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イリスの灰色の世界~白の女神と黒の魔女~  作者: 右京 直
第二章 光と闇は交わらない
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第六話 イデアの秘密

 イリスがどれだけ地平線に目を凝らしても、一向に街は見えない。ところどころひび割れたレンガの道が延々続いているのみだ。

 その地平線も徐々に闇に沈んできて、今や太陽はイリス達の後ろで心細く照っている。

 

 そんな夕闇の中、イデアが両手から小猫と同じくらいの大きさの真っ白な光の玉を作り出した。

 光の玉は彼女の手からひとりでに離れ、周囲の闇を温かな光で満たす。

 初めて見たイデアの魔法に、イリスもルークも目を見張った。


「お姉様、すっごーい……これはなんですか?」

「ちょっとした魔法よ。大したものじゃないわ」

「魔法? 人間が一般的に扱える魔法の種類は、火、水、風、地のどれかって聞いたんですが……」

「ルークさん、それはどういうことですか?」


 イリスがたずねると、ルークは魔法について解説してくれた。


 才能があれば、修行次第で世界を形作る四属性────火、水、風、地の中から一つだけ、操ることができるようになるという。しかし、属性は魔法を使う者の性質によって決まるとされ、自分で選ぶことはできない。


「それで、ルークさんは火の魔法を使えるんですね!」

「ええ。まだまだ修行中なので、一度に何発も火を出すことはできませんが……」


 しかし、この世にはこの四つの属性とは別に、光と闇の魔法が存在するという。闇魔法はこの世の者でない何かと交信ができるそうだが、禁断の魔法故に詳細は謎に包まれている。

 そして、それ以上に秘密のベールに覆われているのは光魔法だ。どのような魔法なのかもわからず、噂にのみ存在する伝説の魔法なのだという。


「イデアさん……まさかあなたは光の魔法使い……?」


 彼女は静かに笑みを湛え、人差し指を口元にあてた。


 イリスは何年も部屋まで引きこもっていたせいか、唯一の肉親であるはずのイデアの事をあまり知らない。

 困っている人を放っておけない性格だとか、薬草にも詳しい才色兼備ということも知っているけれど、どんな能力を持っているかイリスにもわからない。しかも年齢不詳で、イリスが物心ついた頃からその姿は一切変わっていないのだ。過去にイリスが年齢を尋ねたところ、「人は誰しも触れてはいけない秘密を一つや二つ抱えているものなのよ」と、かわされる始末。


「まあ、それはおいといて、今日はもうそろそろ休んだ方がいいんじゃないかしら? 夜になっちゃうわ」

「そうですね。はずれで休みましょうか」


 身体を休められそうな木陰を見つけ、そこで皆でパンを食べた。

 いつもの固くて少し酸っぱいパンだけど、空の下で食べるといつもと少し違う気分になるから不思議だ。

 慣れない旅の疲れもあってか皆しばらく無言だったが、ラルバがパンのかけらを瓶の中身に浸しているのを見つけた。遠い目をして、黄金の液体が滴るパンをゆっくり食んでいる。


「ラルバさん! その瓶はなんですか?」

「……これ? 蜂蜜だけど」

「食料調達の時、一緒にいたのにいつのまに買ってたんですか! いいなあ」

「……しょーがねーな。ちょっとだけやるよ。ほんとに、ちょっとだけだぞ」

「あら、いいんですか? ありがとうございます!」


 それでひとかけらのパンに蜂蜜を垂らしてもらって口に入れる。

 まったりとした濃厚な甘みが束の間の幸せを与えてくれる。イリスも甘い物は元々好きだったが、今日はより一層美味しく感じた。


 食後、すぐにイリス達は眠りについた。フォルテが砂の囲いを作ってくれた上、夜間の見張りを引き受けてくれたので他の者は心置きなく眠ることができた。彼の人間性はどうかしているとイリスは思っているが、その実力は本物だ。

 青々とした草原が優しく身体を受け止めてくれるから、直に横になっても辛くはない。そのまま暗闇に吸い込まれていくように、瞬く間に眠りに落ちていった。





 どれほどの時が過ぎただろうか? 何かの物音でイリスは目を覚ました。


 夜空は砂の壁に阻まれて見えないけれど、満月のような小さな光の玉が数個ふわふわ浮かんでいて決して真っ暗ではない。

 イリスが身を起こすと、眠っているラルバとルークに寄り添う、イデアの姿があった。


「あらイリス。眠れないの?」


 イデアはこちらに気づくと、小首をかしげて微笑みかける。


「ううん、そういうわけではなかったんですけど、物音が聞こえたような気がして……」

「あら、ごめんなさいね。二人が少しうなされていたものだから様子を見ていたの」


 え、と声をあげてイリスは二人を見る。

 ラルバは黒いマントにくるまって丸くなっている。悪い夢を見ているのだろうか、息を荒げて苦悶の表情を浮かべている。一方ルークは右手の傍らに剣を置き、膝を抱えて眠っているが彼もまた心なしか苦しそうだった。


「本当ですね……なんとかしてあげられないでしょうか?」

「そうね、気休めだけれどやってみましょうか」


 イデアの掌が僅かな光を帯び、その手をそっと二人の頭に添えた。


「……それは?」

「今は二人を癒しているの。もし精神的な理由で悪夢を見ているのなら、これで少しは楽になるはずよ」


 次第に、彼らの表情は穏やかになっていく。


「そんな力があったなんて。本当にお姉様はすごいですね……!」

「本当はこんなものじゃないわよ。人の心の闇を見透かすこともできたし、真夜中だって真昼のように照らすことができたわ」

「ということは、今はできないのですか?」

「ええ。段々力が弱まっていて……でも、あの薬草────月華草げっかそうがあれば私は力を取り戻すことができるはずなの」


 月華草の花は病魔をはじめとする、あらゆる魔を祓う霊力を持つという。しかし、ここディアローレン王国の最北の山、リリィ山脈にしか自生しない上に月夜にしか花開かないため、その存在は幻とされているそうだ。


「それを探してイキシアを目指しているわけですね」


 イデアは頷いた。


「あ、そうそう……私が二人に魔法をかけたこと……できれば内緒にしてくれるかしら? あまり自分の力のことを知られたくないの」

「わかりました。今夜のことは、何も言いません」

「フォルテ、貴方も聞いてたのでしょう? 話しちゃ嫌よ?」

「……ああ」


 一人、壁の隅に腰かけていたフォルテは一瞥いちべつもせずに答えた。


「ありがとう、二人共」


 その返事を聞いて、やっとほっとしたようにイデアは言った。


 彼女は秘密主義なのかもしれない。秘密にしておきたい理由も本当は気になってはいたが、それ以上は詮索しないことにした。きっと人は誰しも触れてはいけない秘密を一つや二つ抱えているものだから。ラルバやルーク、そしてこのフォルテにも。

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