第八話 隻眼に光を灯して
「う……うぅ……」
側頭部の痛みに呻きながら、ラルバは目を覚ました。
「!」
気づけば武器も蜂蜜も、マントまでが奪われてしまっていた。口には猿ぐつわ、両手首と両足は縄で縛られ、冷たい床に情けなく転がされている。部屋にはむせ返りそうな悪臭が立ち込め、猿ぐつわも相まって非常に呼吸が辛い。
明かりといえばドアの横にかけられている粗末なランタンくらいで、僅かに衣擦れの音や呼吸音はするのに誰がいるのかわからない。胸がざわめくのを感じたラルバは、すぐにランタンから目を離した。
────なんでオレはこんなことに?
床にこびりついた乾いた血痕をぼんやり見つめていると、突如大きな音と共に扉が開け放たれた。
現れたのは、見覚えのある人相の悪い男。彼が扉を開けたことで、この部屋の全貌が明らかになる。
老若男女、およそ十人くらいだろうか……皆ラルバと同じような状態で倒れていた。生気は感じられず、一見死んでいるのではないかと見まごうほどだ。
ふと、その中に、見覚えのある姿を見つけた。
ルーク……!
顔にはいくつものあざができ、一人もがいている。
その瞬間、全てを思い出した。
オレ達は緑目狩りにやられたんだ、と。だが、あの場にいたはずのイデアは見当たらない。
緑目狩りの男はいかにも気だるそうに、部屋にいた一人の男を乱暴に引っ張り上げると、そのままずるずると引きずっていく。出ていく間際、近くにいたルークの腹を蹴り上げた。
「がっ……」
「!」
小さく悲鳴をあげると、ルークは動かなくなった。
扉が再び閉ざされるまで、その光景をラルバは震えながら見つめていた。
こんなとこにはいられない、とすぐにラルバは手首の縄を外しにかかる。幸い、緑目狩りに縛られた縄はかつて母親にやられたときより緩かった。
かつて兄貴と共に宿のシーツを引き裂き、店の商品をかっさらったお仕置きとしてしょっちゅう木に縛り付けられていたラルバだったが、何度もやられているうちに彼は縄抜けを習得してしまったのだ。
さて、手首の縄が解ければあとは簡単。足首の縄をほどき、猿ぐつわとして詰め込まれていた布切れを吐き出す。
「ルーク!」
急いでルークの元へ駆け寄ると、彼は顔をしかめながらもゆっくり目を開いた。
「うぅ……」
「おい、昔縄抜け教えてやっただろ。忘れたのか?」
「……!」
もごもごと不満げに何か言っている。猿ぐつわを外してやると、先程まで気絶していたとは思えないほど饒舌に喋りだした。
「げほっ……は、反撃のチャンスを伺ってたんだよ! 決して忘れてたとか、そんなんじゃないんだからな」
「へいへい」
「なんか腹立つな────でも、無事でよかった」
え? と一瞬ルークの顔を見た。ルークはラルバにだけは毒舌だから、気遣いの言葉をかけられたことなどないのに────
「なんか気持ち悪……」
「な、なんだよ。せっかく心配してんのにさ」
悪態をつきながらも、ルークも自由にしてあげた。
ふと、二人は他のゲムマ族がこちらを見ていることに気づいた。心なしか目が先程より輝いている……
「……ああん? 別にオレはお前らを助けに来たわけじゃねーんだぞ」
身内以外には斜に構えた態度をとるラルバ。ガンを飛ばすも、ルークは彼を無視して早速近くの人から順に縄を外していく。
「けっ、一人でやってろ。オレは忙しいんだ」
「……」
ラルバはぷいっと背を向けるが、やはり背中から感じる熱い視線の数々。
「……だーっ! わかったよ、助けてやるからそんなに見んじゃねー!」
渋々ラルバも救出にあたり、暗い部屋は希望の光で満たされていく。
「た……助かりました、あなたは命の恩人です……ありがとうございます……」
話しかけてきたある青年の顔を見たとき、ラルバはぎょっとした。
度々暴力を受けていたのか顔はただれ、右目は欠落してしまっている。
「お前、片目どうした」
「ま……前に、奴らに取られてしまいました……」
「うわぁ、それは……うん……大変だったな」
奴隷として使われる場合でも必ず片目は奪われるようで、新参者のラルバとルークを除いてここにいる者は皆隻眼になっていた。
流石のラルバも不憫だとは思ったが、それ以上どんな言葉をかけたら良いかさえわからなかった。
そして、二人が全員の拘束を解いたときだった。
「ああん!? なんか騒がしいなあ」
急に扉が開け放たれ、賊が姿を現す。そして、今まさに外へ出ようとしていたラルバと目が合って────
「おっと!」
反射でラルバが顔面を殴って気絶させた。
「そうだ。ルーク、イデアさん見なかったか?」
「親分って呼ばれている奴が部屋に連れていくって言ってたような気がする……」
「はぁっ!? まさか……!!」
あらぬ想像にみるみるうちに顔が真っ赤になっていく。
「……ぶっ飛ばす!!!」
部屋の外に出ると、人一人分が通れるくらいの細い階段がある。どうやらここは地下室だったらしい。
勢いのまま階段を上ると────向かいから何人もの賊が駆け下りてきた。
「いたぞ!! 奴隷が逃げ出したぞ!」
「捕まえろ~!!」
「ひぇっ」
ワーワーと騒ぎながら凄まじい勢いで迫り来るむさくるしい賊達に、ラルバも思わず回れ右。
何事かと眉をひそめていたルークも「うわぁ」と声を漏らす。
「なんで戻ってくるんだよ! お前あの馬鹿力でどうにかできないの?!」
「馬鹿って言うな! あんな勢いじゃ無理だから!! お前こそ魔法かなんかねえの!?」
「こんな所で火使ったら危ないだろ馬鹿!」
不毛な言い合いをしている間に部屋まで追い詰められてしまった。
二人顔を見合わせていると、背後のただれ顔の青年がおずおずと襲来する賊の前に立ちはだかる。
「う……上にまだ捕まっている方がいらっしゃるんですよね?」
他のゲムマ族も青年に続く。
「私達にできることなら手伝いましょう。貴方の御恩に報いたいのです」
「……」
ゲムマ族は争いを避け、自然と命を愛する温和な民族だといわれている。その理由は、彼らが信仰する女神ハルモニアが万物の命を愛しているためだ。故に、ゲムマ族が悪意をもって命を奪った時、ハルモニアに嫌われてその目の魔力はたちまち効力を失ってしまうという言い伝えがある。
しかし、彼らは決して悪者の命を奪うためではなく、同胞を守るために戦おうとしている。
青年が両手を広げて前へ突き出すと、賊の動きが固まった。
「これが、ぼっ……僕の力っ……です……で、でも、少しの間しかもたないから……急いで」
「ついでに、親分を倒して壊滅させちゃってください!!」
次々二人に降りかかる応援と感謝の言葉。
「皆さん……ありがとうございます。ラルバ! 行こう!」
そして二人は、ゲムマ族と賊達が衝突している間に階段を駆け上がり、親分の元へ向かうのだった。




