最終話 災厄の日
「そ……、それで、村の方から避難者は」
「誰も見てないそうよ……なんでも、どこからか突然大きな竜が現れて、その竜が暴れると辺りは一瞬で火の海に……」
母さんが。ステラが。オニキスさんが。
ラルバは何も考えられなくなっていた。
気づけばイデアやイリス、町の人々の止める声も聞こえず、掴まれた手を振り切って走り出していた。
嘘だと思いたかった。空が不気味なほど赤く染められているのは夕焼けのせいだと思いたかった。だが、ニレの町に着いたその地点で、全てが真実であるとわかってしまった。
日中とは打って変わって辺りは閑散としており、立ち上る煙で上空は灰色に霞んでいる。
そして、見慣れた山は赤く揺らめいていた。こうしている間にも火の勢いが増していっているに違いない。ラルバは一瞬ためらったが、シャツの襟で口を覆って先に進むことにした。
森の中に入ると木と煙でますます辺りは暗くなるが、近くで轟々と炎が燃え盛っているのははっきりとわかる。
あらゆる動物達が逃げ惑い、けたたましい叫び声と炎と足音でこの辺りは騒然としていた。それに紛れ、地響きにも似た低くて不気味な音が聞こえるような気がする。
混乱のあまり突進してくる鹿や狐をよけつつ進むと、村へ続いている人の足跡を見つけた。足跡を辿るように歩みを進め────たどり着いた瞬間ラルバは愕然とした。
「なんだよ、これ……」
ラルバが今まで住んでいた村は、既に壊滅していた。木でできていた家々は、骨組みすら残さず崩れ落ち、草木も畑も全てが炎に包まれ、辺りは血の匂いや何かが焼け焦げたような不快な臭いが充満していた。
「母さん……! ステラ、オニキスさん……!!」
名前を呼んでも、誰の返事もない。息をするだけで肺も焼けてしまいそうな熱気だ。
よく見ると森や家々の一部は焼け落ちたのではなく、明らかに踏み潰されたように壊れている。
散らばる赤黒い塊は、潰れて原形の留めていないものから身体の一部まで、凄惨な状態でそこら中に転がっていた。その中に、小さな可愛らしい靴を見つけた。
「……!!」
ステラのお気に入りの靴────いや、靴ではなく右足だった。血溜まりを残し、足首より上は跡形もなく消失していた。
その傍に転がっているのは、イデアがオニキスに渡していた短剣。
「う、そ……だ……」
急に身体の震えが止まらなくなり、呼吸が上手くできなくなる。思わずラルバはその場に跪いた。
何故、どうして、こんなことに。
オニキスをあの場に置いていかなければ、ステラを連れて行っていれば……次々と押し寄せる後悔に、無力な駄目人間はただ泣き叫ぶしかできなかった────
やがて、自らに迫る足音に顔をあげると、森に揺らめく業火の中に一つの大きな影を見つけた。
木よりも高い三つの首をうねらせながら、ラルバがいる方向へ向かって闊歩している。その姿はさながら、地獄を支配する王のようだった。その六つの瞳がラルバの姿を捉えた瞬間、彼は足がすくんでその場から動けなくなる。
逃げなければ、と立ち上がろうとした矢先、激しい頭痛に襲われて倒れこむ。
「う……ぁ……」
オレも二人と同じようになるんだ、と薄れていく意識の中で彼は思った。
叫び声が聞こえてくるような気がする。だが、何を言っているかわからない。もう何も見えない。
それを最後に、ラルバの意識は途切れた。
◆
村と周囲の森を焼き尽くしたこの大火事は、ニレの町の人々やイリス達の尽力、そして夜に降り出したゲリラ豪雨によって鎮火した。
しかし、イリス達数人を除いて村人全員が犠牲になったこの日は、後に災厄の日として人々の間で語られることになる。




