表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一人増えてる

作者: 林龍比呂

なろう初投稿です。



 郊外に建っている西洋館。今は廃墟になっているそこについて、一つの噂話が立った。

 その館を探検すると、人が増える、という。

 三人で入ると、帰るときには四人に。

 五人で入ると、帰るときには六人に。

 何より恐ろしいのは、その増えた人間が誰か分からないのだ。

 確かに、人数は一人増えているのに、誰がその増えた人間なのかは分からない。

 一人増えたことだけは確かなのに、その場にいる者全員と面識がある気がするし、一緒に館に入ったような気がする。増えた一人は、違うはずなのに……。

 何とも、不気味な話である。


 ある日、この噂話を確かめるために、六人の少年が郊外の西洋館に踏み込んだ。

 彼らは二階建ての館の隅々を探索し、被った埃に時節咽たり、床を這いまわる百足に驚いたりもしたけれど、妖怪や幽霊、モンスターの類には出くわさなかった。

 館を全て調べた後、彼らは緊張した趣で、館から出る。

 そして、館の前で、人数を数えた。

 入った時は、六人だった。

 ならば、今も六人のはずだ。

 しかし――――。


「ひとり、ふたり、さんにん、よにん、ごにん、ろくにん……ななにん」


 一人、増えた。

 皆、青ざめた表情で、それぞれの顔を見る。

 館に入る前にはいなかったはずの人物は誰なのかを探すために。

 が、全員見覚えがある。

 一緒に、館に入った気がする。

 噂通りの怪奇現象が出現し、皆呆然とする。


「名前だ、名前はどうだろう」


 先ほど、メンバーの人数を数えた少年がそう皆に提案する。


「顔は全員見覚えがある。でも、名前はどうだろう。聞き覚えの無い名前の奴がいたら、そいつが増えた奴だ」


 このグループのリーダー格は、彼のようだ。

 他のメンバーも、少年の意見に賛同し、一人一人皆の前で、名前を言うことになった。


「じゃあ、まずは俺から。一宮太郎だ」

「一宮次郎だぜ」

「僕は一宮三郎」

「はあ……一宮四郎」

「マーガレット・ブラウン」

「一宮五郎!」

「一宮六郎だよ」


 駄目だ、全員聞き覚えがある。

 一宮太郎は頭を抱える。

 他に、どうやって増えた人間を見分けるというのだろうか。

 太郎には、ちっともいい方法が思いつかなかった。


「太郎兄さん、俺にいいアイデアがあるぜ」


 次郎は、坊主頭をつるりと撫でながら、そう言った。


「僕も、ベストなアイデアがあるよ」


 三郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。


「俺もベターな考えがある。聞くだけ聞いてくれ」


 四郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。


「私も素敵な考えを持っているわ」


 マーガレットは、金髪を風に靡かせながらそう言った。


「いいことを思いついた!」


 五郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。


「もう、僕の考えが最高だって、みんな分かってるくせに」


 六郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。


「なるほど、六通りのアイデアを全て試せば、誰が一人増えた者か分かるかもしれないな」


 太郎は、坊主頭をつるりと撫でながらそう言った。


「じゃあ、次郎から順番に試してくれ」

「任せろ」


「一人増えた奴は、この屋敷を出てからの俺たちしか知らない。だから、俺たちの過去をクイズ形式にして、解答できるかを見る」

「おお、賢い考えだ、次郎」


 次郎は、太郎に褒められて気恥ずかしそうに、鼻の下を掻いた。


「よし、まずは太郎。行くぜ」

「おう、来い」

「今日の朝食は?」

「サンドイッチだ」

「正解! 太郎は本物だな。次、三郎! 俺たちが土曜の夕方、必ずやることは?」

「めんこ」

「正解! 三郎は本物だな。次、四郎! 一番最後に俺たちで見た映画は」

「隠し砦の三悪人」

「正解! 四郎は本物だな。次、マーガレット!」


 マーガレットは顔を青白くしている。


「昨日の晩飯は――」

「に、にくじゃが、かしら?」


 ぎこちない笑みで、マーガレットは答える。


「昨日の晩飯は、肉じゃが、ですが――、一番最初に食べ終わったのは誰?」


 慌てた様子で、マーガレットはメンバーを順番に見る。


「ぎゃ、逆に聞くけどー、逆に聞きますけどー、次郎は本物だって証明しなきゃいけなわよね? 次郎、今日の朝食、一番最初に食べ終わったのは誰?」

「太郎だ」

「どうやら次郎は本物ね。私も問題に答えるわ。昨日の夕食、一番最初に食べ終わったのは太郎よ」

「正解! どうやらマーガレットは本物のようだな」


 マーガレットは、ほっと息を吐いた。

 その後、次郎は五郎と六郎にも問題を出したが、二人とも即座に解答した。


「駄目だ、誰が増えた奴なのかわからねえ」


 次郎は肩を落とす。七人の解答は完ぺきだったのだ。


「次は僕の番だね。顔、名前、記憶。ここまでで、違和感のあるものは、誰もいなかった。じゃあ後は、何を比べるのか。能力だよ、みんな」

「どういうことだ、三郎」

「うん。今まで僕たちは一緒につるんできた。今回もこのメンバーで、件の西洋館を探索した。でもさ、それって皆同じぐらいの能力を持っていて、足手まといがいないってことだよね。それぞれが自分の力量に自信を持っていて、なおかつ自分以外のメンバーの力量を信じているから、だから一緒に噂を確かめにいける」

「ふむふむ。それで、どうするんだ」

「だからね、みんなの前で自分の特技を披露するのはどうだろうと、僕はそう言いたいのさ。たぶん一人増えた奴は、明らかに劣った特技を見せるはずだから」

「それは面白そうだ。みんな聞いてたか? 自分の特技を今から順番に見せていくぞ」


 全員が了承した。マーガレットの顔はまた青くなった。


「じゃあまずは俺、太郎からだ。俺の特技は――」


 その場で、太郎は宙に飛びあがり、回転した。

 一回転、二回転、三回転。

 三回転を終えると、太郎は地面に帰って来た。


「さすが、太郎兄さんだぜ」

「うんうん、リーダーに相応しい特技だ」

「かっこいいぜ、太郎」

「あわ、あわわわわっ」

「太郎すごーい」

「憧れちゃいますよね、男として」

「おいおい、ほめ過ぎだよ。みんな。照れるなあ。次、次郎。やって見ろ」


その場で、次郎は宙に飛びあがり、回転した。

 一回転、二回転、三回転。

 三回転を終えると、次郎は地面に帰って来た。


「やるなあ次郎」

「うんうん、ナンバーツーに相応しい特技だ」

「かっこいいぜ、次郎」

「あばばばばば」

「次郎すごーい」

「憧れちゃいますよね、男として」

「おいおい、ほめ過ぎだぜ。みんな。照れちまう。次、四郎。やって見ろ」


 その場で、四郎は宙に飛びあがり、回転した。

 一回転、二回転、三回転。

 三回転を終えると、四郎は地面に帰って来た。


「やるなあ四郎」

「さすが、四郎だぜ」

「うんうん、ナンバーフォーに相応しい特技だ」

「あ……」

「四郎すごーい」

「憧れちゃいますよね、男として」

「ふん、褒めんなよ。照れるぜ。次、マーガレット。やって見ろ」


 ええ……と、マーガレットは困惑した表情をする。


「そ、そうだわ。三郎はどんな特技を持っているの? まずは、三郎から特技を見せてよ」

「僕がかい? まあいいけど」


その場で、三郎は宙に飛びあがり、回転した。

 一回転、二回転、三回転。

 三回転を終えると、三郎は地面に帰って来た。


「やるなあ三郎」

「さすが、三郎だぜ」

「かっこいいぜ、次郎」

「三郎すごーい」

「憧れちゃいますよね、男として」

「やだなあ、そんなに褒めないでくださいよ。あはは、照れちゃうなあ。次、マーガレット。どうぞ」

「もうやった」

「え?」

「さ、さっき三郎がやった時に私ももう特技披露したから! 空中で三回転したから! え、誰も見てないの、ひどいよー!」

「す、すまないマーガレット。俺は三郎の方を見ていたんだ」

「俺も三郎しか見てなかったぜ」

「三郎しか、見てねえな」

「ごめんねーマーガレット」

「三郎しかやってない。そう思っていた時期が僕にもありました」

「みんなひどいわ。私、もう特技は披露したんだから、これ以上は何もしないわよ」

「仕方ないですね」


 と、三郎は肩を落とす。


「では、五郎。どうぞ」


 こうして、五郎も六郎も空中で三回転したため、誰が一人増えたのか、特定することはできなかった。

 三郎はがっくりと肩を落とし、マーガレットは口笛を吹きながら、額の汗を拭った。


「俺は、本物のメンバーと、偽物のメンバーを見分ける方法を思いついた。それは、絆だ」


 四郎の低い声が響く。

 マーガレットはその声に、不穏なものを感じた。


「絆が一番薄いものが、偽物のメンバー、増えた奴だ。言い換えれば、一番の薄情者を

探せばいい」

「どうやって探すんだ?」


 太郎が四郎に聴く。


「そうだな……いつもの場所に行こう」


 いつもの場所、と聞いてマーガレット以外はピンときたのか、なるほどなあと感心した。

 マーガレットは、一泊遅れてな、なるほどねと大袈裟に首を振った。

 七人は、館から離れて一列に歩きだした。

 郊外から、更に人気のない所へ。

 すれ違う人の数も減っていき、歩く地面がアスファルトから土に変わり。

 そして、七人はいつしか鬱蒼と生い茂る森に、足を踏み入れていた。

 いつのまにか日も沈み、辺りはすっかり暗くなっている。

 マーガレットは不安そうに、時々後ろを振り返るが、そのたびに、他のメンバーに変な目で見られ、すっかり疲れていた。

 やがて、七人は橋に来た。

 今にも底が抜けそうなおんぼろの橋。

 下には川が流れている。

 雨が降っているわけでもないのに、川は何故か濁流のようだった。

 しかも、橋と川の高さはおおよそ十メートルは超えている。

 落ちたら、ひとたまりもない。

 マーガレットは尻込みしたが、他の六人がさっさと橋に進んでしまうので、慌てて後を追いかけた。

 橋は、ぎいぎいと鳴っている。

 今にも、崩れそうだ。


「今からここで、俺たちの絆を試す」


 四郎が、相変わらず低い声で話す。


「どう試すのか? 今からこの川に、全員で飛び込む」

「え?」

「何を驚いているんだ、マーガレット。変な奴だな。ただ飛び込むだけじゃ意味が無い。みんなで手を繋いで飛び込むんだ。偽メンバーは、死にたくないという浅ましい考えから、真っ先に手を放すだろう。逆に、本当のメンバーなら、仲間と一緒に死ぬっていうとても幸福なことで、手を離さないはずだ」

「え、ちょっと待って、え?」

「さっきから煩いぞ、マーガレット。どうだ、みんな俺の案」


「賛成だ。みんなと一緒に死ぬのは名誉なことだ」

 と、太郎。


「賛成だぜ。手を繋いで死ぬなんて素晴らしいじゃないか」

と、次郎。


「なんて賢いアイデアなんだ。尊敬しますよ、四郎」

 と、三郎。


「みんなで死ねばこわくないよー」

 と、五郎。


「僕はいっこうに構わん」

 と、六郎。


「い、嫌だ」

 と、マーガレット。


「おい、今嫌って言った奴、誰だ」

「マーガレットだ、マーガレットが言ったぞ」

「こいつが偽物だ!」


 マーガレットは慌てて逃げようとしたが、他のメンバーに取り押さえられてしまった。


「離して、離して!」

「俺たちの固い絆を壊そうとする偽物め! 恥を知れ!」

「下劣な奴め、嘘つきめ!」

「控えめに言ってクズですね」

「嫌いだな、そういうのは」

「君のことはあんまり好きじゃないなあ」

「しかし何故偽物に」


 マーガレットは自分を押さえつける六人の坊主頭を見ながら、絶望的な気持ちになった。

 川の流れはますます強くなり、溺れるどころか、落ちた瞬間、身体がバラバラになってしまいそうだ。


「みんな、この偽物をどうする!」


 太郎が、濁流の轟音に負けない大声で、他のメンバーに問う。


「「「「「処刑だ! 処刑しろ!」」」」」


 五人は声を揃えて絶叫した。

 マーガレットは必死に抵抗するが、体格差、何より人数差からまともな抵抗ができない。

 ついには、彼女は六人に持ち上げられてしまった。


「助けて! 助けて!」

「死ね、偽物め」


 太郎が言葉を吐き捨てると同時に、マーガレットの身体は轟轟と流れる濁流に向かって落ちて行った。




 恐怖で、マーガレット・ブラウンは跳ね起きた。

 全身にじっとりと嫌な汗をかいている。

 彼女は、きょろきょろと辺りを見回し、自分が橋の上ではなく、ましてや川に

向かって落下中でもなく、自分の寝室、自分のベッドの上に居ることに気づいた。


「良かった。夢だったのね」


 今度こそ、彼女は安心する。

 思えば、変な夢だった。

 イギリスで暮らしているはずの自分が何故か日本に居て、少年六人の中に混じり、偽物だとばれないように立ち振る舞う。

 寝る前に、スパイ映画を見たから、あんな変な夢を見たのだろうか。


「まあいいわ。悪夢のことはとっとと忘れて、早く寝ましょ」

 そう言って、彼女は体を倒す。


 そして、何の気なしに天井を見る。




 坊主頭の顔が六つ、じっとこっちを見ていた。





お読みいただきありがとうございます。

こういった短編を定期的にあげていきたいと思っています。

これからよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] マーガレットが名前からして怪しいなと思えば。 彼女の視点に立てば、めっちゃ恐怖ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ