在宅ワーク中のWEB会議
「おれ在宅ワークがない仕事に転職しようと思うんだ」
外出自粛が少し落ち着き、久々に近所の居酒屋に行った時、隣の席で深刻そうな顔をしているサラリーマンが2人がいた。
「在宅ワークがないってどういうことだよ?あれだけテレワークは楽だ、便利だって嬉しそうに言ってたじゃねーか」
「いや、そうなんだけどさ……もう無理なんだよ」
「無理ってなんだよ」
転職すると言った色白の男はおどおどしながら周りを見て小声で言った。
「こわいんだよ……」
もう1人の眼鏡の男は意味がわからなそうな顔をしていた。
「こわいって個人情報でも漏らしたのかよ」
「ちげーよ。在宅ワークってさ、WEB会議あるだろ?その時って画面越しに人と話すじゃん」
「なに当たり前なこと言ってんだよ」
「こないださ、会社の人とWEB会議した時の話なんだけど……」
色白の男がボソボソと話し始めた。
4人での会議だったんだよ。上司と同じチームの2人との会議だったんだけど、途中から雑音が入り出したんだよ。
なんか急に音が途切れるようになったなと思ったら、さっきまで普通に映ってたチーム員の女の人の画面がちょこちょこ固まるようになってさ。
単純に女の人の家の電波がおかしいのかなって思ったんだ。上司やもう1人の画面は普通だったから。
女の人も画面は固まってても会話はできてたから「なんか急に◯◯さんの画面のフリーズしがちになりましたね」なんて最初は笑いながら話してたんだ。けど、会議が進むにつれて女の人の画面が固まった後に変なのが一瞬映り込むようになったんだ。
ちらちらと映る程度でなにが映ってるのかはわからなかったんだ。でも絶対に何かが映ってた。
おれどうしても気になってさ、なんだろうと思ってこっそり何回かスクリーンショット撮ってみたんだ。そしたら映ってたんだよ。
真顔で画面越しにこっちを見つめる真っ暗な服装の男が。
おれこわくてさ。でもなにも言えなくて。スクリーショットはおれ、誰かに見せたくて保存してたんだよ。
それで昨日会社に行った時にさ、会議のメンバーがみんな出社してたからその話をして画像を見せたんだ。
おれ以外誰も女の人の画面に何かが映ってるとは思ってなかったらしくて、画像見せた時はみんなぎょっとしてたよ。
誰も知らない男で気持ち悪くなって、みんなあんまり話しを進めたくなくなってさ、結局女の人はお祓いに行くってことになってその話が終わったんだ。
そしたら上司が場の空気を変えようとしたのか急に声のトーン上げてさ「そういやお前家に誰か呼んでただろ?会議中だってのになんだかざわざわ話し声が聞こえてさ、賑やかだなって思ってたんだよ」っておれに言ったんだよ。そしたらあとの2人も「そうそう、楽しそうな雰囲気だったよね」て言って笑ったんだ。
おれ会議の時家に1人だったんだぜ。テレビもつけてなかったしおれの部屋は静かだったよ
そのことを説明したけど3人とも信じてくれなかった。いや、信じようとしなかっただけかもしれない。そんなことがあってから在宅ワークをするのがこわくてさ、もう耐えられないんだよ
私は色白のサラリーマンの話を聞いて少しこわくなった。私も最近在宅ワークが増えてきたところだったから、ビビってしまった。
私は2人の話を聞くのをやめ、適当の飲み食いして早めに帰ることにした。
「なんですかその話……」
翌日私は部下の山下に居酒屋で聞いた話をした。
「なんで2人ともテレワークの日にそんな話するんですか?」
山下は少し不機嫌そうに言った。
朝から2人でWEB会議を1時間ほどする予定だったが早めに用件が終わったので、どうしても昨日の話を聞いて欲しくなってしまったのだ。
「いや、誰かに話したくてさ。つい話してしまった。悪いな」
「いや、別にいいんですけど……」
ザッザッ
急に雑音が入った。さっきまで音が途切れることはなかったのに。
ザザ
山下の画面が少し固まりがちになった。
「あ、なんかすみません電波状況悪くなったみたいです」
山下が申し訳なさそうに言った。
ザッ
「どうかしましたか?」
不思議そうに山下に聞かれた。
私は顔に出してしまっていたらしい。
山下の後ろに一瞬、真っ黒な何かが映り込み消えるのを見た。それは人の形をしていた。
ザザッザッ
「いやなんにもない。ごめんな無駄な話をしてしまって。終わろうか」
私はWEB会議を切ろうとした。
「そうですね。お疲れ様です。あ、そうそう、会議を終わる前に一つ聞きたかったんですが。今家にどなたかいらしゃるんですか?いつも静かなのに話し声が聞こえたので珍しいなと思いまして」
山下は思い出したかのように言った。
今、我が家には私しかいない。もちろん話し声なんて聞こえない。