第七話 捕らわれの女神
ゲムマ族は皆、固有の特殊能力をその緑色の瞳に宿している。たとえば、ラルバの並外れた怪力。その能力で彼は木を抜いて振り回したのだ。しかし、魔力任せなので、実は本人の腕力は平均以下だ。
ここは教会の、イデアの部屋の中。なんでも、ここだけはさすがのフォルテも入っては来れないそうだ。
やっと安心できる場所にたどり着いて気が抜けてしまったのだろう、ステラはノックスを抱きしめたまま眠ってしまった。
そして、ラルバの目の前で、さっきからイデアとノックスは何やら見つめ合っている。
「ふうん、なるほどね」
不思議と言葉は通じているらしい。しばらくして、イデアは大きくうなずいてこちらに向き直った。
「ラルバ君って面白い力を持っているのね」
「はえ?」
「木を振り回して、フォルテの攻撃を防いだなんて。入口のドアノブ壊したのも貴方でしょ?」
「……ごめんなさい。ちょっとオニキスさんが倒れちゃって、焦ってたんです。そしたらこのネコが来て、こっち来いって……」
「そうだったのね。私の妹────もう知ってるわよね。イリスが貴方に会いたがっていたから、会わせてあげようとしていたのね。ごめんね、こんなことに巻き込んでしまって……オニキス君は大丈夫かしら?」
「大丈夫だと思うんだけど、ちょっと心配っす」
「そうよね。ちょっと話があるのだけど、ラルバ君のお家に行ってもいい? 立てる?」
「全然大丈……うっ」
立ち上がろうとしたが、何故か身体に力が入らない。よろめいた所を彼女に支えられる。
イデアはそのままラルバに向き直ってじっと瞳を見つめた。
「……?」
「瞳が色褪せてる。慣れない戦闘で一気に力を消耗したのね……いいわ、ここで話すわね。ひとつ聞くけど貴方はこの村が嫌い?」
「へ……? でもあんま好きじゃねえかな? ジジイとババアしかいねーし、他はなんもねーし」
「そう……ならちょうどよかったわ。無理を承知でお願いするんだけど、貴方に、イリスを連れて村から逃げてほしいの」
────は?
ラルバは目を丸くする。
女神の生まれ変わりと呼ばれる少女を誘拐する事がどれほど罪深い事か、さすがのラルバも多少なりともわかっている。
「理由は……言わなくてもわかってるわね?」
「フォルテの事?」
イデアは頷いた。
彼は砂と岩を操る冷酷な魔法使いだ。常人とはかけ離れた体力と非常に強い魔力を持ち、少なくともこの村で彼に勝てる者は誰もいない。こうでもしなければ、誰も軟禁状態のイリスを救う事はできないのだという。
「イリスはいつか貴方が助けてくれるのを期待しているみたい。昔、悪戯を仕掛ける貴方を偶然見かけて……自由な貴方に憧れたんですって」
「……」
それでもラルバが返事を躊躇していた。
上手くいくのか、だとか誘拐した後の事を心配していたのではない。ただただフォルテとまた対面してしまうことが恐ろしかったのだ。
「お願い! 私も戦いは苦手だけど出来ることは手助けする。誘拐に成功したら、私があとはなんとかするから……」
しばらく考えた後、彼が口を開いた。
「誘拐に成功したら……オレは家に帰れますか?」
「……わからない。けれど、貴方がそれを望むなら努力するわ」
「だったら、オニキスさんに相談してもいいですか?」
「ええ、もちろん」
ふとその時、ドタバタと外から物音がした。それから怒っているような声。イリスだとすぐにわかった。
強引に部屋に連れ戻そうとするフォルテに抵抗しているようだった。
彼に匹敵する強さがあれば、今すぐここで彼女を解放するのに。
ただイデアとラルバはそんなもどかしさを感じながら、二人が部屋へ消えていくまで息を潜めることしかできなかった。
彼らが上の階へ去った後、そっと二人は外へ出た。ラルバの腕の中ではステラがまだすやすやと眠っている。
家へ戻る間、イデアはフォルテについて教えてくれた。
フォルテはイリスが物心つく前に、外部から"ある日突然現れた"人間だという。
彼はある日森で倒れているところを村人に発見された。外傷はなく、すぐに立ち上がるとフォルテは言葉少なに自らの名前と、神からイリスの護衛となるという使命を与えられたということを村人達に伝えたという。
「けどよ……なんであのジジババ共はそんな怪しい奴をイリスに近づけたんだ!? 意味わかんねーだろ!!」
憤慨して声を荒げるラルバ。しかし、その声でステラが目を開けてしまった。
「なぁに、どうしたのラルバ……?」
「あっ……すまん、大丈夫か?」
「うん、ステラはもう大丈夫だよ、だっこしてくれてありがとう」
まだ眠そうな目をこすりつつも、ステラはラルバから降りて一緒に歩き出す。
深刻そうな面持ちの二人を彼女は不思議そうに見上げていた。
「フォルテの話に戻るけど……ほとんどが反対していたわ。でも当時の最長老は、フォルテの言っていることは本当だろうと説得すると皆大人しくなったの。あの時は最長老が一番権力が強かったから────それでこんなことになってしまったのだけど、当時の最長老ももうお亡くなりになってしまったし、真意は謎のままよ……」
「イリス達の親は? 反対しなかったんすか?」
「あら知らなかった? イリスの両親はフォルテが現れる少し前に亡くなってるわよ。だからこそ他に頼れる人もいなくって……ごめんなさいね。厄介事に巻き込んでしまって」
「いえ……」
あまり触れてはいけないところに触れてしまったかもしれない。でも、だからオレが頼りにされてるのか……?
なんだか複雑な気持ちだ。
しかし、これからやろうとしていることはあまりに危険なことだった。
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