第五話 緑目狩り
※この辺りのお話には人身売買や人種差別を含む描写がございますが、人種差別等を助長する目的は一切ございません。
どこまでも続いていそうな晴天を、鳥がまるで自由を謳歌するかのように舞い、青々と茂った草原がさわさわと波を立てる。この草原を通り抜ければ、きっと更なる未知の世界が待っているに違いない。
この風景をピッコロが見ていたら、きっと喜んであちらこちらへ飛び回っていたことだろう。
まだ癒えぬ喪失感と、広がる世界への興奮が入り混じったような奇妙な気持ちだ。
「イリスさん、楽しそうですね」
我に返ると、ルークがイリスに笑いかけていた。
「えっ、そんな楽しそうに見えましたか?」
「すごく目を輝かせてましたよ」
「あ……ごめんなさい。私、この先どんなものがあるのかなって考えたらつい……」
「いいんですよ。人は前を向かなければ、生きていけませんから」
「そういえば、ルークさんはいつもは何をしてるんですか?」
「僕? ブバルディアという街で、勇者になるために騎士団の見習いとして修行してます」
「え……勇者!? 騎士団!? すごい、おとぎ話みたいです!」
まるで子供のように身を乗り出すイリスに、ルークも若干引き気味だ。
「あの、まず勇者というのについて詳しく教えてくださいっ!」
「は、はい。えっと、まずどこから話したらいいのかなあ……」
ルークも、三年ほど前まではラルバと同じようにゲムマの村で暮らしていたのだが、ある日、神と名乗る男の声が聞こえるようになったのだという。
曰く、近い未来にこのディアローレン王国は未曽有の危機に見舞われることになる。そこで、ルークに力を貸すから、その危機を救ってほしい────と。
当時ラルバに話したら一笑に付されたので、腹が立ってそのまま村を出て行ったのだとか。
「そうだったんですか。それにしても『アホかお前』はひどいですねえ」
ルークとイリスがジト目で見ているのに気づき、ラルバはばつが悪そうに言った。
「だって……ガキが急に神がどうのとか言っても信じらんないじゃん。しかもマジで急にいなくなるなんて思わないじゃん……もう一生会えないと思った……」
「あら、本当は寂しかったんですね」
「……別にそこまでじゃないけどさ。今でも神とか信じてんの?」
「うん。僕も最初は半信半疑だったんだけどね、運命で決められていたかのように話が進むものだから今では本当に信じてるよ」
────それが本当に神の声だとしたら、イリスの立場が無くなってしまうのだが……そこには触れないことにした。
「じゃあ、今度はそのブバルディアという街がどういうとこなのか教えてください!」
「えーと、じゃあ次は……うん? 待って、何か聞こえる」
「え?」
足を止めて耳を澄ますと、たしかに風に乗って何者かの声が聞こえてきた。
複数の男の怒号に、若い女性の悲鳴。
ルークの目つきが変わった。イデアもイリスも、緊張に身体を強張らせる。
「誰か襲われてるんだわ! 早く行かなきゃ」
「ええ、行くんすか? オレ達関係ねーのに……」
「困ってる人がいたら助けるのが仁義だろ? ほら行くぞ」
「その仁義を人に押し付けんなよ……」
ラルバはまだ渋っているが、ルークとイデアはさっさと声がした方へ行ってしまう。イリスも行こうとしたが────フォルテに手を引かれた。
「フォルテ、離して!」
「イリス様を危険な目に遭わせるわけにはいきません」
「むぅ~っ、私が誰かに襲われそうになってもあなたが守ってくれるんでしょう? なら問題ないじゃありませんか!」
「……」
「ほら、ラルバさんも行きましょ! はぐれたら危ないです」
「えっ、ああうん……」
イリスはフォルテに掴まれたまま、更にもう片方の手でラルバを引っ張っていく。
のろのろ辿り着いたところに、イデアが緑色の目をした少女の肩を抱きながらこちらへ駆け寄ってきた。
「あ、ちょうどよかったわ。フォルテ、彼女、怪我しているの! 治療するからイリスと一緒に匿って頂戴」
「おれは貴様らの護衛では……」
「……」
フォルテは、イリスから放たれる無言の圧力に折れたらしい。イリス、イデアと少女を砂の壁で覆った。
「……仕方ない」
「うふふ、流石フォルテですね」
一方、ルークは三人の男達を相手に一人で健闘していた。剣すら抜かず、三方向から襲ってきたところを屈んですり抜け、手のひらを突き出す。
「ラルバ、目を瞑ってろ!」
「?」
ラルバが目を閉じたその瞬間ルークの手が赤く光り、小さな火の玉が飛び出した。飛び出た火は男の一人に命中し、上着が燃え上がる。
「うわっ、なんだこのガキ! 魔法使いだ!」
「しょうがねえ。一旦ずらかるぞ!」
「覚えてやがれ!」
慌てふためきながら男達が走り去っていったのを確認したフォルテは砂の壁を破壊し、ルークは彼らの元へ駆け寄る。
「イデアさん、お嬢さんのお怪我はどんな感じですか?」
「打撲と擦り傷くらいかしらね。もう心配はないわよ」
イデアが若い女性に微笑みかけると、それまで怯えていた女性がおずおずと口を開いた。
「あの……皆さま、助けていただいて、ありがとうございます」
「あなた……ゲムマ族ですね? 今のは緑目狩りですか」
ルークが尋ねると、女性は遠慮がちに頷いた。上に高く結んだ黒髪に、宝石のように輝く瞳が際立つ。
「あ……あの、緑目狩りってなんですか」
イリスが小声で尋ねる。
「僕達ゲムマ族の目に宿る魔力や特殊能力を狙って、人攫いをする奴らがいるんですよ。捕まったら最後、どこかへ売り飛ばされて奴隷にされるか、目玉を抉られて魔術道具や儀式に利用された後、殺されます」
淡々とルークは解説しているが、飛び出してくる言葉は物騒極まりない。
「……マジか」
「ひどい……そんな事する人間がいるんですか」
「残念ながら。騎士団でも、こういった奴らを捕まえてはいますが、なかなか根絶まで至らないのが現状です。あなたも、女性一人でここを歩き回らない方がいいですよ」
「ええ……本当に迂闊でした。皆さま、助けていただき、ありがとうございます」
「いいのよ。貴方はこれからどこへ行くの? よかったら途中まででも、一緒に行きましょうか?」
女性ははにかんで、首を横に振る。
「いいえ、でもありがとうございます。優しい旅の方々。またいつか、会えるといいですね」
女性は五人に別れを告げて、ニレの町の方へ去っていった。
五人もまた、再びコーラムバインへ向けて歩き出す。緑目狩り、という言葉に一抹の不安を覚えながら。




