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イリスの灰色の世界~白の女神と黒の魔女~  作者: 右京 直
第一章 小さな森の世界
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第九話 女神誘拐

 あの計画を立てた二日後、オルミカは帰宅した。その頃には、オニキスの風邪も治りかけていた。


 もう二度とここへ戻れないかもしれないとなると、ラルバにもやはりまだ多少の未練があった。

 まだ実行日まで少し日数がある。その日まで、精一杯オルミカの代わりに家事をした。まるで、今までの親不孝を取り返すかのように。

 最初は気味悪がっていたオルミカも次第に喜んでくれるようになって、ご褒美に都で買ってきた材料で木いちごのタルトを作ってくれた。


 ステラとも、手伝いの合間を見て沢山遊んだ。

 彼女はラルバのために、花冠を作ってくれた。そしてラルバが頭を撫でると、ステラは顔をくしゃっと綻ばせて太陽のような笑ってくれるのだった。

 それを見ると、心が安らぐと同時にチクリと刺さるような痛みを感じた。


「……ラルバ、何かあったの?」

「え?」


 ラルバの笑顔に悲しげな影が差しているのをステラは見逃さなかった。


「……ううん、なんでもないよ」

「……そっか」


 日が傾きかけている。二人の影が伸びていく。

 あと少しで、ステラともお別れだ。

 こんな時、何を言ったらいいのかわからなくて、ラルバはとうとうお別れの言葉を言うことができなかった。





 計画実行の日。

 ラルバは夜明け前に目を覚ました。隣のベッドに目をやると、オニキスと目が合った。


「やっと起きたね、ラルバ君」

「オニキスさん……寝てないんすか?」

「うん、今日があまりにも楽しみで眠れなかったね!」


 感情を抑えきれず、彼の緩んだ口元から笑みがこぼれる。声も弾んでいて、随分興奮しているようだった。


「ええ……不安じゃないんすか?」

「不安? そんなものないね。だってさ、こんなスリル久しぶりだよ。昔ジェイドとやった悪戯が全部可愛く見えてくるよね! だってこれ、普通なら犯罪じゃん!?」

「でも、もうここに戻れないかもしれないんすよ?」

「それでもいいさ、オルミカおばさんには感謝しているけど、僕は元々よそ者だし未練は全く無いよね!」

「……そっか」

「何を不安なのか知らないけれど、もう引き返せないだろ? ほら、窓を見てごらん?」


 言われるがままラルバが目をやると、ノックスがこちらへ歩いてきているのが見えた。彼らを迎えに来たのだろう。


「さ、行くよ」


 久々にテンション上がってきた~、とオニキスは意気揚々と階段を降りていく。

 ラルバもイリスに会いに行くんだから、と好き放題に飛び跳ねた髪を整えつつオニキスの後を追った。


 しかし。

 母親のオルミカは既に起きていて、せっせと朝食の支度をしていた。


「あら、あんたらが揃って起きてくるなんて珍しいじゃないか? どうしたんだい?」

「あー……ちょっと用事があるんだ」

「え? 朝ごはんはどうするの?」


 喋りながら二人は一歩ずつ出口の方へ歩いていく。


「ごめん、ちょっと急がなきゃいけないんだ……でも、必ず戻るから! じゃな!!」


 言うが否や、ドアを開けて飛び出した。すぐに視界に飛び込むのはノックスの姿。

 ノックスは勢いに一瞬、びくっとしたようだがすぐに踵を返しイデア達の元へ向かう。

 背後から、「絶対帰ってくるんだよ!!」と声がする。

 ラルバは手を上げて返事をするも、小さくごめん、ともう一度繰り返した。


 日常というものはある日あっけなく崩れ去る儚いものだと、オルミカは知っていたのだろうか?

 ラルバは────まだ知らなかった。





「ラルバ君、オニキス君、こっちよ」


 イデアがいたのは、彼女の家の裏。ノックスは合流した彼らを見届けると、森の奥へ姿を消した。


「……で、最初にイデアさんが、家の中で見張りをしているフォルテの奴をおびき出すんですね? どうして家の裏?」

「実はイリス、何度か窓を壊して二階から飛び降りたことがあるのよ……だから今回もここから逃げたということにするわ」

「ははは、イリス様は思ったよりじゃじゃ馬なようですね」


 思わず「ええ……」と声を漏らしたラルバをよそに、楽しそうに笑うオニキス。


「そうそう。これを二人に渡しておくわ」


 一つずつ彼女から手渡されたのは短剣。

 あの巨体に突き刺しても全く刃が通らなさそう、とラルバは思った。


「それでフォルテに勝てるとは思わないけれど、一応護身用として持っておいてね」

「はあ」

「あとイデアさん。僕本物のイリス様に会ったことないんで、どんな姿か教えてもらっていいです?」

「ああ、それならこれを見ればいいわ」


 見せてくれたのはイリスを模したかわいらしいぬいぐるみ。とてもリアルとはいえないが、大体の特徴は捉えている。


「イリスが寂しがらないようにこんな感じのをたくさん作っていたのよ」

「だ、大丈夫かなあ……これで。まあやってみるけどさ」

「心配しないで。ほんの数秒、あいつの気をそらせればいいの。じゃあ、そろそろ準備はいいかしら? ラルバ君、その力を使ってあの窓を割ってくれる? そしたら、すぐに貴方は藪に隠れて表側に回り込むのよ────あとはわかるわね?」


 ラルバはぎこちなく頷く。責任重大だ────


 大きく深呼吸して、足元の大きめの石を拾い上げて思い切り振りかぶった。

 刹那、石は大きな音をたてて窓を見事に突き破る。

 それが合図だ。ラルバはすぐに近くの藪へ隠れ、イデアはフォルテを呼びに行き、オニキスはイリスに姿を変える。身長や顔立ちがなんだか違う気もするが、のろのろ走り去っていく後ろ姿だけ見れば違和感はなかった。

 やがて、フォルテとイデアが家を飛び出してオニキスが逃げた方へ走っていくのが見えた。

 ラルバは素早く中へ入り込んで二階のドアを開けようとした────が。


 鍵がかかっている……!!


 鍵を探している暇なんてない。仕方なく、魔力を込めた拳で扉を一突き。幸いそれほど分厚い扉ではなかったようで大きな音を立てて、穴が開く。何度か繰り返し、中へ侵入した。


「イリス!!」


 イリスは驚いた様子で硬直していたが、現れたのがラルバと気づき顔を輝かせた。


「……ラルバさん!! ずっと待ってたんですよ!」

「時間がない、早く逃げよう!」


 イリスの手を引いて、扉をくぐろうとしたが彼女に引っ張られる。


「お姉様から大体のお話は聞いてます。じきに、フォルテが戻ってくるんでしょう? でも、フォルテはこの窓から侵入することはできません。戻ってくる頃合いを見計らって、ここから飛び降りて逃げましょう」

「ええ……マジで?」

「まじですよ! 大丈夫です、地面もふかふかですから怪我はしません」

「お、おう……信じるからな?」

「それにしても、窓を割ってくれて助かりました。少しでも鈍器になりそうなものは全部部屋から取り払われてしまいましたから……お人形を入れる箱も、椅子も、大きな本も、ランタンも」


 たしかに、イリスの部屋は薄暗くて質素だった。家具はベッドと本棚があるのみ。他は猫、ドラゴン、魚、羊────多種多様な古いぬいぐるみと絵本が散らばっている。まるで暴れた後のようだ。


「あっ、ラルバさん。フォルテが戻ってきました」


 窓の向こうで、フォルテとイデアが戻ってくるのが見えた。オニキスの姿はない。しかも、イデアは砂によって捕らえられているように見えた。


「……!! オニキスさん大丈夫かな……」

「……ごめんなさい、色んな人を危険に晒してますよね、私……」

「いいや、全部あいつが悪いんだ……いつか絶対ぶっ飛ばしてやる!」


 二人が家の中へ入ってくる気配がする。意を決し、イリスとラルバは窓を飛び降りて二人が来た方向へ向かった。

 もう後戻りはできない。今はただイデアとオニキスが囮になってくれたことに感謝しつつ、無事を祈るしかできなかった。


「……いけない、このままだと山奥へ入ってしまいます!」

「いや、戻ったらフォルテが来るかもしれない! このまま行く!」


 しばらく進むと、ふいに近くで草木がこすれる音がした。

 二人は最初フォルテがもうここまで追いついたのか、と思った。しかし、木陰にいたのは砂塵にまみれ、くたびれた雑巾のようになったオニキスだった。


「……っ!! オニキスさん!」


 オニキスはうっすらと目を開ける。しかしその瞳の緑は輝きを失い、どこか虚ろだった。



「目立った傷はないですね。でも、体内の魔力が無くなってすごく弱ってます……」

「どうしよう、ほっといたら死んじゃうよな? でも後ろからフォルテが来るかもしれない……」


 その時、オニキスの口角が僅かに上がった。


「……俺、少し疲れたから寝てただけだよ……? 心配してる余裕があるなら……さっさと逃げたら?」


 彼とは対照的に、少しムッとした顔をするイリス。


 「私にはそんな風には見えませんでしたよ。強がり言うなら本当に置き去りにしちゃいますよ?」


 まあまあ、とラルバが慌てて仲裁に入る。


「オニキスさんはオレが担いでいくよ。じゃあ、このまま奥に……」

「いいえ、さっきも言った通りこのままではどんどん山奥に入って出られなくなってしまいます。オニキスさんもいますし、どこか隠れてやり過ごしましょう」

「……うん、わかったよ」


 そしてラルバは木の葉の中に身を隠し、残りの二人は先程オニキスも隠れていた巨木の陰に身を潜めた。

 イリスはオニキスに魔力を分けることができるそうだ。

 ゲムマ族だったら多分誰でもできるんじゃないでしょうか、と彼女は語っていたが、そんな事態が今までになかったラルバは全く知らなかった。


 数分が、まるで永遠のような時間だった。小動物の物音や風のそよぎにさえ身震いし、張り裂けそうな心臓をただ胸に収め、息をするのもためらわれた。

 ────どれほどの時間が過ぎただろうか。数秒かもしれないし、或いは数時間だったかもしれないが────奴はついに現れた。

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