第九話 闇の魔法使い、光の魔法使い
地下室もあるくらいだから、そこそこ大きな屋敷なのだろう。
階段を上ったその先は、数ヶ所の扉と更に二階へ続く階段がある。牢獄だった地下室とは違い、床には緋色のカーペットが敷かれ、高価そうな調度品が部屋の随所に並べられている────もっとも、ラルバには価値がちっともわからないが。
「意外と贅沢な家に住んでるんだな……イデアさんはどこだろう?」
「さあな。全部ぶっ壊せばいいんだよ」
「えっ、それって器物損壊罪……」
ぽかーんとするルークを差し置いて、得意の馬鹿力で片っ端から扉を破壊していくラルバ。一階の四つ全ての扉を張り倒したところで、倉庫のような部屋を見つけた。
「おい、来てみろよルーク。盗られたものが全部ある! オレのマントも」
「本当に!? やった、これで僕も親分と戦える!」
鎧と剣を取り戻し、安堵のため息をつくルーク。ラルバもマントを取り戻して頬を緩ませた。
「そのマントを今装備しても、邪魔だと思うんだけど。一回置いていけば?」
「それじゃ駄目なんだよ! お守りってわけじゃないけど、なんつーか……」
黒いマントを見て思い出すのは、憧れていた兄貴の背中。彼が身に着けていた黒いマント(当時のマントは親のドレスを切って作ったものだったが)を装備することで、在りし日の兄貴の姿に近づくことができるのではないかと、ラルバは本気で思っていた。
「……まあいいか。それより、天井から何か聞こえないか?」
上の部屋からだろうか、僅かに高らかな男の笑い声が聞こえる。
「……ほんとだ!」
「多分、真上の階が親分の部屋────ってあれ? ラルバ!」
ラルバが走り出していていたところを、マントの裾を掴まれて力強く引っ張られた。
「ぐえっ」
「焦るな。そうやって感情だけで突っ込んでたらすぐ死ぬぞ!!」
「わ……わかったから……首、締めないで……」
「ん? ああごめん」
「ゲホッ……オ、オレはお前に殺されると思ったよ……」
「殺されたくないなら勝手な行動はとるな。慎重に行くよ────なんだか、妙な感じがするんだ。罠があるかもしれない」
「は、はぁ……」
ルークが何を言っているのか理解ができなかったが、彼がまだマントの裾をしっかり握っているので逆らうことができなかった。
扉の前で剣をを構えるルーク。
「やっぱりおかしい。静かすぎる……まるで僕達が来るのを待っているみたいだ……ラルバ、準備はいいか?」
言われるがままに腰を落として短剣を構えると、ラルバも頷いた。
「よし、行くぞ。一、二の……三っ!!」
同時に扉を蹴り飛ばし、部屋へ潜入した。
「動くな!!」
刹那、部屋から漂うオーラに二人はたじろいだ。それは目には見えず正体もわからないが、身体が強い拒否反応を示している。
薄暗い部屋の奥で、親分らしき太った男がゆっくりこちらを振り向いた。右手にはサーベル、身なりの良い服装で一見愛想良く笑っているが、赤く光を放つ目は全く笑っていない。
そして、その後ろには────鎖に繋がれぐったりした様子のイデア。
「よォ、ガキの癖によくここまで来たなぁ~下っ端共は弱かったかぁ~?」
「僕はガキじゃない! 後ろの女性を放さなければ、僕達はお前を倒す!!」
「あんな良い女を逃がす訳ないだろォ~? 売るにも犯すにも最高の奴隷だ」
「なっ……!」
ラルバは思わず目を見開く。湧き上がったのは、これまでにないほどの強い嫌悪。
なんでステラ達が死んで、こんな奴がのうのうと生きてるんだ? こんなの絶対間違ってる!
そのとき、イデアの閉ざされた目が開かれ、こちらを見て叫んだ。
「二人共……ッ!! 来ちゃだめ……!」
「うるせえぞ、このアマ!!」
親分がイデアの方を向いた瞬間に、ラルバは我慢ならず声をあげて飛びかかった。
次の瞬間、親分の瞳が一際赤く輝いたかと思うと、黒い波動が手から放たれてラルバを貫く。
「!」
身体が、動かない……
痛みはないが、急に全身が鉛のように重くなってその場に倒れ込む。慌てて立ち上がろうとするも、親分にあっさり手首を掴み上げられてしまった。
やばい、と思った。
サーベルがラルバに向かって振り上げられる。
「ラルバ!!」
そのときルークから背後から斬りかかり、振り返った親分のサーベルと交わって火花を放つ。そして再び放たれた黒い波動。
「あ……う……」
直撃したルークはよろめき、剣は弾かれて転がり落ちる。サーベルの刃先は辛うじて避けたものの、二人は親分の前に立ち上がることができなくなってしまった。
「なんだ、もうおしまいかァ?」
「く……だが、僕達をここで殺せば、大きな損失になるぞ……いいのか? 隣のコイツなんて馬鹿力が使えるから……奴隷に丁度いいと思うけど」
「えっ」
親分は高らかに笑う。
「アイツらにはまだ言ってねえが、この商売はそろそろ終わりにするのさァ。何しろ、この女か女神の生まれ変わりとかいうガキを捕まえれば一生使えきれない程の金をやるって奴がいてよォ。だが、そいつに引き渡す前に……」
じりじりとイデアに近寄っていく親分。
「お、おい……何する気だよ……」
「決まってるだろォ? お前らのような調子に乗った下等民族には一度屈辱を味あわせてやらないとなぁ……」
「や……やめろって……!!」
今にも血と欲望に汚れた親分の手が、イデアの身体に触れようとした、その刹那。
「う……うああああああああ!!」
起き上がろうともがいていたラルバが、背後から突進を仕掛けた。
「ぬおっ!?」
一緒になって倒れながらも、イデアの元へ這い寄り、ルークは親分に馬乗りになって取り押さえる。
「ラルバ……!! コイツは僕がどうにかするから、早くイデアさんを助けるんだ!」
「わかってる!」
イデアはラルバの姿を見ると、うっすらと微笑む。
「イデアさん……! 大丈夫? 怪我は……?」
「ええ……大丈夫」
「よかった! じゃ、早く逃げましょう!」
「馬鹿が! その女の手枷の鍵は俺が持ってるんだぜェ!」
「……鍵なら、これのことだろ?」
「!? いつの間にそれを……」
「今盗んだ」
突進した時、親分が腰に鍵の束を着けているのをラルバは見逃さなかった。倒れ込んだ瞬間を見計らい、音もなく掠め取ったのだった。
「ふん、小癪な!!」
多少手間取りながらも、なんとか手枷を外したラルバ。
しかし、二人共逃げるほどの力は残されていない。あっという間にルークを振りほどいた親分は、ラルバとイデアをいよいよ追い詰めるが────ふいに、イデアが親分の前に腕を広げて立ちふさがる。
「イデアさん……?」
「助けに来てくれてありがとう、嬉しかったわ……ここは、私に任せて」
彼女の身体が光りだしたかと思うと、部屋中を温かい光で満たした。
「黒の魔女の力を貴方から感じる……私にはお見通しなんだから……」
「黒の……魔女?」
ルークが問いかける。
「ええ。イリスと彼女の力を我が物にしようと企む悪い魔法使いよ……彼女の力は未知数なのだけれど、どうやらゲムマ族の魔力を弱めることもできるみたいね……」
「……」
ゲムマ族の生命の源は、その緑色の魔力にある。この力が魔女の魔法を浴びたことにより弱体化し、二人は動けなくなってしまったのだという。
黒の魔女───────イデアの言葉をラルバは複雑な気持ちで聞いていた。
いつか、夢の中でヒツジ女が彼に囁いた名前。彼にとっての、最後の希望。だが、それは甘い誘惑だったとでもいうのだろうか。
「貴方、黒の魔女と私とイリスを捕まえることを条件に魔力を分けてもらったのね……? 哀れな人、魔女の魔力を取り込んでしまったら、彼女の傀儡と化してしまうのに……」
「フン! だったらどうする?」
「私の魔法は他者を傷つけることはできない……でも、魔女の魔力を打ち消すことはできる!」
ふと、ラルバは身体が軽くなっていることに気づいた。
「二人共、あの男の魔法は解けているわ。今のうちに」
「ぶっ飛ばしてやる!!」
ラルバは、彼の顔面にフックを決め、胸倉を掴み上げると怒りに任せて放り投げる。
親分が吹き飛び、壁もろとも壊れそうな轟音と共にぶち当たったその瞬間、屋敷は揺れて窓は割れ、強風が吹き乱れて屋根も家具も蒼穹へ舞い上がった。
「えぇっ!? お前やりすぎだよ!! 屋根が無くなっちゃった……」
「いや流石にオレなわけねえだろ!?」
「それなら竜巻か!? とりあえず地下へ!」
しかし、階段から大量の賊達がやって来て退路が塞がれてしまう。
「ボス!! 大変です、緑目共に逃げられました!!」
「って、おい!! お前らボスに何してんだ!」
「まずい……」
力を使い果たして再びぐったりしているイデアの肩を抱き、ラルバとルークは逃げ道を探すが、空からも試練が降りかかる。
荒ぶり渦巻く風の中、けたたましく響きわたる狂った笑い声。
「クケケケッ、イヒャヒャヒャヒャヒャ……!! 見ぃつけた!!」
ジルエットである。
次の瞬間、風に乗って無数の羽根の矢が飛び交い、下っ端を射貫いた。更に別の賊の首を切り裂き、辺りに血しぶきが散る。
「え……」
絶句している場合ではなかった。阿鼻叫喚と化した部屋はみるみるうちに朱に染まっていく。
「ラルバ、伏せろ!」
ルークに背中を押され、ラルバとイデアは半ば強引に床に突っ伏すが────振り向くとルークの胸にも羽根の矢が突き刺さっていた。




