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ライゼン伯爵家の繊細な事情

 世の中には、緊張すると胃腸の調子がおかしくなる体質の人間が存在する。

 アムド・ライゼン伯爵令息もそれに該当する内の一人だ。


 一口で胃腸の調子が悪くなると言っても様々な症状があるのだが……アムドはお腹を下す、詰まるを交互に繰り返す厄介な症状を抱えていた。

 何だか胃が張るような不快感から始まり、少し経つと胃から腸にかけて大量の空気が詰まったようになり、ぽこぽこと奇妙な音が腹から鳴り出す。

 音が止んだらそこが限界。

 直ちに身体を折り曲げたくなるほどの腹痛が襲ってくる。


 都度腹に収まっているものをある程度外に追い出してしまえば治りはするのだが、今年で15歳になる思春期男子には……いや、幾つになっても恥ずかしいものは恥ずかしい。


 同じ体質を持つ今年34歳の父は騎士であり、勤め先は国で最強を誇る第一騎士団という花形である。

 この第一騎士団は団長・副長及び中隊・小隊など『長』と名の付く役職は腕っぷしを基準にして任命されるという超脳筋、もとい実力集団でもあり、父は先日、目出度く副長――国で2番目に強い男の地位に昇進した。

 それを祝う宴席の主役であるにも関わらず、度々会場から姿を消す羽目になり中座の度に何とも言えない表情を浮かべていたのを目撃したことは記憶に新しい。

 筋骨逞しい見た目に相応しく、勇猛──そんな父であっても体質には勝てないという事実に息子(アムド)はそっと涙を流し、そして腹を痛くした。

 

 そんなんで戦場に出られるのかよ、そんな繊細なやつに副長任せるとか人事は正気なのか。

 思うところは多々あれど、当代の主と嫡男が揃って悲しみを背負うライゼン家の繊細な体質を知るのはごく親しい僅かなものに限られている。

 特に隠している訳では無いのだが、中々知られないのにはそれなりに理由(わけ)がある。


 ライゼン家は体格に恵まれるものが多く、特に男子は大体平均より縦は頭一つ分は大きく、横は1.5倍ほど広く育つ。

 顔の造りは然程悪くないのだが、言い表すのであれば動物系……ぶっちゃけると熊とか人を襲うタイプの猛獣を連想させる系統。

 猛獣めいた強面の大男がたかが緊張くらいで腹をおかしくする、などと思うものは少ないらしく、ライゼン家のものにとって破滅を告げる警告音とも言える腹の異音は単に空腹の虫が煩いだけと勘違いされることが多いのだ。


 アムド自身も5年前の王立学園入学の際にはガチガチに緊張し、式典の最中ぽこぽこと腹から音が鳴り出してしまった時には泣きそうになったものの、隣席の少年がまんまと勘違いをしてくれ救われた経験がある。


「身体が大きいと大変だよな、僕も寝坊して朝食抜いたから我慢の真っ最中でさ」


 入学早々不名誉なあだ名をつけられてしまう、と始まってもいない学園生活に立ち込めた暗雲を嘆きながら鳴り始めた腹に手を当てていたアムドにとって、奇妙な腹音を揶揄(からか)いもせず声をかけてくれたエイス・ペガトーロ伯爵令息はまさに救い主だった。

 共感に満ちたあの時の笑顔は、五年後の今も色褪ない救い主の肖像としてアムドの胸に残っている。


 何せエイスの声は周囲にも聞こえていたようで、入学から一週間が経過する頃には『アムド・ライゼンは少し鳴き声の大きな空腹の虫を持つ食いしん坊』として認知されるまでになっていたのだ。

 救い主は窮地(腹痛)その時だけでなく、学生生活の評判すらも助けてくれたのある。


 食いしん坊の評判(設定)だけが独り歩きしたお陰で、眉間にシワを寄せ周囲を()めつけながら腹を鳴らしているアムドを見た女子が『お腹が空いて怒っているんだ』と勘違いし、「食べないで」と泣き出してしまうという事件が起きたりしたことはある。

 当然アムドはただ腹痛を我慢していただけであるのだが。


 食いしん坊認定とそれに伴う女子が泣くような事件も貴族の子息としては不名誉な評判ではあろうが、緊張しいの腹下し野郎と思われるよりは余程マシだとアムドは思う。


 因みに自分が原因で泣き出した女子に遭遇する度、自身の腹痛を耐えながら慰めて回ったお陰で『見た目は大きくて怖いけど優しくて紳士』『顔を真っ赤にして慰めの言葉を探す一生懸命なところが可愛いらしい』という別の評判を得てもいたりするのだが、アムドは知らない。

 更にはアムドが滅多に怒らない、温厚な性格であると知れる頃には『童話にでてくる優しいくまさんみたい』と一部女子にちょっぴりモテ出したこともだ。

 

 不名誉を最小限に留めた上、アムド本人は知らないとはいえプチモテ期を得るきっかけを作ってくれもした救い主ことエイスとは、親友と呼び合える関係になり、今ではアムドの体質を理解する数少ない存在となっている。

 授業中や学園行事だけでなく、各家で催される茶会などで体質による窮地(ぽんぽんたいたい)に陥る度フォローしてくれるエイスは聖人と呼ぶに相応しいとアムドは考えている。


 普段悩まされてばかりの疎ましい(ぽんぺ)体質も、得難い友情を手に入れる切っ掛けになった点だけは感謝しても良いのかもしれないとさえ思う。


 勿論、親友(エイス)に頼り切ってばかりではなく、アムド自身も独力で窮地を切り抜けるべく努力をしているし、そのお陰かこの五年間大きな危機もなく、何とかなってきた。

 だが、今回は――。


 囁きどころか衣擦れの音さえ聞こえないほど静まった中で破滅の警告(お腹のぽこぽこ)音が鳴り響かないようにする。

 今のアムドが出来る事はただそれのみ。


 破滅(腹痛)に耐えることでいっぱいいっぱいのアムドは自身が騒動の結末を左右することになるとは、まだ気付かない。

ぎゅるーじゃなくてぽこぽこーって鳴ると大抵の人は咄嗟に何の音か分からなくて困惑するんですよね。

鳴らしてる本人は説明する余裕もないので怪奇現象に遭遇したとでも思っててほしい。

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