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連続する恐怖

「いつもの腹痛より元気やんけ」とか油断こいてたら胃腸炎でした。

皆さんも健康にはお気を付けを!!

エイスからの案じる念が届いたのか、はたまた同窓の友人らの恐怖の嘆きが届いたのか。アムドはふと視線を対面の人垣へと向けた。

 すると対面の最後列に親友(エイス)の姿を見つけ、向こうもアムドに気付いたのか目が合ったと感じれば即座に、小さくではあるが頷いてくれたことに何となく安堵し、僅かに緊張がほぐれる。


 刹那、まるでアムドが油断するのを待っていたかの如く腹が暴れ出した!


 油断したなと勝ち誇る腹痛を擬人化した悪魔がアムドの脳裏で高笑う。

 どうしてそういうことするの。

 

 王子が婚約破棄を宣言して以降静かになってしまったホールは張り詰めた空気に満ちているというのに。

 そんなところに腹の音が響いてはたまらない。

 アムドはそっと己の腹に手を当てた。が。


 ――ヒィ、これだけの動きでも視線が!


 動いた際の微かな衣擦れがまずかったのか? それとも大柄なアムドが僅かに手を動かしただけでも相当目立ったのか。

 王子とサフィア嬢に注がれていた視線が一斉にアムドへと向いた。


 反射的な行動で誰にも悪気はないだろうことは理解できたが、それでもアムドは視線を向けられた全員に槍でも突き付けられたような心地になり――結果、腹痛により強張った表情が一層固いものに変じ、凶悪さを増した。


 それを目撃してしまった同窓(犠牲者)達――これまで対面で飢えたる猛獣の如きアムドに怯えていたものに加え、うっかり視線を向けてしまった為数が増えている――の悲壮感と恐怖も一層深まった。


 当然、追い詰められたアムドに周囲の同窓を怯えさせたことに気付く余裕などない。

 「こっち見ないで!? これ以上刺激を与えるのは止めて欲しい!」と()()さを抱えたアムドは親友(エイス)に心で助けを求め、周囲は内心でアムド(人喰いの猛獣)に「食べないで!」と助けを求めた。


 事態はそれに留まらない。

 注がれていた視線が動いたのを察したのか、中央のサフィア嬢までが視線の先――自分の方へ顔を動かしたものだから、アムドの胸中の叫びは悲鳴に進化した。


 アムドにとってサフィア嬢は同窓とは言え家格が上の、しかも婚約者のいるご令嬢という近付きようの無い天上の存在に等しい。

五年間の学生生活中で関わったことは殆どない。

 同窓のみなは、せめても授業にかこつけてサフィア嬢と接点を持ちたがったりしていたが、アムドは出来る限り距離を置くよう努めていたから授業中や学校行事で言葉を交わすことになっても必要なことのみで、雑談などした覚えもない。


 アムドだって15歳の少年である。

 透き通るように美しい銀の髪と菫の瞳に白い肌の絶世と呼ぶに相応しい美少女に対し、憧れもなければ気を引きたいとは思わない――といえば嘘になる。

 

 なにせサフィア嬢ときたら外見の美しさだけでなく、中身の方もその姿形と同じくらい美しいと誰もが憧れる姫君だ。

 多くは望むことは憚られるけれど、ほんの一瞬でも自分に関心を向けてもらえて個人的なお話ができたなら、それは夢見るような心地になるだろうし、卒業後もかの姫君とかかったことがあるのだとちょっとした自慢の種になることだろう。


 だがアムドは自分の体質――緊張するとすぐに腹痛を起こしてしまうことを理解しているし、そうなった際の自分を、見ただけで泣き出す女生徒が存在することも理解している。仮にその泣き出した女生徒の中にサフィア嬢が含まれたとしたら、父の()さえ危うい。

 その事を、身の程を、アムドはしっかりと弁えており、ほんのり芽生えた淡い気持ちなど見なかったことにすべきだと思ったし、そうしてきた。


 斯様に――今まで目を合わせることさえも避けてきた密かな憧れの君(サフィア嬢)と目を合わせる、しかもよりにもよって大きな騒動の最中にだなんて、アムドの限界(キャパシティ)を超える出来事でしかなかったのだ。

  

 けれど幸いなことに目が合った、と理解し瞬き一つ分の間をおいて直ぐにサフィア嬢は王子の方へと向き直った。

 つられて周囲もサフィア嬢と同じく、再度王子の方向へと視線を向け直し――会場内の温度がまたも一段下がった。


 そこには大仰にふんぞり返った王子の他にもう一人――メモリエラ・ダンプ男爵令嬢の姿があったからだ。

 

 メモリエラ嬢は本来、今この場にいてはならない存在である。

 かのご令嬢は現在3年生――アムドらの2つ下に在籍しており、この卒業パーティとの関りはない。

 この卒業パーティに参加することのできる在校生は、卒業生の兄弟姉妹であるとか、自分たちの世代で委員になることが内定しているとか、何らかの理由が必要なのだが、当然どの理由にも該当していない。

 該当していたとしても来賓扱いとなるために、入場している筈もない。

 

 恐らく、いや確実にびったりと密着している王子(馬鹿)が招き入れたのだろうとみな理解した。


 だが、会場内の温度が下がったのはそれが理由ではない。

 今更指摘するのも馬鹿馬鹿しい、王子に馴れ馴れしくも腕にしがみついているという、ありえない態度の所為でもない。

 男爵令嬢という身分を弁えもせず、王子と同じようにサフィア嬢へと敵意と嫌悪の籠った視線を向けるという大概すぎる態度さえもはやどうでもいい。


 ただただ、そこにいるメモリエラ嬢の見た目が、怖い。

 アムドとは違った意味の恐怖を煽る、それだけの理由だ。


 別に、メモリエラ嬢は怖気を抱かせるほど醜いわけでも、反対にぞっとするほど麗しい美貌のご令嬢というわけでもない。

 その容姿を言い表すのであれば、美少女と呼んでも、まあ嘘にはならないかなー? という程度。


 うん、美少女。そう呼んでも別に嘘にはならなかった筈だった。


 艶めくピンクブロンドの髪には、ピンクゴールドのティアラが輝いており――

 身を包むドレスは光沢のある濃いピンクの生地で仕立てられ、ビビッドな色合いのピンクいリボン、レース、フリルがこれでもか! これでもたんねえのか!? とデザイナーの狂気を感じる程の質量で飾り立てられており――

 更に、テッカテカのドピンクに塗られたハイヒールがちらと足元から覗いており――

 その全てに余すところなくピンクの宝石が散りばめられてピンクの輝きを放っている。

 

 ……という、上から下まで徹底してピンクに塗れているのである。


 誰も全身統一カラーでのコーディネートを否定するつもりはない。だが、これはない。

 三秒も視界に収めれば一瞬で気が狂れそうな色彩の暴力、その化身。ピンクの化け物(モンスター)


 それ以外に表現のしようがない。


 なんかもう目が痛いし、とにかく怖い。

 既に気の弱いご令嬢は泣いていた。

 同窓の厳つい男子に食われる恐怖。

 貴人の乱心により閉ざされようとする自分の将来。

 極めつけは令嬢として培ってきたあらゆる常識とセンスを粉砕するピンクの化け物(モンスター)

 ここは魔界なんじゃないのか、神様は死んでしまったの?

 

 混乱しきって涙を流してはいても、嗚咽や啜り鳴き一つ漏らさずにいるのだから根性がある。

 まあ物音を立てて恐ろしいものがこちらを向いたら多分死ぬ。

 その一心で耐えているのかもしれないが。

  

 ご令嬢でさえそんな有様なのだ。ご令嬢が抱く恐怖の原因の一つであるとは言え、繊細な事情(腹に爆弾)を持つ少年であるところのアムドは「これ以上何も起きないで欲しい」と祈った矢先に色彩の暴力(ピンクの狂気)を目の当たりにしてしまったのだ。

 正直怖い以外の感想など出てこない。

 

 アムドはまた一つ緊張を抱えてしまい、痛みを増した腹の痛みに耐えるべく静かに、強く呼吸する。

 それはまるで獲物を前に興奮した野生の熊が如し。


 ゆらり全身から気迫を漂わせて始めた猛獣(アムド)の気配に、その場の同窓達はもはや直接見ずとも肌で感じる程の威圧をびしびしと感じ、色彩の暴力(ピンクの狂気)が視界から脳に侵入し正気を灼くのにも耐えなければならない。

 これが絶望でないなら、なんだというのだろう。

 

 意味軸は違えどアムドと同窓達の心はひとつ。

 「はやくこの場から解放してほしい」という祈り。


 だが皆の祈りを感じ取るどころか一切の空気を察していない王子(馬鹿野郎)はこの茶番をそう簡単に終わらせるつもりはないらしく、高らかに叫ぶ。


「サフィアよ、そなたの悪行もはや容赦できるようなものではない! 潔く裁きを受けるが良い!!」


 いや、あんたが裁かれてくれ。

 今度は意味軸ごとアムドと同窓達の心はひとつになった。

サブタイがなんかMTGのカード名みたいになったなって投稿直前に気付きました。

ありそう。

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