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イリスの灰色の世界~白の女神と黒の魔女~  作者: 右京 直
第一章 小さな森の世界
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第十話 お前らにイリスは渡さない

 フォルテは、イデアを砂でがんじがらめにして身動きが取れないようにしていた。


「……!」


 今すぐ助けに行きたいのがラルバの本音だったが、邪魔しているのは理性か臆病な本心か、動くことができなかった。

 それにしても木の葉の中に身を埋めているせいか、体の所々がくすぐったい。恐らく虫達が蠢いているのだろう。ああ、顔の近くにもミミズが……


「ねえ、逃げるなら普通人里の方へ向かうんじゃないかしら? なんでわざわざ森の奥に行くの?」

「それ以上喋ると殺すぞ、貴様はもうあてにならん」


 二人が通り過ぎ、徐々に遠のいていく。

 そろそろ出てきてもいい頃か、と思われたその瞬間。


 顔の近くにいたミミズがラルバの鼻に……


 「あっ、おい鼻に入るなって、おいやめろっ……!」


 なんとか小声の悲鳴に抑えたラルバ。しかし物音に敏感になっているのは、フォルテも同じだった。


「そこかっ!!」


 ナイフのような鋭い岩がラルバを目掛け空を切る。


「あ゛──っ!」


 慌てて木の葉から抜け出し、辛うじて岩の刃をかわす。

 しかし、フォルテ達から姿は丸見えになってしまった。


「ラルバ君……!!」

「やはり貴様か……イリス様はどこだ!!」

「……さあ? てかなんでお前なんかに教えなきゃいけねーの?」


 強気に言い放ったのはいいものの、その声は小さく震えている。


「おれはイリス様の護衛だからだ」

「────は?」


 しかし、その言葉でラルバの中で何かがぷつりと切れた。 


「ゴエイ? あんな小さな部屋に無理やり閉じ込めることがゴエイの仕事なのかよ?!」

「イリス様の力は強大だ。悪い連中に目をつけられたら、大変なことになる。そのために閉じ込めるのだ」

「悪い連中って誰だよ? そんな事言ってお前がイリスの力を独り占めするつもりなんじゃねーのか?」

「ふざけた事を……いい加減その減らず口を黙らせてやる」


 フォルテは食って掛かるラルバの胸倉を掴むと、岩のナイフを突き付けた。


「イリス様、近くにいるのでしょう? 私を怒らせたらどうなるかご覧に入れましょう……」

「おまっ……汚ねえぞ! 離せクソがっ」


 ラルバが暴れても、フォルテの太い腕はびくりともしない。


 イリスとオニキスはラルバを置いて逃げたのだろうか? そう思った刹那。


 いつかと同じ強い風が吹いた。そしてバサッバサッという巨大な音。

 風は砂を巻き上げ、その場にいた全員の目をくらまし、周りの景色をかき消してしまう。


「っ!? いやああああぁぁぁ!!!」


 イリスの悲鳴だ。


「クケケケッ!」


 鳥にも人間にも似た奇妙な笑い声。

 目を細く開いて声のした方を見た。砂埃の中にぼんやりと二つ人影が見える。しかし、その一つには大きな翼が生えているのが見えた。


「何者だ!」


 ラルバを投げ飛ばし、フォルテはすかさず岩の矢を飛ばすが、吹きつける向かい風がそれを跳ね除けた。


「イリス様は貰ってくからね~バイバーイ!!」


 大きな羽ばたきと共に、影は急上昇。全貌が一瞬だが、はっきりと目に映った。

 上半身はラルバよりも少し幼い少年、しかしその背中には身体よりも大きな鷲の翼。そんな上半身を支えるにはあまりに心細い骨ばった鳥の足。獣の毛で覆われた腕にイリスを抱え、悠然と飛び去って行く。


 ────あまりに突然だった出来事にに一同はしばし呆然とするしかなかった。


「……そうだわ、オニキス君は無事?」

「ええ、僕は無事ですよ。あいつが来てすぐに僕だけ風で吹き飛ばされたんです」


 オニキスは服の埃を払いながら現れた。少し元気を取り戻したようだったが、流石の彼も困惑を隠し切れない様子だ。


「にしても、あの化け物はなんだったんだろう……?」

「さあな。だがすぐに追いかけなければ」

「あの方向は町の方ね。それより先は人に尋ねればおおよその行き先はわかるでしょう。さ、行きましょう!」

「あっ……うん、はい!」


 ここまできて、ようやく我に返ったラルバ。

 森は何事もなかったかのように、静まりかえっている。最寄りの町は一度村に戻り、山を降りてすぐにあるはずだ。


 かくして、四人は怪人からイリスを奪還するべく、町に向かうことにしたのだが────オニキスは数歩進んだかと思うとすぐに足を止めてしまった。


「……?」


 ラルバはイデアに後から追いかける旨を伝えると、うずくまるオニキスの元へ駆け寄る。

 オニキスはあまり激しい運動ができない。そのため普段は基本的に家にいる人間で、今まで走ることはおろか、一生のうちでこの距離を歩いたことがあるかどうかさえ怪しい。ましてや、フォルテから攻撃を受けている状態だ。動けなくなるのは当然だった。


「オニキスさん? 大丈夫すか?」

「ラルバ、僕……やっぱりここまでみたいだ……悔しいけど」


 そう小さく呟くとオニキスはため息をついた。

 よほど苦しいのか、普段笑顔を絶やさない彼が眉間に皺を寄せ、歯を食いしばっている。


「いいんすよ、オニキスさんはしばらく休んでいてください。一人で戻れるっすか……?」

「ああ……大丈夫だ」

「じゃあ、オレ行くっすよ? じゃあ……」


 オニキスは返事をしない。

 離れるには抵抗があったが、イリスの事も気がかりだ。何度か後ろを振り返りながらも、ラルバもイデア達の後を追う。

 森を抜け、村の出口へ差し掛かった時、後ろから声をかけられた。


「ラルバ!」

「ステラ……」

「オルミカおばさんがラルバとオニキスを探してたよ。早く帰っておいでって」

「ごめん、今急いでるんだ。用が終わったらすぐ帰るから……」

「お願い、行かないで……!」


 今までにないほど腕を強く掴まれ、ラルバは思わず立ち止まる。

 ステラのエメラルドグリーンの瞳が涙で潤んでいた。


「なんとなくわかるの……今、ラルバが出て行ったらもう二度と会えないような気がするの」

「ステラ……」


 ラルバは屈むと、そっと彼女の小さな身体を抱きしめた。そうして、初めて彼女が震えていることに気づいた。

 寂しいのではない、何かに怯えて泣いているように見えた。温かな雫が、二人の頬を伝って落ちた。

 しがみつくステラの頭を優しくなでて、ラルバは言った。


「……なあ、ステラ。頼みがあるんだけど、聞いてくれないか?」

「……なあに?」

「前に一緒に森へ行っただろ? あそこでオニキスさんが動けなくなってるんだ。様子を見てきてくれないか?」

「でも、オニキスはステラの事、あまり好きじゃないと思う……お話しても目が合ったことないもん。ステラで大丈夫かな?」

「大丈夫だよ、他のジジババだとオレが怒られるから、ステラじゃないと頼めないんだよ」

「うん、わかった。でも……必ず戻ってくるって約束してくれる?」

「ああ、約束するよ」


 その言葉を聞くと、少し安心したようにステラはラルバの顔を見て────そっと触れるように彼の頬にキスをした。 


「!」

「ラルバ、気をつけてね」


 ラルバが何か言う前に、彼女は彼の身体から離れてトコトコと走り去ってしまった。

 生きてきて一度もキスの経験なんか無かったものだから目を丸くしていたが、すぐにイリスのことを思い出し、ラルバも走り出した。





 木々のトンネルをしばらく走ると、やがて視界が開け、すぐに賑う声が聞こえてくる。

 そこはニレの町。ゲムマ族も、それ以外の人間も平和に暮らしており、ラルバが兄貴として慕っていたジェイドとオニキスの生まれ故郷でもある。ここも田舎であることに違いはないが、ゲムマの村よりはずっと栄えている。


 イデアさんとフォルテの野郎はどこだろう?


 昔から通い慣れていた場所であったが、ジェイドが失踪し、オニキスがゲムマの村に来てから十年。ここへ行くことはほとんどなくなっていたため、息を弾ませながら二人を探してさまよっていたところ。


「あっ、あんた────ラルバちゃんかい?」


 急に見知らぬ中年の女に声をかけられた。なんだコイツ、と半ば睨みつけながらもラルバは頷く。


「ああやっぱり! 久しぶりだね、昔よくお話したの、覚えてない?」

「今急いでんだけど、何の用?」

「ああそうだわ! 薬師のイデアちゃんっているでしょ? あの子が少し前に、ラルバちゃんに伝えてってあたしに伝言を頼んできたの。風鳴り岬へ来てって」

「……!」


 ラルバの目つきが変わったのが、この女にはわかったらしい。


「あんなところで何するんだい? ねえ……」


 女が言い終わらないうちに、ラルバはもう既に走り出していた。

 風鳴り岬はニレの町から南に位置している。岬から海の向こうへ逃げられたら、もうイリスを助ける術がない。

 頼む、間に合ってくれ! そう念じながら岬へ急いだ。

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