第三話 帽子屋の娘
店内は小さいながらも、沢山の帽子が所狭しと並べられている。
カウンターの奥にいる少女が扉に着けられたベルの音に気づいて、気だるげな顔をあげた。
「はぁい、いらっしゃー……って、あら! 誰かと思ったらさっきの旅人のお兄さんじゃない!」
「……ん? ああ、お前さっき宿を教えてくれた子か!」
「さっきは助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ~、雨降ってて全然お客来ないし暇だったから、来てくれて嬉しいわ」
パンプスの足音と共に、長い赤髪のツインテールを指に巻きつけながら彼女はラルバ達の前に歩み寄ってくる。
身長は意外と高く、足が長────ていうか、スカート短っ!
長い靴下と膝上のスカートの間から覗く肌に、つい視線を奪われる。
村では見たこともない小洒落た服と帽子が彼女を一層引き立て、イリスやイデアとはまた違った魅力を持つ少女だった。
「フフッ、どこを見てるの?」
少女はキスができそうなくらいにラルバに近づき、不敵に微笑む。
自信に満ち、猫のようなあざとさと艶っぽさを兼ね備えた瞳に、ラルバは目を合わせることができなかった。
「いや、別に何も見てねーし……それより、ちょっとコイツに合う大きめの帽子を探しに来たんだけど」
ラルバはちらっと、腕に抱えたマントの中に潜むファドの後ろ姿を見せる。
「え……あなた達の子供?」
「えっ」
引いたような顔になる少女、想定外の言葉に目が点になるラルバとイリス。
「違う違う違う! えーと、わけあって一緒に旅してんだけど、恥ずかしがり屋だからすぐ隠れちゃうんだよ。だから顔が隠れるくらい大きな帽子を」
「ふぅん……」
想像以上に彼女はファドの後ろ姿を見つめてくる。触覚はファドが手で覆い隠しているはずだが、随分長いこと凝視しているものだから抱える手に思わず汗が滲んだ。
「あー、肌まで真っ白ね。アルビノってやつかな?」
「あ……あーそうなんだ?」
「そうなんだって何よ? まあいいけど、そしたらどんな帽子がいいかなぁ~……」
手慣れた調子で少女は無数の帽子が飾られた棚を物色しはじめる。
「でもその子の服は黒一色なのね。で、ちょっとよく見えないけど、フォーマルな感じ?」
「ふぉー……? うん、多分」
この子、よくわからない言葉をやたら使ってくる。流石都会だ。
「……。おすすめを探してくるからちょっと待っててねぇ~」
一瞬の呆れ顔から一転、少女は笑みを作りカウンターの奥へ消えていく。
「なんか良い帽子が見つかるといいけどな……ってイリス?」
「……」
イリスはくりくりとした瞳に睨みをきかせ、ラルバをじっと見つめていた。
「……イリス? どうした?」
「ラルバさん、あの子の足見てたでしょう?」
「! だ、だってしょうがなくね!? あの子めっちゃスカート短いんだもん! 太もも見えてたぞ?!」
「でも、たしかに短かったですね。町ではああいうのが流行ってるんでしょうか?」
そんな事を話していたら少女が真っ黒な中折帽を手に戻ってきた。
「おまたせぇ〜、こんなのどうかな? ホント言うとこれ紳士用なんだけど顔隠したいならぴったりかも!」
イリスが帽子を受け取り、ファドに被せてみる。
(前が見えない)
ファドが呟いた通り、彼の小さな頭も触覚も帽子の中にすっぽり収まってしまった。まるで胴体から帽子が生えているかのようなヘンテコな姿だが、正体はバレてはいなさそうである。
「問題なさそうだな?」
「うん、まあちょっと独特な感じになっちゃったけど、顔を隠したいならいいと思うよ。これにする? 帽子職人のお父さんが素材までこだわって手作りした良い帽子だから、ちょっと値が張るんだけど」
ラルバは頷き、片手で袋をまさぐって金貨を取り出そうとするが、何かが邪魔して取れない。
「なんだこれ」
取り出してみると、出てきたのは金色の立派な懐中時計。しかし、年季が入っているのか輝きは褪せ、針に至っては壊れて逆回転をしている始末。
「……いらねーからお前にやるよ」
(?)
ちょうど鎖がネックレスのようになっていたのでそのままファドにかけてやると、今度こそ金貨を出して少女に渡した。
どんなに買い物しても、金貨を出しておけば大体どうにかなる。
「これで足りるか?」
「金貨?! あなた見かけによらずお金持ってんのね────じゃ、じゃあこれおつりね」
そう言って彼女は片手に積まれた銀貨をラルバに握らせた。
さて、自由に歩き回れるようになったファドはさっそく降りて店を飛び出し、イリスもその後を追う。ラルバも店を出ようとしたその時、「ねぇ、ちょっとお兄さん」と少女にマントの裾を引っ張られた。
「この町は初めてでしょ? よかったら一緒に町を散歩しない? できれば、二人きりで」
気が強そうな顔立ちをしているのに、上目遣いにいじらしい表情をされて心が揺さぶられる。
それは……オレを誘ってるのか?
返事に迷っていると、二人が戻ってきてしまった。
「ラルバさん、何をしてるんですか~?」
イリスに聞こえないよう、声を潜めて彼女は続ける。
「あたしはミカエラ。あなたは……ラルバっていうの?」
「……ああ」
「そう、いい名前じゃない。ね、よかったらあとで来てね? ここで待ってるから」
刹那、柔らかいものを左腕に押し当てられ、どきりと心臓が跳ね上がった。
ミカエラがラルバの腕に抱きついたのである。それと同時にイリスが真顔で目を剥いたのが、彼にもわかった。
◆
「……ラルバさん? あの子とどんなお話をしてたんです?」
店を出た後、頬を膨らませて低い声で囁く。何かよくわからないが、イリスが怒ってるのは明白だった。
「んー? なんでもねーよ。金が合ってるとか合ってないとかで話してただけ」
今、馬鹿正直に話したらイリスが更に怒るような気がして、涼しい顔で白々しく嘘をついた、が。
「そんな話で抱きつくわけがないじゃないですか。どうせ、何かに誘われたんでしょう?」
「……!」
「図星ですね? もう、ラルバさんったら!」
「ねえ、さっきからなんでそんな怒ってんの……?」
「怒ってませんよーだ」
と言う割にはイリスはラルバを置き去りに、ずんずん彼女らしからぬ歩き方で宿の方へ戻ってしまう。
「……えぇー……?」
オレ何もやってないのになんでオレが怒られるの……。
彼に女心がわかるはずもなく、ただ雨の中に一人取り残され、理不尽を感じるしかないラルバなのであった。




