第四話 はじまり
宿で帰った後、ルークはラルバに袋を手渡した。
ラルバの反応が心配で、イリスとイデアも見守っていた。
「……なに?」
「君にあげるよ。何も言わず受け取ってくれ」
「……」
ラルバが袋を開けると、彼の虚ろな目が僅かに見開かれた。ルーク、イリス、イデアの三人も目を見張った。
中に入っていたのは、沢山の金貨と、若葉を思わせる美しい緑色の石がついたペンダントだった。
そして、折り畳まれた紙。広げたはいいものの、彼はそれを見つめて首を傾げている。
「あ、それは……手紙かな? ラルバお前文字読めたっけ」
「無理」
「だから昔あんなに勉強しろって言ったのに……」
「うるせえな」
「はいはい、読んでやるから貸しな。えっと────『ラルバへ。もしも母さんの身に何かあった時に、この袋を持ってお父さんの所へ行きなさい。緑色の石がついたペンダントはお守りだから必ず身に着けておくこと。それから、金貨は旅費だから決して無駄遣いしないこと。それから────』」
「もういい、やめろ」
ルークの言葉を、ラルバは強い言葉で遮った。
「最期まで……口うるせえんだよあいつ……」
そう言うと、ラルバは手で顔を覆う。
「……とりあえずこの紙は戻しておくよ。ペンダント位は着けておいたら?」
俯いたまま、ラルバはペンダントを受け取って首にかけた。
「じゃあ────そろそろ、そこのフォルテさんにも来てもらって話し合うか。今後の事」
「そうね。ずっとこのままじゃいられないものね」
イリスは息を呑んだ。
現在イリス達は町の人の厚意で宿を貸してもらっている状況。しかし、ラルバとルークの怪我も良くなってきている中で、そろそろ動かなければならない段階まできていた。
「で、でもどうしましょう。ラルバさんはお父様の所へ行けってありましたけど、私達はどこにも行くところがありません……」
「あ、それなんですがイリスさん、町の人が、行くところ無いならここに住んでもいいよって言ってましたよ」
「え……そんな」
この町の人々はどこまで優しいの? その温かさにまた泣いてしまいそうだ。でも……
「居させてくれるなら、その方がいいのではないか」
珍しくフォルテが口を開いた。
「誰かが無理やり外へ連れ出したから、こんなことになったのだ。イリス様をこれ以上危険な目に遭わせる訳にはいかない」
ラルバは手で顔を覆ったまま、目を合わさない。自分の行いを後悔しているのかもしれない。
でも、あなたは悪くない。フォルテこそ、自分を正当化してるけど私を閉じ込めたいだけでしょう?
思わず喉元まで出かけた言葉を、イリスはぐっと飲み込む。
「フォルテの言いたいこともわかるけど……イリスはどう思う?」とイデア。
「私は、世界を見たいです! 私は、ずっとあの村に閉じこもり、何も知らず生きてきました。だから外の世界を見て回りたいです」
「なるほど……私には、やらなければいけないことがあるから、ここを出ていくつもりよ。よかったらイリスも来るかしら?」
「本当ですかお姉様!!」
「イリス様を巻き込むな」
脅迫せんばかりの視線で見下ろすフォルテに、イデアはぴしゃりと言い放つ。
「あら、イリスは女神の生まれ変わりがどうとかの前に、一人の人間よ。このままではイリスのためにもならないわ。護衛の仕事は、どんな状況でも彼女を守り抜くことじゃなくて? それとも……彼女の意思に反してでも監禁するのが貴方の仕事なのかしら?」
イデアは怒るときも決して怒鳴りはしない。しかし、静かな威圧がそこにある。
「……」
「……反論が無いのなら、決まりね。イリス、私と一緒に行きましょう」
「お姉様、ありがとうございます! ところで、どこへ行くんですか?」
「ここからずっと北のイキシアという所よ。その付近の山でしか自生しない幻の薬草を探しに行くの」
「……イキシアといったら、もう一つのゲムマ族の村ですね。そこへ行くのなら、まずここから最寄りのコーラムバインの街へ向かうのがいいでしょう。僕もそこまでご一緒しますよ」
「ありがとうルーク君。心強いわ」
「それで、ラルバはどうする?」
ラルバは少し考えていた様子だが、口を開いた時、瞳にはかつての光を僅かだが取り戻していた。
「オレもついていく。親父とか、んな奴知らねえから」
「本当に大丈夫か? 旅するとなると、火は必至だから今のラルバには厳しいかもしれないよ」
「行くっつってんだろ」
「……わかったよ」
そうして、明日の早くには出発することになった。早速一同は旅の買い出しへ部屋を出ていく。
イリスは自分の後ろにラルバがついて来ていないのに気づき、部屋へ引き返した。
「あら? ラルバさーん」
「……黒の魔女」
小さく何かを呟いていたラルバ。イリスがきょとんとした様子で立っていることに気がつく。
「……今何か言ってました?」
「うおっ、イリス!? ……別に、なんでもないけど」
「早く行きましょう、置いて行かれちゃいますよ!」
「ああ、そうだな」
彼も頷いて、急いで皆の後を追いかけた。
◆
ここから北東にあるコーラムバインまで、およそ三日。それに合わせて水と食料を買い、ルークとフォルテを除いて衣服も新調していくことにした。
イリスが選んだのはフード付きの白いケープと護身用の短剣だ。近くにいたラルバの方を見やると、シンプルな真っ黒のマントに目が釘付けになっているようだ。
「そのマント、気になってるんですか?」
「ああ……まあ」
しばらくぼんやり眺めていたが、結局指ぬきのグローブと共に買うことにしたようだ。
身に着けたその姿は旅人や冒険者という言葉がぴったりで、彼も満更でもなさそうだ。災厄の日直後の彼と比べたら、少しずつ回復してきているように見えた。
イデアもローブと靴を買っていた。その姿はまるで魔女のようだが、しなやかな肢体を持つ彼女が着ると、なんでも艶やかに見えるから不思議であるし心底羨ましくもある。
代金はラルバの金貨袋から支払ったが、こんなに沢山買っても金貨袋はちっとも軽くならない。
「これ本当にすごいお金ですね……いくらくらいあるんでしょう?」
「さあ」
まるで他人事のようにラルバが答えると、一人でさっさと店の外へ出て行ってしまった。
────このメンバーで旅に出て、本当に大丈夫かな……
イリスは一抹の不安を抱えながらも、イデア、ルークと共に彼の後を追う。図らずもフォルテも後ろからついてくる。
箱入り娘のイリス、心に幼さを残したラルバに生真面目なルーク、秘密を纏ったイデアと冷酷なフォルテ。
各々思いを秘め、彼らは生まれ育った森から孤独に旅立っていく。この瞬間、運命が大きく動き出したとは誰も夢にも思わずに。




