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絵本屋さん  作者: 優希
白い思い出
2/8

美里


何をするにも、億劫になった。


彼と出会ったのは、小学生低学年の時だ。

たまたま隣の席だった彼と意気投合して友達になった。

母親同士も馬が合ったらしく、家族ぐるみで遊ぶことが増えた。

小学生なんて単純なもので、過ごす時間が長く優しい相手に、ころっと恋に落ちる、

それはわたしも例外ではなく。

彼は、優しかった。

わたしにだけじゃなくて、皆に平等に。

誰に対しても優しい彼を、わたしは好きになった。

そして、あの日。

彼とわたしが付き合った日だ。

学校は祝日でお休みだったが、彼とわたしは一緒にいた。


「砂場の下に何が埋まってるか調べようぜ」


彼がネットの検索などで満足しないのは、二年弱の付き合いで知っていた。

それに、そんな子供っぽいところも、好きだった。


「わかった」


近所の公園に彼を案内した。

砂場で穴を掘る、という幼稚なことをする彼の横顔は、真剣だった。

わたしは思わず見惚れていて、彼に「手が止まってる」と注意されることが何度かあった。

手を動かしつつ、彼の横顔を盗み見る。

その瞬間、目が合った。

わたしも彼も手が止まる。

彼は首を傾げて聞いた。


「俺の顔、何か変?」


「元から変だけど」


「うっせー」


この程度のじゃれ合いは日常のものだった。

わたしは、そのまま作業に戻る。


「さっきから何か見てるから気になるんだよ」


わたしの手が止まる。

彼の方を見ると、彼はわたしを見ていた。

見てないし。

そう返そうとしたが、私は全く違う言葉を吐いていた。


「わたしと付き合わない?」


素っ気ない告白だった。

そもそも、好きです、とか可愛い告白は、わたしたちに似合わない。

わたしたちには、いや少なくとも、わたしには、これが合っていた。

彼は、顔から砂場に倒れ込んだ。

謎の行動だ。

わたしが困惑していると、彼は起き上がって目を逸らしたまま、言った。


「いいよ。でも、皆には秘密な」


理由は恥ずかしいから、ということだった。

わたしは頷いた。


「嘘を吐くと、閻魔様に舌を抜かれちゃうんだよ」


わたしがそう言って笑うと、彼も笑った。

彼の笑顔を見ながら、閻魔様に舌を抜かれるくらいならいいかな、なんて馬鹿げたことを考えていた。

こうして、わたしたちは、付き合うことになった。





小学生高学年になると、話す機会は激減した。

クラスが離れてしまったという理由もあったが、何より、彼がわたしを避けるからだ。

彼を見ても、さり気なく視線を逸らされてしまう。

理由を聞くと、「恥ずかしいから」と彼は答えた。

嫌われたわけではないことに安堵したわたしは、彼が慣れるのをひたすら待った。

学校で話せなくても、誕生日やクリスマス、バレンタインなどのイベントではプレゼントを交換したりはしていたし、付き合っていることがいち早くバレた彼の母とわたしの母が協力して、遊びに行く機会も増えた。

わたしは、それだけで十分幸せだった。





中学生になると、彼と知らない女の子の噂が流れ始めた。

それも、複数。

公言してないにも関わず、わたしと彼のことを知るひとは多かったので、たくさんの情報が聞かなくても入ってきた。


「何か、噂流れてるみたいだね」


「ただの噂だよ」


「でも……」


「ただの噂だって」


その声色は明らかに面倒がっていて、わたしは慌てた。


「噂だったらいいの。ごめん、疑って。じゃあね」


それからも、色んな子との噂が流れ続けたが、わたしにはどうすることも出来なかった。


別れよう。

そう決意した原因は覚えてない。

多分、もう疲れたんだと思う。

わたしは彼に電話をかけた。


「わたしのこと、好き?」


恥ずかしがり屋の彼が、好きだと答えられないことは知っていた。

それなら別れよう。

そう告げて電話を切る予定だった。


『好きだけど?』


しかし、電話越しに聞こえた言葉は、わたしの予想を裏切るもので。

言葉を失うわたしに、『あれ?もしもーし』と彼に照れる様子はない。


「……部活に入って、チャラくなったんじゃない?」


辛うじて声を出したわたしに、彼は笑った。


『そうかもな』


ようやく、別れる決心がついたというのに。

なんで、狙いすましたように、今、それが言えるようになるんだろう。


『なんで、急にそんなこと聞くんだよ?』


能天気な彼を少し呪いながら、わたしは答えた。


「うん、まぁ……。わたしも好きだから」


『……知ってるよ』


その日から、会話が甘くなることが増えた。

その勢いで、映画を見に行った。

デートだ。

二人きりで出掛けるのは、初めてだった。

初めてで、そして、最後でもあった。





デートから二か月後、五月のことだった。

教室で、彼がわたしの席まで来た。

珍しいこともあるもんだ、とわたしは彼を見上げて「何?」と首を傾げた。


「これ」


拳を突き出され、その下に手をやると、手のひらに何か落ちてきた。

それは、メモの切れ端のような小さな紙切れだった。


「何?これ」


聞いたが、彼は黙ったまま席に戻っていってしまった。

そのメモを開く。


『急に悪いけど、別れてくれない?』


その日、わたしは早退した。

風の冷たい日だった。


きっと、何か間違えたんだな。

わたしは冷静にそう考えて、泣いた。

あの時、別れておけば良かったんだ。

甘い言葉もデートも何もなかったあの頃に、別れておけば。

そうしたら、わたしは泣かずに済んだ。

こんなに、苦しくなかった。

『好き』って言ったくせに。

そう言って、私の決意を握りつぶしたくせに。

わたしは、何時、何処で、何を、間違えた?

どれだけ、間違いを、重ねてきた?

その紙切れの文字を何度読み直しても、理由は浮かんでこない。

わたしの好きなその文字が、わたしの心を切りつける。


別れてなんか、やるもんか。


切りつけられた心の傷から、汚い感情が這い出てくる。

わたしが返事をしない限り、別れたことにならないはずだ。

わたしは、絶対に返事をしてやらない。


次の日、わたしは学校に行った。

絶対に、彼と話さない。

そう決めていた。

でも、彼がわたしとのことでからかわれているのを見た。

わたしは慣れていたが、彼は?

友達が大事な、彼女との約束よりも友達との約束を優先するような、彼は?

きっと、すごく辛いんだろう。

わたしは、彼に近づいた。


「別れよっか」


言葉はするりと出てきた。


「……おう」


わたしの大好きな声が、そう答えた。

こうして、わたしと彼の交際は終わった。

四年もの付き合いが、たった一枚の紙切れであっさりと終わるほど、わたしたちの関係は浅かった。

ただの、口約束に過ぎなかった、というわけだ。

涙で視界が滲んで、あぁ、わたしは泣き虫だな、と他人事のように思った。


その日から、もう一年が経とうとしている。

でも、彼との思い出を詰めた箱はまだ、捨てることが出来ない。

誕生日にもらったものも、ふとした時にもらったシールも、買ってきてくれたお土産も、別れを告げられた紙切れでさえ。

わたしはまだ、捨てることが出来ない。

そして、思ってしまうんだ。

わたしの、この一言は、この行動は、間違えていないだろうか。

この決断で、何かが崩れてしまったりしないだろうか。


─────何をするにも、億劫になった。


だから、ふらりと迷い込んだ町で、心惹かれるこのお店に入るのも、すごく悩んだ。

でも、わたしは変わりたいの。

彼のことに整理をつけて、わたしは変わりたいの。

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