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第一話



「第一王女アマーリエ・ルドヴィカ・シルビニア、王妃様の命により、あなたには死んで頂く」


 淡々とした声を発するのは、王妃付きの騎士ガジェ・ノーマンだ。黒い髪に褐色の肌、血のように赤い目を持つこの青年騎士を、周囲の者たちは悪魔の目を持つ異人として恐れているようだが、シルビアはまっすぐ彼を見返した。半ば強引に、王城から離れた《狩猟の森》に連れてこられたのは、つい先刻のことだ。


「理由は? なんて、訊くまでもないわね」


 これまで、後妻である王妃から受けた、嫌がらせの数――ー高価な衣装を傷物にされたり、使用人を通じて食事に虫をいれられたり、母の形見である小物を故意に壊されたり――を思い出して、ふつふつと怒りがこみあげてくるものの、正直、彼女に関わりたくないという気持ちのほうが強かった。彼女が先妻の子である自分を疎んじているのは知っていたし、庶民の出である母のことも、ことあるごとに軽んじていた。もっとも、国王の前では猫をかぶって、殊勝な妻を演じているが。


 銀髪に紫色の瞳を持ち、絶世の美女と謳われた母レイシア、父は先妻を失った悲しみから未だ立ち直れておらず、母とうり二つの顔を持つシルビアとは、ほとんど顔を合わせようともしない。自分が生まれてすぐに亡くなったらしく、シルビア自身、母のことをまるで覚えていなかった。自分を愛してくれた乳母や親しくしていた侍女たちは、継母によって辞めさせられてしまい、シルビアは孤立していた。先代国王であった祖父だけが、シルビアに優しくしてくれて、継母の悪意から守ってくれた。祖父との語らいが唯一の心の慰めだったシルビアにとって、二年前の彼の病死は、受け入れがたいものだった。


 ――けれどおじいさまは、私に希望を残してくださった。


 祖父の死により、継母の嫌がらせはいっそう激しさを増した。それに耐えながらも、シルビアは着々と準備を進めていた。そして十八歳になった時、事件は起きた。ある日、部屋から一歩も外へ出てはいけないと王妃に命じられていたのだが、はなから継母の言うことなど聞く気がなかったシルビアは、部屋を出て、お気に入りの庭園を散策していた。その際、異母妹との見合いのために王城を訪れた隣国の王子に見初められ、その場で求婚されたのである。


 ――さすがにあんなことになるなんて思わなかったけど。


 凍り付いた異母妹と、憎悪にゆがんだ継母の顔――二人の表情が強烈すぎて、空気も読めない馬鹿王子の顔などろくに覚えられなかった――これはあとで何かしてくるなと思ったら、案の定だ。隣国へ旅立った王の不在時をねらい、人気のない森に連れ出され、お命ちょうだい、である。


 ガジェ・ノーマンは奴隷上がりの元剣闘士で、他国の闘技場で戦っていたところを王妃に気に入られ、この国へと連れてこられた異人である。騎士の位を与えられ、王妃の護衛の任に就いているものの、彼が継母の愛人であることは周知の事実で、王も王妃への愛情が薄いせいか、黙認していた。


 異国感漂わせる風貌と細身で筋肉質な肢体は、王妃だけでなく、宮廷の貴婦人方をも虜にし、夜のお誘いが絶えないという噂だが、一方で、「しょせんは奴隷上がり」だの「悪魔の子」だのと、貴族からは侮蔑の言葉を浴びせられ――実際腕も立つので、他の騎士たちからは恐れられている。それでも表情一つ変えない彼を、密かに尊敬していたシルビアは、この男の前では、泣き落としも命乞いも通用しないと思い、


「単刀直入に言うわ。私は死にたくない。だから逃がして」


 赤い目から視線をそらさずに言った。自分を逃がしてくれるのであれば、二度と王妃の前には姿を現さないと誓うからと。

 

「隣国の王子に助けを求めるつもりですか?」


 まさか、と鼻で笑う。


「あんな空気も読めないような馬鹿王子と誰が結婚するものですか」

「それを信じろと?」


 シルビアが護身用のナイフを取り出しても、ガジェは眉ひとつ動かさなかった。けれど長い銀色の髪をばっさり切り落とすと、さすがに軽く目を見張った。それもそのはず、この国では、女性が髪を切るという行為は俗世間を捨てて修道院に入るか、娼婦に身を落とすかのどちらかだったからだ。


「あの方は私の見た目が気に入っただけ。傷だらけの醜い顔になれば、きっと見向きもしないはずよ」


 そう断言し、今度は顔にナイフを押し当てようとすると、「やめろ」と言って腕を捕まれた。まさか止められるとは思わず、シルビアは驚いたが、ガジェ自身、自分の行動に驚いているようだった。


「……わかった、行け」


 絞り出すような声に、シルビアは耳を疑った。


「あなたはもう王女ではない。シルビア・アマーリエ・ルドヴィカは間違いなく俺が殺した。王妃にはそう報告する」


 正直、これほどうまくいくとは思っていなかった。かといえ、殺されるつもりもなかったので、それなりに準備はしていたのだが、必要なかったようだ。彼は彼で、王妃の命令に対して、思うところがあったのだろう。主人の命令に唯々諾々と従う他の騎士たちよりも、ガジェ・ノーマンのほうがよほど騎士らしいと、喜びのあまり、彼に抱きついてしまう。淑女らしからぬ振る舞いだが、かまうものか。もう自分は、王女ではないのだから。


「ありがとう。この恩は一生忘れないわ」


 はっと息を飲む気配がし、彼の気持ちが変わらないうちに、「さようなら」と、慌ててその場を後にする。幸い、この《狩猟の森》は王族所有の土地であるため、狼や野犬のたぐいはいない。途中で獣に襲われる心配もないだろう。


 ――やったわ。ついに自由の身よ。


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