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②‐第十五話



 ここでお待ちくださいとリリィに囁かれ、シルビアは執務室の前を行ったり来たりしていた。盗み聞きはよくないと思いつつも、衛兵がいないことを良いことに、我慢できず扉に耳を押し当ててしまう。ぼそぼそとした話し声は聞こえるが、内容まではわからない。どうせ姿が見えないのだから、思い切って中に入ってしまおうか――しかし、ユリウスに姿を見られたことで、リリィには既に迷惑をかけているし、万が一にも、バーナード公に姿を見られでもしたら、申し開きのしようがない。


 そうこうしているうちにリリィが執務室から出てきた。険しい表情を浮かべた彼女に、毒を入れたのはヘルマンだと教えられ、シルビアは愕然とする。


「そんな……確かなの?」


 王がお忍びで城下町に下りていることは、ごく限られた者しか知らない。ゆえにユリウスは密偵を放ち、彼らに怪しい動きがないか、今日まで監視させていたそうだ。


「もちろん、私も含めて、ですわ」


 リリィは苦笑を滲ませる。彼女は途中から見張られていることに気づき、何度か密偵をまいたことがあるという。鏡による転移の使用回数も最小限に留め、シルビアの店を訪れる際は必ず透明化のマントを使用していたとのこと。


「そういうわけですから、陛下とノーマン殿にかばって頂けなければ、危うく共犯者にされるところでした」


「お父様も同席してらしたのね」


 だからガジェも? と思わず執務室のほうへ視線を向けるが、「今はいけません」とやんわりたしなめられて、「わかっているわ」と肩を落とす。


「ウィザー伯は油断ならない方です。どこまで情報を握っているのかはわかりませんが、シルビア様も用心なさいませ」


 もう手遅れだという気がしたものの、今はあえてそのことには触れず、歩き出したリリィの隣に並んだ。


「ヘルマン様が毒を入れているところを、その密偵が見ていたのね」


 それだけではないとリリィは言う。


「王に扮した兵士がその飲み物を口にする直前、あの方はそれとなく、兵士の腕に触れたようです。そして飲み物を口にした直後、兵士は苦しみ出し、倒れたと」


 その時のことを思い出しながら、シルビアは顔をしかめた。


「ヘルマン様がまじないを無効化した可能性があると言いたいのでしょう? でも、激痛に苛まれている感じには見えなかったけれど」


「それを今から確かめに行くのですわ」


 ヘルマンは既に拘束され、客室に監禁されているという。あとからユリウスも来るらしく、「面倒なことにならなければいいのですが」とリリィは憂鬱そうにこぼしていた。


「毒を入れた事は認めていますが、共犯者はいないと言い張っているようでから」

「信じられないわ、あのヘルマン様が……ご婚約も控えていらっしゃるのに……」


 ――少し前まで、私は、彼女の愛に報いたいと思いながらも、仕事上の立場や、陛下に対する忠誠心で、身動きがとれない状態にいました。


 ――私は覚悟を決めたのです。


 ヘルマンの言葉を思い出しながら、「なぜなの」と呆然とつぶやく。


「どうして、ヘルマン様がお父様の命を……」

「それも併せて、これから彼を尋問するのですわ」

「団長のセドリック様には知らせたの?」

「使いの者を王城へ走らせました。しばらくすれば、こちらへ到着すると思いますが」


 近衛騎士団団長セドリック・サイラスは、前団長ギルバード・サイラスの息子である。熊のような体格をした大男で、近衛騎士団に配属される前は、父親によって隣国とのいざこざが絶えない国境付近に送られ、実戦で剣の腕を磨いてきたらしい。現在は離婚して独身だが、大の女好きだともっぱらの噂だ。


「なぜセドリック様をふったの?」 


 一瞬、何を言われたのかわからなかったのだろう。リリィは珍しくぽかんとした表情を浮かべた。再度同じ事を訊ねると、ようやく意味を察したのか、さっと頬を朱に染める。


「なんですか、急に」


「ごめんなさい、ふと気になったのよ。噂だと、とても熱烈に求愛されていたと聞いたから。やっぱり、恋人を失った痛手から立ち直れなかったから?」


「それもありますが、あの方は私の手には余ると思ったからですわ」

「確かに、浮気しそうだものね」

「というか、当時、サイラス殿はフォンティーヌ様のご寵愛を受けておりましたから」


 初耳だと、シルビアは目を見開く。


「サイラス殿曰く、据え膳食わぬは男の恥……というのは冗談で、それもまた仕事のうちだと、プライベートで迫っているのは私だけだと、堂々とのたまっておられましたわ」


 継母も継母だが、団長も団長だと、あきれてしまう。


「お父様はご存じだったのかしら?」

「ええ、もちろん。理解しがたいことに、サイラス殿のことを完全に信用しておいででした」


 けれどそれからまもなく、継母がレオナールを懐妊したと聞いて、シルビアもまた理解に苦しんだ。自分が父の子ではないかもしれないと苦しむレオナールの姿を思い出し、やるせない気持ちになる。


「だったら、セドリック様がレオナールの本当の父親であるという可能性もあるのね……少しも似ていないけれど」


「サイラス殿だけでなく、フォンティーヌ様と関係があった男性は他にもいると思いますが、こればかりは何とも――」


「先ほどから、一体どなたとお話しされているのですか?」


 いつの間に背後にいたのか、ユリウスがにこやかな表情を浮かべて近づいてくる。そのままリリィの隣に並ぼうとしたので、シルビアは慌てて距離をとり、二人から離れた。会話に気を取られて、歩みが遅くなっていたらしい。一体いつから会話を盗み聞きされていたのかと、心臓をばくばくさせる。一方のリリィに慌てた様子はなく、


「あら、ただの独り言ですわ」


 余裕の笑みを浮かべて答える。


「あなたが二種類の声をお持ちだとは知らなかった」

「最近、腹話術にはまっておりますの」

 

 二人とも、顔は笑っているのに、目が笑っていない。

 

「そういえば子どもの頃、あなたにまじないをかけられたことがありましたね」


「そうでしたかしら?」

「とぼけても無駄ですよ。私の能力についてはご存じのはずだ」


 能力? と首を傾げるシルビアに対して、リリィは苦笑する。


「一度見聞きしたことは忘れないという、希有な記憶力をお持ちでしたわね。羨ましい限りですわ」


 はっと息を飲み、二人の会話に聞き耳を立てる。


「だからあなたは、私に忘却のまじないをかけたのでしょう?」

「ええ、ジョージ様のご命令で、やむをえず」


 消された記憶は、おそらく祖父の隠れ家に関するものだろうと、シルビアは考えていた。でなければ長い間、彼があの店を訪れないわけがない。ユリウスはユリウスなりに、祖父のことを心から慕っていたのだから。


「あなたに命令を下したお祖父様はもういない。そろそろ、私から奪ったものをお返し頂けませんか」


 相変わらず表面上はにこやかだったが、声には懇願する響きがあった。けれどリリィは申し訳なさそうに首を横に振る。


「申し訳ありませんが、私の一存では、それはできかねます」

「では何がお望みですか?」


 らしくもなく挑戦的なユリウスの言葉に、リリィは困ったように首を傾げる。


「陛下よりご命令頂ければ、すぐにでも……着きましたわ」

「うまくごまかしたおつもりでしょうが、その言葉、忘れないでくださいよ」

 

 念を押しつつ、ユリウスは表情を引き締めて足を止める。扉の前に立つ衛兵にヘルマンの様子を訊ねると、二人は部屋の中へと入っていった。



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