一人増えてる
なろう初投稿です。
郊外に建っている西洋館。今は廃墟になっているそこについて、一つの噂話が立った。
その館を探検すると、人が増える、という。
三人で入ると、帰るときには四人に。
五人で入ると、帰るときには六人に。
何より恐ろしいのは、その増えた人間が誰か分からないのだ。
確かに、人数は一人増えているのに、誰がその増えた人間なのかは分からない。
一人増えたことだけは確かなのに、その場にいる者全員と面識がある気がするし、一緒に館に入ったような気がする。増えた一人は、違うはずなのに……。
何とも、不気味な話である。
ある日、この噂話を確かめるために、六人の少年が郊外の西洋館に踏み込んだ。
彼らは二階建ての館の隅々を探索し、被った埃に時節咽たり、床を這いまわる百足に驚いたりもしたけれど、妖怪や幽霊、モンスターの類には出くわさなかった。
館を全て調べた後、彼らは緊張した趣で、館から出る。
そして、館の前で、人数を数えた。
入った時は、六人だった。
ならば、今も六人のはずだ。
しかし――――。
「ひとり、ふたり、さんにん、よにん、ごにん、ろくにん……ななにん」
一人、増えた。
皆、青ざめた表情で、それぞれの顔を見る。
館に入る前にはいなかったはずの人物は誰なのかを探すために。
が、全員見覚えがある。
一緒に、館に入った気がする。
噂通りの怪奇現象が出現し、皆呆然とする。
「名前だ、名前はどうだろう」
先ほど、メンバーの人数を数えた少年がそう皆に提案する。
「顔は全員見覚えがある。でも、名前はどうだろう。聞き覚えの無い名前の奴がいたら、そいつが増えた奴だ」
このグループのリーダー格は、彼のようだ。
他のメンバーも、少年の意見に賛同し、一人一人皆の前で、名前を言うことになった。
「じゃあ、まずは俺から。一宮太郎だ」
「一宮次郎だぜ」
「僕は一宮三郎」
「はあ……一宮四郎」
「マーガレット・ブラウン」
「一宮五郎!」
「一宮六郎だよ」
駄目だ、全員聞き覚えがある。
一宮太郎は頭を抱える。
他に、どうやって増えた人間を見分けるというのだろうか。
太郎には、ちっともいい方法が思いつかなかった。
「太郎兄さん、俺にいいアイデアがあるぜ」
次郎は、坊主頭をつるりと撫でながら、そう言った。
「僕も、ベストなアイデアがあるよ」
三郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。
「俺もベターな考えがある。聞くだけ聞いてくれ」
四郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。
「私も素敵な考えを持っているわ」
マーガレットは、金髪を風に靡かせながらそう言った。
「いいことを思いついた!」
五郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。
「もう、僕の考えが最高だって、みんな分かってるくせに」
六郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。
「なるほど、六通りのアイデアを全て試せば、誰が一人増えた者か分かるかもしれないな」
太郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。
「じゃあ、次郎から順番に試してくれ」
「任せろ」
「一人増えた奴は、この屋敷を出てからの俺たちしか知らない。だから、俺たちの過去をクイズ形式にして、解答できるかを見る」
「おお、賢い考えだ、次郎」
次郎は、太郎に褒められて気恥ずかしそうに、鼻の下を掻いた。
「よし、まずは太郎。行くぜ」
「おう、来い」
「今日の朝食は?」
「サンドイッチだ」
「正解! 太郎は本物だな。次、三郎! 俺たちが土曜の夕方、必ずやることは?」
「めんこ」
「正解! 三郎は本物だな。次、四郎! 一番最後に俺たちで見た映画は」
「隠し砦の三悪人」
「正解! 四郎は本物だな。次、マーガレット!」
マーガレットは顔を青白くしている。
「昨日の晩飯は――」
「に、にくじゃが、かしら?」
ぎこちない笑みで、マーガレットは答える。
「昨日の晩飯は、肉じゃが、ですが――、一番最初に食べ終わったのは誰?」
慌てた様子で、マーガレットはメンバーを順番に見る。
「ぎゃ、逆に聞くけどー、逆に聞きますけどー、次郎は本物だって証明しなきゃいけなわよね? 次郎、今日の朝食、一番最初に食べ終わったのは誰?」
「太郎だ」
「どうやら次郎は本物ね。私も問題に答えるわ。昨日の夕食、一番最初に食べ終わったのは太郎よ」
「正解! どうやらマーガレットは本物のようだな」
マーガレットは、ほっと息を吐いた。
その後、次郎は五郎と六郎にも問題を出したが、二人とも即座に解答した。
「駄目だ、誰が増えた奴なのかわからねえ」
次郎は肩を落とす。七人の解答は完ぺきだったのだ。
「次は僕の番だね。顔、名前、記憶。ここまでで、違和感のあるものは、誰もいなかった。じゃあ後は、何を比べるのか。能力だよ、みんな」
「どういうことだ、三郎」
「うん。今まで僕たちは一緒につるんできた。今回もこのメンバーで、件の西洋館を探索した。でもさ、それって皆同じぐらいの能力を持っていて、足手まといがいないってことだよね。それぞれが自分の力量に自信を持っていて、なおかつ自分以外のメンバーの力量を信じているから、だから一緒に噂を確かめにいける」
「ふむふむ。それで、どうするんだ」
「だからね、みんなの前で自分の特技を披露するのはどうだろうと、僕はそう言いたいのさ。たぶん一人増えた奴は、明らかに劣った特技を見せるはずだから」
「それは面白そうだ。みんな聞いてたか? 自分の特技を今から順番に見せていくぞ」
全員が了承した。マーガレットの顔はまた青くなった。
「じゃあまずは俺、太郎からだ。俺の特技は――」
その場で、太郎は宙に飛びあがり、回転した。
一回転、二回転、三回転。
三回転を終えると、太郎は地面に帰って来た。
「さすが、太郎兄さんだぜ」
「うんうん、リーダーに相応しい特技だ」
「かっこいいぜ、太郎」
「あわ、あわわわわっ」
「太郎すごーい」
「憧れちゃいますよね、男として」
「おいおい、ほめ過ぎだよ。みんな。照れるなあ。次、次郎。やって見ろ」
その場で、次郎は宙に飛びあがり、回転した。
一回転、二回転、三回転。
三回転を終えると、次郎は地面に帰って来た。
「やるなあ次郎」
「うんうん、ナンバーツーに相応しい特技だ」
「かっこいいぜ、次郎」
「あばばばばば」
「次郎すごーい」
「憧れちゃいますよね、男として」
「おいおい、ほめ過ぎだぜ。みんな。照れちまう。次、四郎。やって見ろ」
その場で、四郎は宙に飛びあがり、回転した。
一回転、二回転、三回転。
三回転を終えると、四郎は地面に帰って来た。
「やるなあ四郎」
「さすが、四郎だぜ」
「うんうん、ナンバーフォーに相応しい特技だ」
「あ……」
「四郎すごーい」
「憧れちゃいますよね、男として」
「ふん、褒めんなよ。照れるぜ。次、マーガレット。やって見ろ」
ええ……と、マーガレットは困惑した表情をする。
「そ、そうだわ。三郎はどんな特技を持っているの? まずは、三郎から特技を見せてよ」
「僕がかい? まあいいけど」
その場で、三郎は宙に飛びあがり、回転した。
一回転、二回転、三回転。
三回転を終えると、三郎は地面に帰って来た。
「やるなあ三郎」
「さすが、三郎だぜ」
「かっこいいぜ、次郎」
「三郎すごーい」
「憧れちゃいますよね、男として」
「やだなあ、そんなに褒めないでくださいよ。あはは、照れちゃうなあ。次、マーガレット。どうぞ」
「もうやった」
「え?」
「さ、さっき三郎がやった時に私ももう特技披露したから! 空中で三回転したから! え、誰も見てないの、ひどいよー!」
「す、すまないマーガレット。俺は三郎の方を見ていたんだ」
「俺も三郎しか見てなかったぜ」
「三郎しか、見てねえな」
「ごめんねーマーガレット」
「三郎しかやってない。そう思っていた時期が僕にもありました」
「みんなひどいわ。私、もう特技は披露したんだから、これ以上は何もしないわよ」
「仕方ないですね」
と、三郎は肩を落とす。
「では、五郎。どうぞ」
こうして、五郎も六郎も空中で三回転したため、誰が一人増えたのか、特定することはできなかった。
三郎はがっくりと肩を落とし、マーガレットは口笛を吹きながら、額の汗を拭った。
「俺は、本物のメンバーと、偽物のメンバーを見分ける方法を思いついた。それは、絆だ」
四郎の低い声が響く。
マーガレットはその声に、不穏なものを感じた。
「絆が一番薄いものが、偽物のメンバー、増えた奴だ。言い換えれば、一番の薄情者を
探せばいい」
「どうやって探すんだ?」
太郎が四郎に聴く。
「そうだな……いつもの場所に行こう」
いつもの場所、と聞いてマーガレット以外はピンときたのか、なるほどなあと感心した。
マーガレットは、一泊遅れてな、なるほどねと大袈裟に首を振った。
七人は、館から離れて一列に歩きだした。
郊外から、更に人気のない所へ。
すれ違う人の数も減っていき、歩く地面がアスファルトから土に変わり。
そして、七人はいつしか鬱蒼と生い茂る森に、足を踏み入れていた。
いつのまにか日も沈み、辺りはすっかり暗くなっている。
マーガレットは不安そうに、時々後ろを振り返るが、そのたびに、他のメンバーに変な目で見られ、すっかり疲れていた。
やがて、七人は橋に来た。
今にも底が抜けそうなおんぼろの橋。
下には川が流れている。
雨が降っているわけでもないのに、川は何故か濁流のようだった。
しかも、橋と川の高さはおおよそ十メートルは超えている。
落ちたら、ひとたまりもない。
マーガレットは尻込みしたが、他の六人がさっさと橋に進んでしまうので、慌てて後を追いかけた。
橋は、ぎいぎいと鳴っている。
今にも、崩れそうだ。
「今からここで、俺たちの絆を試す」
四郎が、相変わらず低い声で話す。
「どう試すのか? 今からこの川に、全員で飛び込む」
「え?」
「何を驚いているんだ、マーガレット。変な奴だな。ただ飛び込むだけじゃ意味が無い。みんなで手を繋いで飛び込むんだ。偽メンバーは、死にたくないという浅ましい考えから、真っ先に手を放すだろう。逆に、本当のメンバーなら、仲間と一緒に死ぬっていうとても幸福なことで、手を離さないはずだ」
「え、ちょっと待って、え?」
「さっきから煩いぞ、マーガレット。どうだ、みんな俺の案」
「賛成だ。みんなと一緒に死ぬのは名誉なことだ」
と、太郎。
「賛成だぜ。手を繋いで死ぬなんて素晴らしいじゃないか」
と、次郎。
「なんて賢いアイデアなんだ。尊敬しますよ、四郎」
と、三郎。
「みんなで死ねばこわくないよー」
と、五郎。
「僕はいっこうに構わん」
と、六郎。
「い、嫌だ」
と、マーガレット。
「おい、今嫌って言った奴、誰だ」
「マーガレットだ、マーガレットが言ったぞ」
「こいつが偽物だ!」
マーガレットは慌てて逃げようとしたが、他のメンバーに取り押さえられてしまった。
「離して、離して!」
「俺たちの固い絆を壊そうとする偽物め! 恥を知れ!」
「下劣な奴め、嘘つきめ!」
「控えめに言ってクズですね」
「嫌いだな、そういうのは」
「君のことはあんまり好きじゃないなあ」
「しかし何故偽物に」
マーガレットは自分を押さえつける六人の坊主頭を見ながら、絶望的な気持ちになった。
川の流れはますます強くなり、溺れるどころか、落ちた瞬間、身体がバラバラになってしまいそうだ。
「みんな、この偽物をどうする!」
太郎が、濁流の轟音に負けない大声で、他のメンバーに問う。
「「「「「処刑だ! 処刑しろ!」」」」」
五人は声を揃えて絶叫した。
マーガレットは必死に抵抗するが、体格差、何より人数差からまともな抵抗ができない。
ついには、彼女は六人に持ち上げられてしまった。
「助けて! 助けて!」
「死ね、偽物め」
太郎が言葉を吐き捨てると同時に、マーガレットの身体は轟轟と流れる濁流に向かって落ちて行った。
恐怖で、マーガレット・ブラウンは跳ね起きた。
全身にじっとりと嫌な汗をかいている。
彼女は、きょろきょろと辺りを見回し、自分が橋の上ではなく、ましてや川に
向かって落下中でもなく、自分の寝室、自分のベッドの上に居ることに気づいた。
「良かった。夢だったのね」
今度こそ、彼女は安心する。
思えば、変な夢だった。
イギリスで暮らしているはずの自分が何故か日本に居て、少年六人の中に混じり、偽物だとばれないように立ち振る舞う。
寝る前に、スパイ映画を見たから、あんな変な夢を見たのだろうか。
「まあいいわ。悪夢のことはとっとと忘れて、早く寝ましょ」
そう言って、彼女は体を倒す。
そして、何の気なしに天井を見る。
坊主頭の顔が六つ、じっとこっちを見ていた。
お読みいただきありがとうございます。
こういった短編を定期的にあげていきたいと思っています。
これからよろしくお願いします。