケェものを亡くしたよ、俺は」


「タカミさん」


「ああ、分かってる。反乱を知らなかった奴らは混乱してる。俺が……」


友の遺言がまた脳内で響き渡る。


──みんなを導く責任がある


──お前が導くんだ


「……やってやるさ。お前らの分まで、背負ってやる。力だけが俺の取り柄だからな」


「……?」


「よし、行くぞ。俺たちの自由は……取り返した!」

「……はい!」


 日が昇った南部採石場。混迷する奴隷だった者たちをまとめるため。二度と歴史を繰り返さぬよう、最低限、国と呼べる場所にするため。死んだ者を弔うため。


 そんないくつもの責務を全うするため。


 タカミは、草を掻き分けて出た。



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