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第十五話



「ずいぶんと時間がかかっているようね」


 侍女の報告を受けた王妃は、苛立たしげに砂糖漬けの菓子に手を伸ばす。細い体型を維持するために控えていたが、今はかまうものか。「お母様?」と心配げな娘の視線に、「大丈夫よ」と王妃は強気に微笑んだ。


「おまえが受けた屈辱は、あたくしが必ず晴らしてあげるから」

「でも、もしこのことがお父様にばれたら、いくらお母様でも……」

「これ。滅多なことを言うものではない」


 軽くたしなめると、娘は怯えたように口を閉じた。昔から大人しく、聞き分けの良い娘ではあったが、臆病すぎるのが玉にきずだと王妃は鼻を鳴らした。喪が明ければ隣国の王妃になるというのに。これでは先が思いやられる。


「あの方はあたくし以上に子どもに無関心だもの。気づくはずがないわ」

「でも、お姉様の葬式ではあんなに悲しまれて……」


「子どものおまえにはわからないだろうけれど、あの方は娘の死を悲しんでいたわけではないのよ」


 現に、王が死体に向かって口にした名は「レイシア」だった。彼にもっとも近い場所にいた自分だからこそ、かろうじて聞き取ることができた名だ。周囲の者たちの目には、ただ娘の死を嘆き悲しんでいる父親の姿としか映っていないだろうが。


 ――陛下のお心はいまだ、あの女に捕らわれたまま。


 かつて、侯爵令嬢であった自分から、婚約者を横取りした忌々しい女。ただ美しいだけの、教養もない平民出の娘に、自分は負けたのだ。運良く、相手が早死にしてくれたおかげで、なんとか後妻の地位におさまることができたものの、先妻に対する憎しみが消えることはなかった。


「あたくしの騎士はよくやっていると思うけれど、もう一押し欲しいところだわ。何か良い手はないかしら」


 侍女の後ろ、隠れるようにして控えている小間使いに「ねえ?」と訊ねると、彼女はびくっとしたように前に出て、深くこうべを垂れる。


「弟の病気を治すためなら、何でもするのでしょう?」

「……はい、王妃様」


 ***


「やだ、何これ。可愛いっ」


 常連客のミリアーナが釘付けになっている棚には、イツカ・ベルタの商品が並んでいる。女性向けの愛らしいデザインと、丁寧な仕事ぶりが評価されたのか、幸いなことに、彼女の商品はよく売れていた。

 

「値段も高くないし、これ一つちょうだい」

「ありがとうございます」


 注文されたドライハーブと一緒に、真っ赤な薔薇の刺繍が施されたハンカチを包装していると、ガジェ・ノーマンが来店した。「いらっしゃいませ」と、妙にうわずった声が出てしまい、慌ててしまう。彼は、店内に自分以外の客がいることに気づくと、遠慮してか、いつも以上に無口になってしまった。新商品の試飲もせずに、ラベンダーのドライハーブだけ買って、すぐに店を出て行ってしまう。


 何か一言くらいあってもいいのに、と落胆していると、


「ねえ、今の人って騎士様だよね。よくこの店に来るの?」


 羨ましそうなミリアーナの声に、はっとする。


「よくっていうか、たまに、ですね」

「素敵な人よね。赤い瞳が神秘的で」


 ミリアーナはうっとりとした表情を浮かべ、「シルビアちゃん目当てかな?」とこちらの機嫌をうかがうように訊いてくる。


「……まさか」

「シルビアちゃんは何とも思ってないの?」


 本当は気になっているくせに、そのことを認めたくない気持ちが強くて、「お客様はお客様です」と返してしまう。


「だいたい、相手の方にも失礼ですよ」


「シルビアちゃんレベルの女の子なら、騎士様でもモノにできると思ったんだけどなぁ。だったらあたしが挑戦してみようかな」


 ぽつりとつぶやかれ、どきっとした。王妃の愛人という噂があることを教えても、「略奪愛、燃えるわ」と返ってやる気にさせてしまうだけだった。


「仮にうまくいったとして、王妃様にばれたらどうするんです」

「ばれる前に駆け落ちすればいいじゃない」


 けろりと言われ、頬がこわばるのが自分でもわかった。


「残された家族はどうなるんですか。ミリアーナさんの代わりに罰を受けることになるんですよ」


「やだやだシルビアちゃんったら。夢がないんだから」


 からかいまじりに言い、くすくす笑う。


「だったら家族も連れて大移動するわ。これならいいでしょ?」

「追っ手が来たら?」

「騎士様が返り討ちにしてくれるわよ」


 確かにガジェ・ノーマンであれば、不可能ではないかもしれない。


「でも、うまくいくわけ……」

「怖い顔」


 指摘されて、途中で言葉に詰まってしまった。


「お客さんには常に笑顔で、でしょう?」


 そうだった。「すみません」と謝ると、「冗談よ」と軽くかわされてしまう。


「シルビアちゃんがあんまり真面目だから、からかっただけ」

「ひどい」


 けれど本当に冗談で済む話なのだろうかと、興奮気味に瞳を輝かせるミリアーナを見、シルビアは不安を覚えた。



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