二話 『神様はマジで理不尽』
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桜花欄間と咲き誇り、散っては春風とともに花吹雪く峰神市。春ということもあり、桜が満開に咲く季節。日本本土とはべつの日本の新大陸でも、四季はしっかりと存在している。
熱くもなく肌寒くもない丁度いい暖かさ。洗濯でも散歩でも良い日々を送れるだろう。
峰神市の桜並木通り、立派な桜木が綺麗に並び立ち、様々な店舗が立ち並ぶ道。石畳で正四角形やら長方形を縦横に地面の表面に敷き詰められ、中には鏡のような石畳が使われているところも見受けられる。
道幅は通りにしてはとても広く、道の中央には人口の小川が流れている。人工物にしては水の透明度はよく底が見えるほどだ。しかも藻とかで汚れてもいないから混凝土も新品のようだ。小川にしては若干深いが、小川周りにはちゃんと綺麗な模様の鉄柵で囲われており、向こう側に渡れる小さな石橋が架かっている。とても美しい通りだ。
「なんて美しい桜なんだ……」
一方で、和哉は美しい桜並木通りの周りの景色じゃなく、意識は桜一点に集中していた。
「いろんな街の桜を見てきたけど、峰神市のほうがより美しく綺麗だ……」
地図に絶対乗らない森からこの峰神市まで、姉様の言うとおり一週間はかかる距離だった。引っ越しとはいえ長い旅路となったわけだが、それでも楽しい旅ができたのも事実だ。
駅弁やらホテルの食事やら、次の電車の時間まで街の観光などをして満喫した。お土産はこれから暮らすマンションの近所に渡す分と自分の食べる分を買ったが、自分の私物とかが入った大型のバックパックに余裕で入ったので問題なしである。
姉様は一足先に峰神市に向かうと言って、引っ越しの途中で別れた。
地図替わりであった姉様なしで、峰神市までたどり着けるか心配だったが、それは杞憂に終わってよかったと和哉は安堵している。
峰神市に到着したのは今から三十分前のことだ。午後に突入して少し経ったぐらいの時刻だ。
和哉は現在、これから転入する学園へと向かっている最中だ。そう、向かっている最中、なのだが……偶然通りかかった桜並木通りの風景を嗜んでいたら、なんとも言えないくらい美しく立派な桜に見入ってしまった和哉は、数十分くらいはそこに留まっている。
そして、今に至るというわけだ。
「街の中だから大したことないと思ったけど。……ふむ。手入れもしっかりされてるし、やせ細っていることもなく、ちゃんと木全体に栄養が行き渡っている。そしてなにより、中で流れてる生命力の量がすごい! それに質も良いと来た。……、少しもらっとこ」
見入りながらも、和哉は桜の幹に手を添える。
ちなみに、生命力というのはこの世界にとってエネルギーの一種だ。生きとし生きるものが持つ命の力と言っておけばいいだろうか。まあ、生きているなら誰でも持っているものだ。
それを取り込み、体内で魔力やらなんやらに変換する。生命力単体ではなんの効果も持たないので、こうして取り込んで体内で変換するという非常に面倒な工程をする必要がある。本当は変換専用の機器を用いる必要があるのだが、和哉は機器なしで変換することができる。
「桜さん、ありがとう。もっと嫌がられるかと思ったけど、満更でもなくて安心したよ。急に驚かしちゃってごめんな」
和哉は感謝の意味を込めて桜の幹を優しく撫でる。
言っておくが、べつに和哉事態可哀そうな人ということではない。常人にはわからない話だが、植物にも意思みたいなものがあるのだ。と言っても会話できるわけでもなく、感情が読めたりもしない。力を取り込む際に引っ張られるか、自ら流し込んでくるか。まあ、押すか引っ張られるかの感覚だけで判断するのだ。
和哉が味わった感覚は、数秒だけ引っ張られたが、あとから押すように流れ込んできた。
この街の桜はとても優しかった。
ああ、この街なら馴染めそうだ。
和哉は内心でそう思いながら笑みを浮かべる。
「ママー、さくらのきとおしゃべりしてるひとがいるー」
「しッ! 見ないふりをしなさい……ッ!。頭がおかしくなるわよ……ッ!」
……。
なじ……めるのかな?
和哉の馴染めるという確信は、一瞬にして曖昧へと変わってしまった。
「……。木としゃべってると頭がおかしな人に見えるのか。今度からは気をつけよう」
考える仕草をし、即座に和哉は反省する。今後は公共の場とかでそんな素振りを見せないようにと脳内に記憶しておく。幸い見ていたのはあの親子だけだったようで、道行く人たちの視線は感じられない。取り合えず頭の可笑しい人という話は、あの親子の中だけで終わりそうなのでよかった。もし学園の生徒に見られていたら平和な学園生活も危うく消えるところだった。不幸中の幸いとでも言っとこう。
「姉様め、植物に話しかけてる男はモテる、って、まるっきり嘘じゃねえか。マジでくだらない茶番に付き合っちゃったな。なにが提案だよ……デタラメ吹き込ませられただけじゃんか」
姉様へ少し恨みを吐きながらも桜から手を離した和哉は、降ろしていた重いバックパックを軽々と持ち上げて背負う。
「……ま、愚痴っててもしょうがないか。学園までまだ距離もあることだろうし、ゆっくりいきますか。……いや、早めに手続きを終らせてゆっくりしてもいいな」
呑気にそんなことを呟く和哉は、目的地である学園の方向に足を向けて歩き出す。
新しい発見に満ち溢れる土地、峰神市。そして、自分が新しく住まう街でもある。和哉はそんな街の風景を堪能しながら地面を踏みしめて、一歩ずつ学園へ進んでいく。
くたくたになった和哉のお気に入りスニーカーは、神域から峰神市までの長旅を意味していた。長い間つきあったスニーカーともこの街でお別れ。潮時というものだ。これからもこの靴を使い続けることはできないだろう。思い入れのある靴だから捨てる気は一切ないけど、やはり愛着の湧いた物が使えないのは少し残念だったりする。思い出深い品だけどこれだけは仕方がないことだ。諦めるしかない。
それに、これしきのことで落ち込んでいる暇なんてない。目の前には楽しいことが大量に散乱しているのだ。この楽しみを味わわないでいつ味わうというのだ。これから通う学園ならきっと新しい発見がたくさんあるに違いない。
気兼ねなく会話できる友達を、とくに女の子の友達を作りたいと和哉は思っている。そんな高揚感にも似た、浮ついた気分のまま学園へ向かう。
「さて、今度はどんな発見があるかな」
なんて楽しそうに呟いた和哉の笑顔は、数分後には消えていた。
こんなことは誰しもはあるのではなかろうか。例えばの話。神様に望む結果を願ったけど、その真逆の結果が訪れたという話を。それが今、和哉が置かれている状況だ。
「誰かに言ってやりたい。神様はマジで理不尽だ……」
絶望に満ちたような表情で呟く和哉。
彼もまた、平和な日常を送りたいと願った一人だ。朝一の電車に乗ろうと駅に向かっていたところ、小さな神社を見つけてなんとなくお賽銭入れてお参りしてきたぐらいだ。
今日は良い事がありますように、となんともありがちな願いをしてだ。
だけど現実は違った。
桜並木通りを過ぎ、店舗が多い大通りを歩いて景色を楽しみながら和哉は歩いていたら、中層ビルの壁が独りでに崩壊し、瓦礫が和哉目がけ降ってきた。
和哉はそれに気づいて避けようとしたけど、ビルの中から突然現れた筋肉ムッキムキの男になぜか拘束され、人質にされてしまったのだ。
「諦めるんだ、尾田ッ! 大人しく投降しろ!」
おまけに警察にも囲まれる始末だ。
「ち、近づくな動くなアアァァァァァッ! 一回でも怪しい動きを見せてみろ! こいつの首をへし折ってやるからな!」
へし折るだってよ。はっ、笑えるぜ。と、絶賛神様を呪っている和哉は内心鼻で笑った。
楽しく平凡な日常というのどかな理想は一瞬にして消え去り、戦いという荒んだ単語が和哉の脳裏を過る。いや、そこまで平和な人生は送れないとは多少なりとも自覚はあった。だから少しでも新しい地域でちょっとだけでも血生臭くない平和な生活を送ってみたかった。
いや、それは諦めるしかないか、と和哉は内心で呟く。
「だめだ! あの男、興奮状態だ。ヘタに刺激したらあの少年が死ぬかもしれない!」
「追い詰めたと思ったらこれか! 全員、銃をおろせ! 少年にあたったら元も子もない!」
「なにか手はないのか!?」
サイレンの音が鳴り響いている中、警察は慌ただしくしている。
きっと和哉を思って必死になって打開策を考えているのかもしれない。考えに考え、刑事たちの実績と経験で培ったものをフルに活用して打開策を考えている。そのかわり、なにもできないことを悔しがっている刑事と警察官たちの表情が和哉の瞳に映る。
「………………」
……なにもできないってつらいよな、と和哉は内心で呟いたと同時に、自分の中でなにかが沈んでいく感覚があった。もう平和な暮らしという願いがどうでもよくなるくらいに。
時間が経っていくうちに野次馬が徐々に集まり始めている。ごく少数の人数だけど人盛りができるのも時間の問題かもしれない。あまり騒ぎを起こすなよ、と姉様に釘を刺されていることもあって長居はできない。とくにニュース番組や住人に写真を取られるなとも言われている。それは守らなければいけないと和哉は思い、
「なあ、おっちゃん」
「あ?」
「いつになったら解放してくれるんですか?」
さっきから警察が言っている尾田という人に説得を試みる和哉。きっと頭に血が上っていて錯乱しているのだ。どうしても動揺を隠せないでいるので、判断力も鈍っていることだろう。一言一言に敏感に反応するので、言葉には十分気をつけないといけない。
ちゃんと話せばわかってくれる。そう信じて和哉は尾田に訊く。
「うるせぇ! ガキは黙ってじっとしてろ! ヘタに逃げようとしたら殺すからな!」
「えぇ……」
一瞬希望を失ったような感じがしたが、これしきのことで怖気づいてはいられない。和哉は意を決して、尾田というやらにもう一度訊いてみることにする。しっかりとした理由も着けて。
「お願いしますよ。今日は予定がいっぱい詰まっているんです。学園に転入の手続きをしなくちゃいけないし、新居にも早くいって荷物を開けたりして片づけしないと――」
「うるせぇっつってんだろ! 新居がどうとかしったこっちゃねぇ! これ以上しゃべったらマジで殺す! わかったな!」
「えぇ……」
あ、もう無理です、と和哉は内心で諦めた。というか現実を見ようと心からそう思った。
人質にされているのなら説得したところで開放してくれないのは当然だ。相手の身勝手な感情で命を握られている状態なのだから、今の和哉は完全な物として認識しているのだろう。一人の人間として扱われてはいないのだ。
だから、和哉が取る行動は一つしかなかった。荒事は避けたかった和哉だったが、これしか方法はない。尾田という男には悪いけど、人質ごっこには長くは付き合ってはいられない。
なので勝手に逃げようと思う。
「そういうことなら、おっさん。自分は勝手に逃げるんで、あとはよろ」
和哉はそう言って尾田の腕の中から強引に出ようとする。
「お、おい! 逃げようとすんじゃねぇ! 殺すといっただろ! あ、暴れんな!」
逃げようとする和哉を必死に抑えつける尾田。抜け出そうとしている和哉を、腕の力をさらに上げ、強引に抑えつける。
「グェ……! ちょ、そんな強く〆られたら苦しいじゃないですか! 出れない出れない! は、放せって! 俺は用事があるって言ってるじゃんか! 立ち往生してる暇ないんだって!」
和哉は拘束を強引にでも解こうとして腕の中で暴れまくる。身体を捩ったり、自分の力で腕の中に隙間を作ろうとして動かそうとする。しかし、腕は鉄骨の如く、軋む様子もなくビクともしない。おそらく、尾田という男はなんらかの身体強化の異能力者なのだろう。人間の腕力ではありえない力だ。普通ならこの男程度の体格なら腕が動いでもおかしくない。常人で武術の達人であっても寝技に持ち込めないだろう。普通に無理だ。
和哉は、それをどう対処するか思考を凝らしながら暴れる。
「おい、様子が変だぞ?」
「あの少年、抜け出そうと暴れていないか?」
「なにやってんだあの少年は! 自殺志願者にもほどがあるぞ!」
警察も和哉の予想外な行動に動揺を隠せないでいる。銃をおろしていた警官も構え直そうとする。だけど、それを尾田が見逃すわけがない。
「変な動きをするなってさっき言っただろうがああァァァァァァァ! テメェもこれ以上変な動きをするようならぶっ殺すからな!」
尾田の雄叫びのような忠告に、警察も再び制止する。まるで金縛りにあったかのように、汗を滲ませて少年を助けるという衝動を必死に抑えつつ尾田から距離を取る。
さすがに尾田の殺気を帯びた怒声と、腕の絞める力が強くなったのを感じ取った和哉も、拘束を強引に解くことを止めて、おとなしくする。何事にも限度があったということだ。
「そう、そうだ。最初から大人しくすればいいんだよ。次はないからな!」
激情によって体温が上がった尾田の額には汗が滲んでいる。拘束されている腕の中からでも心臓が脈打つ音が聞こえている。かなり興奮しているのがわかる。
だけど野郎の腕の温もりを味わっているほどの趣味はこれっぽっちもない。女の子の温もりなら大歓迎なのだけど、男は鳥肌ものだ。
和哉は、もう無理だな、と内心で思いながら久々に大きな溜息をつくのだった。
ご静読ありがとうございました!
さてさて和哉は一体なにを見せてくれるのでしょうか。楽しみですね。