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イリスの灰色の世界~白の女神と黒の魔女~  作者: 右京 直
第一章 小さな森の世界
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第五話 ステラといっしょ

 ラルバが怪我が治るまでの数日間、彼にとっては天国だった。

 魔法の呪文「頭が痛い」と一言唱えれば、オルミカは働けだの起きろだの言ってこなかったからだ。好きなだけ惰眠を貪ることができたし、イデアが心配していたような怪我の悪化もなかった。


 そして、とうとう完全に傷が塞がってしまった。喜ぶべきか、悲しむべきか複雑なところだ。

 イデアの家に行けると期待する反面、また今日からオルミカに叩き起こされなければならないのか────とベッドの中で憂いていた朝。激しく咳き込む声で目を覚ました。


「オニキスさん……!?」


 飛び起きて様子を見ると、うつろな目のオニキスがちらりとこちらを見た。息は荒く、熱もあるのか顔は火照っていた。


「ハァ……風邪……ひいた、かも……ゲホッゴホッ」


 オニキスの場合、ただの風邪でも重症化しやすく命に関わると昔聞いたことがある。だが、この村に来てからはここまで悪化することがなかったから、ラルバはどうしていいかわからない。


「と、とりあえず母さん呼んでくる!」

「夕べから、出かけてるだろ……」


 そうだった。都へはるばる買い出しに行くとかなんとかで、数日間家を空けてるんだった!


「オ……オレはどうしたらいい!?」

「ゴホッゴホッ……ひとまず落ち着け……ククッ」

「なんで笑ってんの!?」

「風邪ごときで、ゲホ、パニックになってる……ラルバが面白いから」

「ちょっ……こっちは心配してんすよ!?」


 こんな状態になっても、時々飛び出す毒舌は健在らしい。だが、その声は絞り出すようでとても弱々しかった。

 一瞬面食らうラルバだったが、やはりどうしていいかわからない。目の前で親しい人が明らかに苦しんでいて、どうしていいかすらわからないのに冷静でいられる人間がどこにいるだろう?


「他の奴らと違ってちょっと長引くだけだからさ……ラルバが風邪ひいて寝込んだときと同じことをすればいいよ……」

「えっ……えっと、じゃあとりあえず熱があるから水とハンカチだな! あと、イデアさんから急いで風邪薬もらってくる!」

「水とハンカチはいいけど……薬の前にごはん……」

「あっそうだった!」


 荒い息遣いながらもわずかに口を歪めてくつくつ笑ってる。


 オニキスの奴、ひょっとしてオレをいじめて楽しんでないか!?


 完治したら一回ぶん殴ってやろうと思いながら、無人の台所へ走る。

 慣れない手つきで、パンと木苺のジャムに飲み水、濡れハンカチを準備した────こんなことすら普段は母親任せだから、時間はかかったが。


 ちぎったパンを水でふやかしながら、オニキスは目を伏せて独り言のように呟く。


「せっかく、傷が治ったら、女神の生まれ変わりについて聞きに行こうって約束したのに……」

「そんなの全然気にしてないっすよ」


 ジャムで一面真っ赤になったパンを頬張りながらラルバは答えた。


「じゃあ……薬貰いに行くついでに、そのことも聞いて、帰ったら僕に教えて?」

「え、でもよく考えてみれば、風邪薬くらいなら家にも少しあるし、もしオニキスさんが一人のとき急に具合悪くなったらやばいんじゃ……」

「……僕は大丈夫だから。ゲホ、ゲホ……」

「いや、良くないっす! なんだったら、その辺のジジババ捕まえてきますか? 頭下げるの少しムカつくけど……」

「勘違いするな」


 突然真顔で、あまりにもはっきりした語調でいうので、ラルバは目を丸くした。


「ハア、ハア……俺の身体のことは俺が一番よく知っている。お前は黙って俺の言うことを聞いてりゃいいんだよ」

「……あ、はい……」


 あっけにとられたまま返事をするラルバにオニキスは「……なんてね」と咳込みながら笑った。


「脅かしてごめんね。人に心配されるの、本当は苦手でさ……こんな時は一人でいたいんだ。だから、行っておいでよ、僕は寝てるから……」


 ラルバの返事すら待たず、彼は自分で濡れハンカチを頭に乗せて目を閉じた。

 仕方ないので備蓄していた風邪薬をベッドの傍らに置くと、新しい薬と水の調達のために家を出た。





 オニキスはあんな体質だから、常に色んな人に心配されて心底うんざりしていたのだろう。

 少ししゅんとしたラルバは、水がめを手にとぼとぼ歩いていた。

 珍しく家事らしい家事をしているせいか、村人がひそひそと小声で話しながら好奇の目で見てくるが、何も言い返す気にはなれなかった。


「らーるば!」


 突然足元から聞こえる可愛らしい声。振り返ると、エメラルドグリーンのリボンで結ばれた金髪のツインテールが目に留まる。

 ステラ・カエルム。まだ五歳だが、気立ても良くしかも誰にでも優しく笑顔で接してくれる可愛らしい少女だった。


「おしごと、ごくろうさまだね! いい子いい子!」


 ステラが懸命にラルバの頭をなでなでしようと手を伸ばすが、彼女にはラルバの身長はあまりに高すぎる。仕方ないのでしゃがんでやると、満足げな顔でわしゃわしゃなでてくれた。

 彼女が赤ん坊の頃から時々面倒を見ていたからか、当時ラルバがやっていたことを真似しているのだ。可愛い奴、と自然とラルバの頬も緩む。


「ねね、ラルバ、もうおケガは大丈夫なの?」

「ああ、もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとな」


 基本口が悪いラルバも、彼女にだけは口調が柔らかくなる。


「でも、今オニキスさんが風邪ひいて寝込んでて……おふくろもいないしどうしようかと思っててさ」

「それでラルバががんばってるんだね!」


 頑張ってる、だとかいい子だと褒めてくれるのはステラとイデアだけだ。だからか、少し恥ずかしくなったラルバは思わず照れ笑いを浮かべる。


「じゃあ、ステラも手伝う!」

「えっ? お前はお母さんの手伝いはいいのか?」

「うん、さっき終わったからいいの」


 これはまずい。なぜならラルバはあわよくば、女神の生まれ変わりに会いに行こうとしていたのだから。可愛いけれど、引き離さなければならない。


「えっと……じゃあ、オニキスさんの様子を見てきてくれないかな? 本人は一人にしてくれって言ってたんだけど少し心配なんだ」

「でもオニキスはステラがおみまいに行ってもうれしくないと思うの……」


 そう言って彼女は悲しそうにうつむいた。

 きっと、ステラには人の気持ちを知る力がある。一見穏やかなオニキスに潜む負けず嫌いな心もお見通しなのだ。


「でも、やっぱりラルバはオニキスが心配だよね。あのね、ステラにいい考えがあるの」

「?」


 ラルバが首を傾げていると、ステラが歌いだす。ハミングをするように、軽やかに。

 しばらくすると、彼女に呼応したかのようにどこからか小鳥が飛んできた。小鳥は小さなステラの指先に止まると、チチチと鳴きだす。


「あのね、あそこのお家で男の人が病気で寝ているから、苦しんでないかお窓からこっそり見ていてほしいの。もし、苦しんでいたら近くの大人の人へ教えてあげてほしいんだ、できる?」


 果たして会話が成立しているのかどうか、ラルバにはわからない。だが、ステラが語りかけた後に鳥は一声鳴いたかと思うと、ラルバの家へ向かって飛んでいった。


「……すげぇ。動物とお話ができるの?」

「うーんとね、なんて言ってるかはわからないけどね、なんとなく気持ちはわかるの! ステラがいつも鳥の巣のヒナが落ちないか見守ってたり、時々鳥さんにごはんあげたりしてたら、鳥さんもステラのお手伝いしてくれるようになった!」


 満面の笑みで答えるステラ。ラルバが同じことをしようものならもれなく親鳥に追いかけ回されていたところである。


「これでステラもラルバのお手伝いできるよ!」


 どこまでも優しいステラに、ラルバは一人で行く言い訳を失ったのだった。

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