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平和な村に突如として舞い降りた死の恐怖、断ち切れない疑惑の連鎖。
恐ろしい満月の夜、人々は怯えることしかできない。
血の匂いを嗅ぎつけた獣たち、繰り返されるいくつもの轍。
「わたしは、人間です」
絶望の最中、信じられるものなど何ひとつ無い。
愛する者さえも。
人々は終わらぬ悪夢から逃れる為に自らの手を罪に染めた。
刻一刻と近づく死神の影に
贖罪は、届かない。
「小さな赤ずきんの話を知っているか?」
隣の宿で馬番をしているオートがそんな話をもちかけてきたのは、先日、偶然ぼくが家から出た時間と彼の休憩時間が重なったときだった。
オートはいつも質素な成りをしていて、馬番という低給な仕事はもういい加減辞めたいといつもぼやいているまだ20そこそこの若者だ。
「小さな赤ずきん?」
さして急いでいるわけでもなかったぼくは足を止めて彼の話を聞くことにした。
話好きのオートが何の脈絡もなく突然声をかけてくるのはいつものことで、今さら驚きもしなかった。
ぼくが足を止めたのに気を良くしたのか、オートは饒舌に話し始めた。樽の上に座り、プカプカとパイプをふかしていた。
あのパイプ草の香りは、そうだ、確かいつかの朝早くに煙草屋の娘エリサに届けたものだ。彼女はそれを上質な紙で包みながら「隣町で輸入している貴重なものなの。無事届けてもらえて良かったわ」と言っていた。
オートはパイプ好きであれに費やす金は惜しまなかった。話好きの彼は宿の客に気に入られ、葉巻を分けてもらうこともよくあるのだと言っていた。
「赤いずきんを被った女の子の話さ。昔々、ある小さな村で女の子が母親と一緒に暮らしていたんだ。その子は母親が縫ってこしらえた赤いずきんが好きでよく被っていたそうだ。だからみんなからは『赤ずきん』と呼ばれていた。ある日のこと赤ずきんは母親に頼まれて森を抜けたところに住んでいるおばあさんのところにお遣いに行ったんだよ」
「子供ひとりで森に入ったのか」
この辺りの村を囲む森は深く、暗い。
子供をひとりでそんなところにやるなんて、母親はいったいどんな神経をしているのかと至極当たり前のことをぼくは思ったのだが、オートは首を振った。
「もう何年も前の話だ。森はここまで広がってもいなかったし、今程生い茂っていたわけでもなかった」
何故ぼくよりも若いオートがそんな話を知っているのかはわからなかった。
宿の客に聞いた話だったのかもしれないし、あるいは彼の作り話だったのかもしれない。
だがぼくはオートの話を信じた。
他人からお前は人を信用しすぎるとはそれはもうよくよく言われているのだが、いかんせん何が真実で何が虚偽なのかを見分けることはぼくにとっては難題だった。
「だが、女の子は家に帰って来られなかったんだよ」
「何故だい?」
「さぁね。女の子は帰ってこなかったんだ、真実は誰も知らない。けれどこう言われているよ」
オートは何かとても面白い、謎の種明かしでもするかのような面持ちで楽しそうに言った。
「女の子のおばあさんは彼女が訪ねていくずっと前にもうすでに生きてはいなかったんだ」
「うん?」
「人狼に食べられてしまっていたんだよ」
「人狼」
人狼、人間を食らう狼の化け物だ。
古くから人々は人狼に悩まされてきた。
人狼は人間のフリをして村に混じり、夜ごとに、まるで遊びを楽しむようにひとりずつ村人たちを食べていく。ぼくらはみんな幼い頃からそんな人狼の話をきいて育ってきた。脈々と言い伝えられる忌まわしい村々の歴史だ。
「あぁ。人狼はおばあさんを食べ、おばあさんの皮を被ってそっくりな姿で生活していたんだ。そこに訪ねてきたおいしそうな女の子、もちろん人狼は赤ずきんを食べた。その後人狼は女の子の皮を被っておばあさんの住んでいた村の住人たちを次々と食べていったんだ。村人たちの抵抗も虚しく、村は滅んだ」
オートはおしまい、と手を広げた。
「それで終わり?随分と暗い話なんだな」
「現実なんてそんなものだよ。でも考えてみろマシュー」
オートはそこでぼくの名前を呼んだ。
「森の向こうのどこかの村が犠牲になったおかげで、俺たちの村は無事だった」
あたかもハッピーエンドかのようにオートはそう言った。
「今も人狼は誰かの皮を被って生きながらえているのかもしれないな」
他人事のように笑った彼。
うまそうにパイプを吸って、煙を吐き出した彼。
そろそろ仕事に戻ると馬小屋に戻って行った彼。
オートは、昨夜死んだ。
『Are you a were wolf? -A red girl ghost lives in the village-』
ぼくが住んでいる小さな村は村人全員が顔見知りな程人口が少ない。
オートは馬番として雇われていたが、誰かに雇われて働いていたのは彼くらいのものだった。
例えばぼく、ぼくは村の郵便配達人だ。
村内の配達は全てぼくひとりが行っている。
もっとも、誰もが気安く行き来できる距離に住んでいる為、村内での個人間による配達はほとんどなく、森の外からぼくの家に届いた郵便物を村人たちに配るのがぼくの仕事だ。
村の外からの郵便物なんてそうあるわけもなく、暇なことも多かったりするのだが、煙草屋のエリサに隣町から届いたパイプ草をぼくが運んでいったのはそういう理由だった。
そんなわけで、その陰惨な事件はその日の朝のうちに村全体に広がり、村人たちはみんな集会場に集まった。
「この村は完全に封鎖された。これより先、何人もこの村から出ることも入ることも許されない」
深刻な面持ちで村長のハリスはそう言った。
ハリスはぼくよりもいくつか歳が多いだけなのだが村長を任されていた。他のみんなと同じように代々家に受け継がれている役職を継ぐ番が来ただけ、と本人は言っていたがハリスはリーダーに向いているとぼくは思う。
「いったい何が起こったんですか」
ぼくはそう聞いた。
昨夜村で死んだのはオートだけではなかったのだ。
「4人が命を落としました」
村医者のルーベルが言った。彼の顔は青ざめている。
「門番のジェイ、馬番のオート、果樹園のテリ、煙草屋のゴート」
あぁ、それでか。
ぼくは妙に冷静に納得した。
エリサがずっと泣いている理由がわかった。ゴートはエリサの父親で、ずっと二人で暮らしてきたのだ。
4人。
4人も。
4人がもういないなんてとても信じらなくて、どうしても実感がわかない。
ジェイは仕事の関係上よく話をしたし、テリにはいつも果物をわけてもらっていた。ゴートは無口で頑固者だったがエリサとは本当に仲の良い親子で、両親が早くに他界したぼくには羨ましかった。
それに4人がいなくなったということはこの村に残った住人はたったの14人になってしまったということだ。
村の住人たちはぼくのように早くに家族を亡くしている者たちばかりだった。だからこそ、まるで家族のように、肩を寄せ合って暮らしてきたのだ。
それなのに。
「彼らはみんな、獣にかみ殺されています」
言い辛そうにルーベルは言った。
「おそらく、狼だと」
「狼・・・」
ぼくはオートの話を思い出した。
『人狼に食べられてしまっていたんだよ』
「まさか人狼が・・・」
「馬鹿言うなよ」
思わずつぶやくと、墓守のイリアに睨まれた。
イリアは顔に似合わず荒々しい気性の少女だった。村人たちはみんな死ぬと彼女によって村の一角の墓場に埋葬される。
羊飼いの双子リオとジオがイリアの影から顔を出してぼくを覗いた。
双子はまだ幼く、イリアと一緒に暮らしていて、彼女を姉のように慕っている。
「人狼の噂はもうここ何年も誰もきいていないって話だぜ」
文句あんのかコラ、そんな言葉が語尾につきそうな不機嫌さでイリアは言った。
部屋はシーンと静まり返った。
エリサのさめざめとすすり泣く声だけが時折沈黙を破る。
「あの・・・」
ルーベルが、またも言い辛そうに声を上げた。
「彼は誰ですか」
ルーベルの視線の先をたどると、確かに、見慣れない人物がいる。
仮面をつけ、見慣れない服を纏った見るからに怪しい人物が壁にもたれて立っていた。
彼の周囲には誰も近寄っていない。みんな彼は誰なのかわからずに警戒している様子だった。もっともぼくは、ルーベルが指摘するまで彼の存在に気づかなかったのだが。
なるほど、いつもボンヤリしていると誰かに言われるたびにそんなことはないと思っていたのだが、これは考え直す必要がありそうだ。
「旅芸人のアスラと申します」
彼は独特な発音でそう名乗った。
「旅の途中で立ち寄り、昨晩は宿屋に泊まっていたのですが、今朝門が封鎖された為村から出ることができなくなったのです」
異国の訛りだろうか、それが彼の怪しさを増長させていた。
「昨夜宿に泊まったのは彼ひとりか?」
ハリスの問いに、宿屋の主人デイルは小さく頷いた。アスラの反応を伺っていたようだったが、彼は何の反応も示さなかった。異様な仮面のせいで表情は読み取れない。
「狼による襲撃だとわかったのなら封鎖を解いてもらえませんか」
アスラは村での厄介事には関わりたくないと思っているようだった。それはそうだ。
「そういうわけにはいかない」
ハリスはアスラを疑惑の眼差しで見つめる。なんとなく、ハリスも不自然に感じているのだろう。狼が出没して、4人も殺されているのに目撃した人物や不審な物音をきいた人物が誰ひとりとしていないことに。
「狼がいるとわかった以上、気安く村を出るのは危険だ」
気遣っているはずの言葉だというのに、まるで心が籠っていないことにアスラも気づいたはずだ。しかし彼は肩をすくめただけで黙って引き下がった。
「だが村中を探しても狼どころか足跡すらない。そこが奇妙なんだよなぁ・・・。例え奴らが森に戻ったとしても人の味をしめたらまた来るぞ」
狩人のダニエルにいつもの陽気さはなかった。彼に暗い顔は似合わない。そのことがより一層、みんなを不安にさせた。
再び場は静まり返る。
そのときだった。
ギィ、と建て付けの悪くなりかけている集会場の木の扉が開いた。
全員の間に緊張が走る。
ぼくも、なんとなく身構えた。
「あら、みなさんおそろいのようですね」
静かな口調で入ってきた全身黒ずくめの人物をみて、ぼくの緊張は解けた。
だが、みんなの様子は変わらない。
「嫌ですね。みなさん、わたくし何かしまして?」
黒いベールからのぞく真っ赤な唇が歪むように笑った。ベール越しに幽かに見える彼女の瞳には光が灯っていない。
村の外れにひっそりと暮らす盲目の占い師、イザベラだった。
「イザベラ・・・」
ハリスが何かを言いかけて口を開いたが、言葉が続かずにすぐに黙ってしまった。
イザベラが家の外に出てみんなの前に姿を現したことはぼくが知る限り今までで一度だって無かった。彼女の取り寄せる品を届けてさえいなかったら、顔すら知らなかったかもしれない。
謎に包まれている彼女を村人たちは魔女と噂して遠巻きにしていた。
彼女が実害を及ぼしたことは唯の一度も無かったが、誰とも関わろうとしない姿、不気味な出で立ち、時折遠方から噂を聞きつけて占いを求めやってくる人々(その人たちはみんな切羽詰まった様子だった)、その全てがイザベラという人物を疑わしい存在にしていた。
「その、何故・・」
「何故わたくしがここに来たのか?」
外に出ようとさえしなかった彼女が集会場にきて、更にぼくたちと言葉を交わしている、それも現状の異様さを引き立てていた。
「わたくしは占い師です。知っていますよ。村人4人が命を落としたこと、彼らを殺したのは何であるかも」
誰も、イザベラにそれを教えることはできなかったはずだ。わざわざ彼女と関わろうとする者がいないということもあるが、今朝起きたばかりのことだ。教えられるはずもない。
それでも、イザベラがそれを知っていることには誰も驚きはしなかった。
それが、彼女が魔女と言われる所以だ。
「わたくしは自分の役割を果たすためにここにきたのです」
「あいつらを殺したのは狼だろ?」
ダニエルは不審そうな目で無遠慮にイザベラを眺めまわしながらそう言った。
他のみんなはじっと事の成り行きを見守っている。ぼくを含めて誰も、他にこの場でイザベラに話しかける勇気のある者はいなかった。
「ですが貴方もおかしいとお思いのはず」
イザベラの見てはいないはずの視線がダニエルを撫でる。わずかに、ダニエルの肩が震えた。
「えぇ、彼らを殺したのは厳密には狼ではありませんわ」
イザベラのその発言にみんながとった反応はそれぞれだった。
ぼくは息をのんだ。
どうしても頭をちらつくのはオートの話だ。
イリアはチッと小さく舌打ちをした。さすがのイリアもイザベラに噛みつく気にはなれないらしい。
リオとジオは肩を寄せ合って不安そうにイザベラを見つめている。
兄妹でパン屋を営むチャールズとメリッサはずっとエリサを慰めるように寄り添っていたが、イザベラの言葉に顔を上げた。
チャールズはエリサの恋人で、メリッサはエリサの親友だ。
エリサの身に起きた不幸は二人にも衝撃を与えたに違いなかった。
「では何者なのですか?」
鍵番のノアが静かに切り出した。
村のあらゆる場所の鍵、そして情報を管理するノアはハリスの親友でもあり、たびたび助言もしているようだった。
いつも温和で、優しげな話し方をする賢いノアを信頼している村人は多い。彼はこの事件に酷く心を痛めているようだった。
「気づいておられるでしょう」
イザベラの口調はどことなく楽しげで、エリサの肩を抱くメリッサは非難するように眉をひそめた。
「人狼が、戻ってきたのです」
集会場は騒然とした。
ぼくはただ茫然と、イザベラを見つめるばかりだった。
そして彼女と確かに目が合った、と思った。
何でも知っている彼女は、ぼくがオートからその話を聞いたことも知っているのかもしれない。
「お前、何でさっき人狼なんて言ったんだ」
隣にいた画家のジュノーが険しい顔でぼくに囁いた。
ジュノーは村で特に親しいぼくの友人だ。
「オートが、前にしていた話を思い出して・・・」
「オートが?あいつ何か言ってたのか?」
「いや、多分偶然だ。でも確かに人狼が出てくる昔話を」
「あいつらはもういない!」
イリアの怒鳴り声にぼくらの会話はかき消された。
「お前適当なことを言うんじゃない!そうだ、マシュー!」
「えっ」
イリアの怒りの矛先がぼくに向けられる。
「こんな偶然があるか!お前、あの魔女とグルか!?」
「いや・・・」
イリアにはいつも怒られてばかりだが、今日の彼女は殊更虫の居所が悪いらしい。
焦って、何とか落ち着けようと考えるもうまく言葉がでてこない。
「わたくし、その方どころか村のほとんどの方とここ数年口もきいていませんわ」
「うるさい!そんなの知るか!」
イリアのあまりの怒り様に、リオが彼女の服の裾を握りしめた。
双子の泣きそうな顔を見て、イリアは我に返ったように黙った。黙ったが、イザベラをじっとりと睨む目は変わらなかった。
「そ、そんな・・・じゃあ父さんは人狼に・・・」
「エリサ、もう休もう。ずっとここにいることはないよ」
「そうよ。私たちが一緒に行くからもう出て行きましょう」
チャールズとメリッサはエリサを支えて出て行こうとしていた。
「お待ちなさいな」
イザベラが軽やかな口調で3人を止めた。
「何だよ」
イザベラに怯える妹とエリサを庇うように、チャールズは2人の前に立った。
「人狼は人の皮を被り村に忍びこむ。本人とは見分けがつきませんわ」
「何が言いたい?」
「理解が遅いわね、パン屋の坊や。人狼は必ずこの中に紛れ込んでいますわよ」
一瞬だけ、時が止まったように思えた。
自分の鼓動がいやに鮮明に聞こえて、他の音が何も聞こえなくなる。
次に、バクバクと早くなる心臓の音。
ぼくにしか感じていないはずの、ぼくの心臓の音が隣に居るジュノーにまで届いてしまいそうだった。
「そんな・・・」
ジュノーと顔を見合わせる。
彼は何を考えているだろう。
もしかしたら、ジュノーが人狼かもしれない。イザベラの言っているのはそういうことだ。
でもぼくには彼が人狼だとはとても思えなかった。
いつもと変わらない、冷静で思慮深い彼だ。
ジュノーの目に、ぼくはどう映っているだろう。ちゃんと人間に見えているのだろうか。
「おわかりいただけたかしら?つまり貴方は外に出て誰の目にもつかないところまで行ったら彼女たちをパクリと食べてしまうかもれないでしょう」
「俺は人間だ!!」
チャールズは上ずった声で叫んだ。信じられない、という目でイザベラを睨んでいる。
当然だ。
そんなことは今の彼らにとってあまりにも酷だ。
「そうかもしれませんわ。でももしエリサちゃんが人狼だったら?危ないのは今度は貴方の方でしてよ」
「よくそんなことが言えますね・・・」
普段はおとなしいメリッサが兄を押しのけて前に出た。
目に涙を浮かべながらイザベラと対峙する。
「兄は人狼なんかじゃないです。もちろんエリサも」
「そうかもしれませんわ」
イザベラは繰り返す。
「でも貴女が人狼かもしれない」
メリッサの瞳からはとうとう涙がこぼれ落ちた。
エリサはその場にしゃがみこみ、再び泣き出した。
「わたし、貴女のこと信用できません」
震える足で立つメリッサはきっぱりとそう言った。普段の彼女からは想像もつかないその姿に、チャールズは怒りも忘れて驚いているようだった。
「それは勝手ですけれど、わたくしが本物だという証拠はどこにもないのですから」
イザベラは手を広げて、宣言するようにみんなに言った。
「しかし、わたくしには全てが見えるのです。そう、例えば人狼が1人ではないことをわたくしは知っています」
「1人じゃない・・・?」
ノアが呟いたのが聞こえた。
頭がボンヤリと痺れる。唯でさえ受け入れがたい状況だ。今が最悪だというのにまだ悪くなるというんだろうか。
「何人だ」
ハリスは毅然としていたが、声音には押し殺した怒りが滲み出ていた。
イザベラに対してか、化け物に対してか。
「3人おりましてよ。いいえ、3匹と言うべきかしら?」
「ふっざけんな!」
涼しげなイザベラにイリアの我慢が限界に達したようだった。もともと彼女は沸点が低いのだ。それにハッキリしない曖昧なことが大嫌いだ。こんな状況、たまったものではないだろう。
「それなら、誰がそのくだらない人狼とやらなのか、お前にはわかっているんだろうな!」
「いいえ」
イリアの剣幕にイザベラは物ともしない。
「貴女、ご存じ無いでしょうけれど予見には時間がかかるものなのです。短い時間では少しのことしかわからない。わたくしに今わかるのは3人の人狼がこの中にいることのみですわ。その人狼は昨夜3人で7人の人間を食らい、内3人の皮を被ったのです。きっと吟味したのでしょうね。誰に成りすますのが一番良いのか」
「イリア」
ノアがイリアに近づき、その肩に手を置いた。
「なんだよ」
煩そうにイリアが振り向く。
「君には見分けられるだろう?」
「・・・・・・」
イリアはノアを凝視して黙った。
どういうことなのか、ぼくにはノアの言葉の意味が理解できない。
ぼくだけでなく、その場にいたみんな何のことかはわからないようだった。もちろんイザベラを除いて。そしてハリスも、ノアの言った意味を理解したようだった。
ただハリスは首を横に振って頭を抱えてしまった。依然アスラは沈黙を守っているし、デイルは小さくなって事の成り行きを見ているだけだ。
他のみんなは顔を見合わせ怪訝そうに首を傾げている。
「・・・確かに、あたしには見分けられるだろうね」
やっとそう言ったイリアの言葉は他人事のようだった。いや、自棄にでもなっているような。とにかく好ましい展開ではないようだ。
「なんだよお前ら。そんな目で見ないでくれ。あたしだって確証はないんだ。ただ・・・墓守には役目がある。それは死んだ人間が本当に人間だったのかを調べることだ。元は確かに、死んだ人間が人狼だったかどうか調べる為に与えられた役割だ。・・・ちっ、嫌なこと思い出させてくれたな」
イリアはノアを睨んだが、彼女はおそらく人狼という言葉が出たときからこのことを心配していたのだろう。だから、どことなく様子がおかしかった。
「どうやって見分ける?」
好奇心をくすぐられたらしい、ダニエルが興味を隠そうともせずにきいた。
「いや、」
イリアはダニエルを嫌そうに制した。
「それは言えないんだ。墓守の決まりでね。方法は今この村の中であたししか知らない。ハリスやノアだって方法事体を知ることは許されていない。決まりは絶対だ。でも確かにあたしならそいつが人狼かどうか見分けられる。ただし、死体に限るよ」
それではあまり意味がない。
片っ端から村人を殺して調べていくわけにはいかないのだ。
「いいえ片っ端から殺して調べていくしかないのですよ」
そんな面白そうな口調で、イザベラはぼくを見て、考えを見透かしたように言った。
ぼくだけでない、誰もが真っ先に辿り着いた、あまりにも恐ろしい考えだったに違いない。
「村長さん」
イザベラはハリスを見つめた。
「村の決まりがあるでしょう。人狼が現れたときの決まりですわよ。古くから、村人は掟にしたがって村を守ってきたのです」
ハリスはちらりとノアを見た。
微かにうなずいたノアに、ハリスは憂鬱そうにため息をついた。
「確かに、あるな。俺たちの代で必要になるとは思ってもいなかったが・・・。だが俺は、できればアレは避けたい」
ハリスが決断を渋っている。
それは余程のことだった。
「何だよ。いいから教えろ」
イリアですら、僅かに尻込みしているようだった。声が小さい。
はぁ、ともう一度ため息をつき、ハリスは話し始めた。
それは恐ろしい、とても恐ろしい話だった。
そして終わらない夜の始まりだった。
*****
全員、ハリスの周りに集まって、半円を描くように木の椅子を並べ座った。
ぼくの右隣にはジュノー、左隣にはイリア。
みんなの前でハリスは話しだした。
ハリスは決意を固めたようだった。
「紛れこんだ人狼を見つけ出すのは容易じゃない。何もしなければこの村は全滅してしまうだろう。これは耐えかねた先人たちが考えだした苦肉の策だ。人狼に襲われた村はこれを決行してきた。ここ何年も奴らが現れなかった理由はこれがあったからかもしれないと言われている。そして俺達はこれからの村の平和の為にも、これを実行する」
ハリスは革表紙の厚い本を出した。
村の歴史や掟が記してある古い本だ。
いつもは鍵番ノアの仕事場で管理されていて、ぼくが実物を見たのはこれが初めてだ。
「これによると、村人たちは会議をしてその中で一番人狼だと思われる怪しい人物を絞る、そして日暮前にその誰かを、処刑するんだ」
ハリスの言葉がよく理解できない。
だって、だってそれは。
「無実だろうと関係なく殺すってことか・・・?怪しいってそれだけの理由で?」
ダニエルは信じられないというように言った。
「そうだ」
ハリスはもう、苦痛を表に出していなかった。
毅然とした村の長だ。
「いいか。俺たちはこれから話し合いを行う。まだ日は高いが、狼が動きだす夜になる前に誰かひとりを処刑する。・・・そんな目で見るな、俺だってやりたくはない。だが村を守る為だ。事が終わったら日が暮れる前にそれぞれの家に帰るんだ。夜は鍵をかけて絶対に外に出るな」
「ハリス」
ハリスの正面に座るノアが手を挙げて言った。
「なんだ」
「イリアとリオとジオは同じ家だ。それにチャールズとメリッサも、人狼が紛れこんでいた場合危ないんじゃないだろうか」
青ざめてはいるものの、ノアもまた毅然としていた。
こうなることも予想していたのだろう。
「ちょっと待てよ」
イリアは目を見開いて愕然としていた。
「ノア、お前はハリスに賛成するっていうのか?こんなことを、やるっていうのか?」
「仕方がないだろうイリア。これは決まりだ。上手くいけば3日で人狼は滅び村は平和に戻る」
「でも、でももし間違った人を処刑したら・・・」
ぼくは自分の声が擦れているのを感じながらやっとのことで言った。
とても黙ってはいられなかった。
「そういうことももちろん、ある。そうならないように願うだけだ」
ハリスの口調は厳しかった。
強い決意の宿った眼差しに圧倒される。
「お前が選ばれたら?黙って殺されるのか?」
「甘んじて受けよう」
ハリスの決意の堅さを知り、イリアは唇を噛んで黙った。
「ノアの言った話に戻すが、どうだろう。デイルの宿を使うというのは」
「あたしは、絶対にこの子たちから離れない」
イリアは隣に座るリオの手を握った。リオもジオと手を繋いでいる。
「その子たちのどちらかが人狼かもしれないぞ」
「「違う」」
突如、強い否定の言葉が双子の口から発せられた。
その場が静まり返る。
双子が口をきくのは滅多にないことだった。
リオはイリアがいる場でしか口を開かないし、ジオも基本は同じだった。その点について違うのは、ジオはノアによく懐いているという点だ。
ジオはノアと二人なら、イリアと一緒ではなくても話をするらしい。反対にリオはノアを嫌っているようだった。ジオを取られると思っているのかもしれない。
そんな二人が、イリアがいるとはいえこれほど大勢の前ではっきりと言葉を話したことは今までにそうあることでは無かった。
「ジオは人間」
「リオは人間」
二人はお互いを人間だと言い切った。
「そう信じたい気持ちはわかるが」
「「違う」」
ハリスの話を二人は遮った。
「わかるの。信じて」
ジオはリオの手を握ったまま、反対隣のノアを見上げた。
「・・・確かに」
ジオの真っ直ぐな瞳に押されたのか、ノアが確証無さげに言った。
彼にしては珍しいことだ。
「二人の間に僕たちがわからない絆があるのは確かだと思う」
「ノア、しかし」
「今まであったこと、みんなも知っているだろう?」
ノアは全員に問いかけた。
余所者のアスラ以外、それぞれ何とも言えない反応をした。
誰も、否定はしない。
ぼくもノアの言いたいことはわかった。
リオとジオには確かに他の誰にも理解できない絆があった。遠くに離れていてもお互いがどんな様子なのかがわかる。それはある種の特殊能力のようだった。
一度、ジオが森に迷いこんでしまったことがあった。
あのときは村人総出で探し回った。森の深くはとにかく危険で、道を外れたら迷うのはもちろん、獣にだって襲われる。
夜が更けて、これ以上探すことはできないと言われ、イリアは半狂乱だったしあのノアでさえ取り乱していた。
そのとき、突然家で待機していたはずのリオが現れて森に駆け込んでしまったのだ。
イリアと、それから確かダニエルも慌ててリオの後を追いかけた。その後1時間もしない内に三人はジオを連れて戻ってきた。
道に迷い木の影で泣いていたのだという。
何故リオにジオの居場所がわかったのか、それは二人の間にあった特別な絆のおかげに他ならなかった。他に説明がつかないのだ。リオにはジオの居場所がわかった、どこにいて、どんな気持ちで、どれだけ自分を呼んでいるのかがわかったのだという。
ジオもジオでずっとリオを呼んでいて、助けに近づいてきたのがわかったのだという。
双子は、そのときだけでなく普段の生活の中でもお互いの知りえないはずのことまでよく知っていた。熟知していた。
それは、二人が人間である証明になるだろうか。
なるのかもしれないと、ぼくは思う。
どちらかがニセモノだったとしたら、二人はすぐに気づくのではないか。
「もしどちらも人狼だったとしたら?」
ハリスは目に見えない不確かな双子の絆をあまり信用してはいないようだった。
彼は現実主義者だ。
「それはありませんわ」
意外なことに、イザベラがそこで発言した。
「何故だ」
「わたくし、ジオちゃんを占いましたの」
「アンタさっき予見には時間がかかるとか何とか言ってたじゃないか」
イリアは不満そうだった。
しかし双子は守りたいのだろう。先ほどよりも言葉に棘はない。
「えぇ、予見は夜ごとにひとりずつにしか行えません。けれどわたくしは人狼が現れたことを予見しました。ですから昨夜、彼女を占いました。間違いなく、ジオちゃんは人間ですわ」
「どうしてジオを占った」
イリアの問いはもっともだ。
これだけいる中でジオが一番疑わしいとは思えない。
「第一に、最も人狼らしくないからですわ。まだ幼い少女、当然あなた方は油断するでしょう?そんな相手が実は敵だったなら厄介ですわ。そして第二に、わたくしも双子に絆があることを信じていましてよ。古くから、同じ月日を同じ腹の中で過ごし、同じ時にこの世に生まれ落ちた存在には不思議な絆が宿ると言われておりますの。わたくし、もしリオちゃんが人狼だとしたら真っ先にジオちゃんが違和感を覚えると思いましたの。でもそんな様子は微塵もない。だからこそどちらかが人間だとわかればもうひとりが人間である確率も格段に上がります。えぇ、わたくしの見解では二人は本物、人間ですわ」
「あんたの見解が正しいとも言いきれねぇがな」
「ダニエル、じゃああんたリオが人狼だって言うのか!?」
「いや、イリアそういうわけじゃねぇよ。ただの軽口だ」
イリアは混乱しているようだった。
イザベラのことは信用したくないが、彼女は今イリアが最も守りたい二人を庇ったのだ。
「二人が人間だとしても、もしイリアが人狼だったらどうする。やはり離れているべきだ」
ハリスの言葉に、リオは強くイリアの手を握り直した。ジオも、離れる気はなさそうだ。
「いいのではなくて?もし彼女が人狼だったとしても、これで二人を食べ辛くなったでしょうから。ねぇ、これで明日二人のうちどちらかが死んだら一番怪しいのは間違いなく彼女ですもの。人間にしろ人狼にしろ、処刑されたくなければ双子を食べるわけにはいきませんわ」
イリアは賢くも反論しなかった。
「いいだろう」
不安の残る中、ハリスは納得した。
「チャールズとメリッサは宿でも構わないか?」
メリッサは不安気に兄を見た。チャールズは仕方がないと頷く。
「エリサも宿に泊まらせたい。いいか?」
「・・・わかった」
力なく項垂れたままのエリサを見て、ハリスは了承した。エリサをひとりで家に帰すのは危険だと判断したのだろう。今のエリサは何も考えることができないようだった。
「そろそろ、誰が人狼なのかをきちんと話し合いませんこと?日が落ちてからでは遅いのですわ。狼は夜動くものですもの」
誰もが恐れていた言葉だった。
これより先、何を言おうとそれは虚偽やごまかしを疑われることになる。
「3人いるというのは確実なんですね」
「間違いありません」
ノアの問いにイザベラははっきりと頷いた。
彼女は本当に予言の力を持っているのだと、ぼくは思う。
それは彼女の占いを求めて遠くからわざわざ訪ねてくる人々がいることもあったし、この場で何か頼るもの、何でも良い、ヒントが欲しかったからでもあった。
「1人は疑う余地もないだろう」
「と、言うと?」
ハリスは今まで何もしゃべらずに大人しく村の会議に参加することを余儀なくされた旅芸人のアスラの前に立った。
「お前はこの村の住人じゃあない。お前がいる時に村は襲われた。まず間違いなく人狼だろう」
全員が、アスラに注目した。
「うーん、と」
アスラの表情は口元しか読み取れない。だが彼が困ったように笑っているのがわかった。
「まぁ、そうなるのではないかと思っていました。こう言っても説得力がないのはわかりますが、私は人間です」
「とても信じられないな。まずその仮面を取れ。素顔もわからない者を信用するなど無理な話だ」
「もっともなご意見ですが」
アスラはハリスの話に納得した上で、それを拒否した。
「できません」
「何故ですか?」
ノアが聞く。
「この仮面はもはや私の顔の一部です。剥がすことはできない。皮膚も同然なのです」
「そりゃあ面白いな。そのまんまの意味で捉えろってんならちょっと見せてみろよ」
ダニエルがガタンと音をたてて立ち上がり、アスラの前に立った。
そして仮面に手を伸ばす。
アスラは抵抗しない。
一同が固唾を飲んで見守る中、ダニエルが弾かれたように仮面から手を離した。
「どうした?」
恐る恐るチャールズが聞く。
メリッサはアスラからできるだけ離れようと椅子を引いていた。
「こりゃあ・・・とんでもねぇな・・・。おい医者」
「なんですか?」
ダニエルから呼ばれたルーベルが顔を引きつらせる。
これ以上の面倒は御免だと思っているのは明白だった。
「見てみろよこれ」
「はぁ・・・」
仕方ないというように返事をして、ルーベルはダニエルに従いゆっくりとアスラの仮面に顔を近づけた。
アスラは微動だにしない。
ひゅっ、とルーベルが息をのむ音がした。
「まさか、話に聞いたことはありましたが・・・」
ルーベルは明らかに動揺している。
「なんだって言うんだよ」
痺れを切らしたイリアがイライラとした声で割り込んだ。
「俺、知ってるよ」
ジュノーがぼくに囁いた。
「何を?」
「あいつの正体」
「正体?」
アスラの正体なんて、一介の旅芸人ではないのか。人狼か人間かのことを言っているのならともかく。
「仮面の一座の出身だよ」
「仮面の一座?」
聞いたことのない言葉だ。
「謎に包まれた団体で、遠い砂漠の国で見世物をしながら旅をしているんだ。そいつらは砂漠にテントを張って移動していて、オアシスの町を転々としている」
「アスラはもともとその一座だったって?なんでそんなことがわかる?」
「仮面の一座の由来は、全員顔に動物の仮面をつけてるってことだ。あいつの仮面も、鳥の羽がついているだろ?」
「あぁ・・・」
よく見ると、アスラの仮面の両端には緑色の綺麗な鳥の羽が散らされていて、それが仮面と肌の境界を隠していた。
「噂でしかなかったんだが、今確信したよ。あいつらの仮面は言葉の通り顔の一部なんだ」
「どういう・・・」
「仮面の一座では成人すると仮面を顔に縫い付けられる。それは徐々に肌に馴染み、いつしか本当に外すことはできなくなるんだ」
ぼくはアスラを見た。
ルーベルは仮面の羽をそっと手でわずかに持ち上げその隙間を確認した。
「・・・間違いありませんね。彼が仮面を外すことは不可能です」
イリアもチャールズもメリッサも、気味悪そうに黙ってアスラを見ていた。
ダニエルとルーベルが席に戻る。
ジオがノアの服を引っ張り、彼の耳に何事かを囁いた。
「大丈夫だよ」
ノアがそう言ったのが聞こえた。
「私は、死に場所を求めてこの村に来ました」
アスラはゆっくりと話した。
「生まれたときから私は一座の人間でした。一座の人間は死ぬまで一座の人間です。それに耐えられなかった私は逃げました。しかし逃げても、その枷は重く、柵から逃げることはできなかった。せめて遠い地で、自らの意志でひとりひっそりとこの命を終わらせようと思ったのです。それこそが本当の解放であると。この先生きることに希望は無い。だから、ここで殺されようと私に悔いはありません。それが私の運命です。思い知りました。この地であっても彼の地であっても変わらず、私は化け物なのです」
「そんなことはないです・・・」
みんなが、ぼくを見た。
ぼくは何故みんながぼくを見たのかがわからなかった。
「マシュー?」
ジュノーの声に、はっとした。
今咄嗟に思いを口にしたのはぼくだった。ぼくの声だった。
「すみません、でも・・・あんまりです。貴方が何かしたわけでもなくただ運命だからと、自分を化け物だなんて」
仮面の奥のアスラの目は、ぼくには限りなく人間らしく感じられた。
「ぼくは貴方を化け物だとは思いません。その・・・ただの勘ですけれど、人狼だとも思えません・・・」
こんなにも全てを諦めていて、安らぎを求めている人が人狼だとは思えなかった。
みんなの視線に耐えきれずに、ぼくは俯いた。無性に悔しかった。ぼくの言葉には何の説得力もない。ただの勘で話すべきではないし、そんなの今この状況を混乱させるだけだ。
「・・・貴方は優しいですね」
アスラの言葉にぼくは顔を上げた。
「私は不気味がられても、恐がられても、当然だと思っています。それなのに、貴方の方が辛そうな顔をしている」
「じゃあお前は、こいつの他に、あたしらの中に人狼が3人もいるってそう言うんだな」
イリアがぼくを睨んだ。イリアが怒る理由もわかっていた。でもここで折れるとアスラは余所者というそれだけの理由で殺されてしまう。
「イリア、ぼくは・・・そうは思いたくない」
「でもそういうことだろうが!」
「やめなさいイリア」
ノアがイリアを制した。
「マシューが言っていることは正しい。人を見た目で判断すべきではない。・・・ただ、今回の場合彼はあまりにも怪しすぎる」
いつも優しいノアにしては、それは厳しい判断だった。
「いいんです」
アスラはぼくに言った。
「私はどうせ死ぬつもりでした。ただ、私は人狼ではありません。私の死はみなさんの被害を一日長引かせるだけとなるでしょう。それでも、私が死ぬことで少しでも安心できるというのなら、殺されても構いません。貴方は否定するかもしれませんが、私にとって生きることとはこれまでずっと苦痛でしかなかった。私にとっての死は解放以外の何物でもありませんよ。私を庇って貴方まで矢面に立つこともない」
ぼくは、何も言えなかった。
ぼくは今までこの村でずっと平和に暮らしてきた。外の世界なんて知らない。
例えどれほどの苦痛が外の世界に溢れていたとしても、わからない。だからこそぼくがアスラに言えることなんて何も無い。
ひとりの人間が命を失う重みをぼくはまだ知らないのだ。
*****
「そろそろ、決めなければなりませんわ」
日は傾き、それぞれがひっそりと思い思いに話したり、じっと考えたりしていた。
イザベラに促され、ハリスが重い腰を上げた。
ハリスの隣にはノアが居る。二人は先ほどからずっと低い声で何かを話し合っていた。
「掟に従って、ひとりひとり人狼と思う者に票を入れてもらう。一番多く票が集まった者を今日、日没前に処刑する。処刑の方法は先ほどダニエルには話したが、ダニエルの猟銃で行う。人狼を殺せるのは狩人の銃のみだからな・・・」
ダニエルは肩をすくめただけだった。
処刑役も誰かがやらなければならない。それをぼくはすっかり忘れていたのだが、ダニエルは自分の役割を淡々と受け入れているようだった。
「まずは俺の意見から言おう。まぁ今さら細かく理由を言うこともないと思うが、旅芸人のアスラ、俺はお前に投票する。お前は余所者で、事件があったその日に村にいた余所者はお前だけだ」
アスラは軽く頷いた。
この先の展開は、みんなにも、彼にもわかっている。
彼はそうするしかないだろう。
「続いて端から、言ってくれ」
促され、まずアスラが口を開いた。
「私には一切貴方がたの情報がありません。だから確かなことは何も言えない。それに私がどんな投票をしたところで結果は変わらないでしょう。私は隣の貴女に票を入れます。理由は隣だったから、それだけです」
アスラは隣のイザベラに票を入れた。
本当に、何の根拠もないのだろう。
誰が誰に票を入れたか、ノアが書き取っているようだった。
「わかった。次、イザベラ頼む」
「わたくしも票は貴方に入れますわアスラさん。余所者だからということもありますけれど、わたくしには今情報が無さすぎる。こうするよりほかにありませんの。悪く思わないでくださいね」
「次、メリッサ」
ハリスの無機質な声でその後も投票は続いた。
メリッサもチャールズもエリサもルーベルも同じようにアスラに投票した。
理由は言わなかったがみんなハリスと同じだろう。
「申し訳ありませんが、これは貴方に入れるしかありません」
ノアもそう言った。
これで、残りの全員がイザベラに投票でもしない限りアスラの処刑が決定した。
ジオはイリアを無言で見つめ、イリアが頷いて促すのを待ってから、黙って真っ直ぐアスラを指差した。
リオもジオと同じように投票し、イリアも当然アスラに投票した。
「次、マシュー」
恐れていたときだ。
もうアスラの処刑が決定しているからと言って、気安く口にできることではない。
「私に投票してください」
黙っているぼくを見かねて、アスラがそう言った。
「・・・・・・」
ぼくは頷いた。
たっぷり黙った後で、それしかできなかった。
情けなくて、たまらなかった。
頭がガンガンする。耳鳴りが酷い。
この後悔はきっとずっと続く。
ぼくは結局投票中一度も、アスラを見ることはできなかった。
ジュノー、デイルがアスラに投票したのも、うまく聞くことはできなかった。
*****
処刑は墓地のすぐ近くで行われ、アスラの死体は墓地にあるイリアの小屋に運ばれた。
ダニエルとハリスとノアによってそれは行われ、彼らと小屋を開けたイリアの他はみんな集会所で待機していたが、4人も再び集会所に戻ってきてぼくたちは再び顔を合わせた。
結局、イリアはその小屋で死体を調べ、リオとジオは隣の牧場にあるイリアと3人で暮らしている家にいることになったそうだ。
リオとジオはイリアから離れたがらなかったが、二人がいる前で死体を調べるわけにはいかないとイリアに説得されたようだ。
「牧場には羊たちがいる。誰かが近づけば羊たちが騒ぐだろう。だから二人は安全だよ。だからいいか、例えあたしであっても夜に訪ねてきた奴は家に入れるな。それから絶対に、窓にもドアにも鍵をかけておくこと」
イリアにそう言われ、二人は不安そうに手を握り合っていた。
まだ10歳そこそこの子供だ。不安なのも当然だろう。
「イリアも気を付けて」
「あんたに言われなくても気を付ける」
イリアはぼくがアスラを庇うような発言をしたことに怒っていた。声をかけても冷たい返事が返ってくる。返事を返してくれるだけマシなのかもしれない。
「ひとつだけ、よろしいですか?」
アスラの処刑によってますます重くなったみんなの雰囲気の中、イザベラはひとりだけ何のショックも受けていない様子だった。
「狩人さん」
「うん?」
イザベラに呼ばれたのが不意打ちだったのか、ダニエルはかなり驚いていた。
ここにきてイザベラがダニエルに何の用があるのかと誰もが思ったに違いない。
ダニエルはアスラの処刑を終えたばかりで、少なからずいつもの調子はでていなかった。
「貴方は今晩も、そしてまた明日の夜からもずっと、誰かを護ることができますわね」
「・・・どういう意味だ?」
「貴方には唯一人狼を倒すことのできるその猟銃があります。つまり、誰を護ることができるということですわ」
「はぁん、俺に夜通し警護しろつってんのか」
ダニエルは合点がいったように力なく笑った。
「まぁ、貴方しかできないことですわ。それに貴方自身の身は格段に危険になる」
「そうだろうな。つまりアンタは俺に、誰かの家の前で夜を明かせつってるんだからよ」
「えぇ。その通りですわ」
「まぁいい。警護はしてやるよ。ただ誰の警護に行くかは言わないぜ。俺だって命が惜しいからな」
「ダニエル、いいのか?」
ハリスはダニエルを気遣っていたが、ダニエルは務めて明るく振舞っていた。
「いいっていいって。それに、誰かを護ることで俺の人狼じゃないっつー潔白も証明されるかもしれねぇしな」
「それもそうだね」
ノアが考え深げに言った。
「それに人狼が人狼を襲うことはない。護られた側の潔白も証明されるだろう」
「うまくいけば一石二鳥どころじゃねぇな。俺が人狼を殺せるかもしれない、俺の潔白が証明される、俺が護った奴の潔白が証明される」
「確実に人狼を見つける手がかりになるな」
「じゃあまぁ、それで了解だ」
そう言って、ダニエルは猟銃を肩に担いだ。
「それじゃ、また明日な。つっても俺が生きてたらの話だけどよ」
日が完全に落ちる前に、ダニエルは集会所を出て行った。
「あたし達ももう行くよ」
イリアがジオとリオの肩を抱き寄せてそう言った。
「明日、良い報告ができることを祈るよ」
そう言って、彼女たちもまた夕暮れの中に姿を消した。
「俺たちも行こう。デイル、部屋を頼む」
「あ、あぁ」
デイルとチャールズ、メリッサ、エルサもまた去って行く。
すぐ後に続いて、何も言わずにルーベル、イザベラと続けて出て行った。
今晩、イザベラは誰を占うのかもう決めているのだろうか。
「マシュー、ジュノーも外に出てくれ。日が落ちるのは近いよ。ここももう鍵をかけるからね」
ノアにそう言われて、残っていたぼくとジュノー、ハリスも外に出た。
「また明日」
そう手短に言って、ハリスとノアは同じ道に消えて行った。
それからぼくらは並んで家までの道を歩いた。二人とも何も言わなかった。
分かれ道まできたときに、ジュノーが口を開いた。
「マシュー、アスラに対してお前がしたことだけど」
その言葉に、心が冷える。
さっと背筋が凍った気がした。
「人をあぁやって庇えるのは、お前の良い所だと思うよ。だけど、あれじゃあお前が疑われる」
「・・・うん」
「気をつけろよ。それに誰も殺したくないのはみんなだって同じだ。お前も、覚悟を決めるべきだよ」
「・・・・・・」
厳しいことを言うのは、ぼくを思ってくれてのことだろう。
ジュノーもぼくも身よりが無い。
この村はそんな人たちばかりだからこそ、みんな力を合わせて今日まで支え合ってきた。
だからこそ、みんなに甘えるわけにはいかない。
しっかりと、地に足をつけて自分の力だけで立たなければいけない。
今はそんなときだ。
ジュノーの言葉はそう、ぼくを諭していた。
「ごめん」
「いや、俺に謝ることじゃない。じゃあな、また明日会おう」
そう言って、ジュノーは分かれ道の左を行った。
その先に彼の家がある。小さい、レンガ造りの家だ。中は絵具の匂いと、紙の匂いが満ちている。ぼくはあの独特の空間が好きだった。
まるでジュノー自信のように、少し変わっていて、温かい。
ぼくは右の道を行った。
少なくともぼくの家の隣はデイルたちの居る宿だ。
ぼくはジュノーが心配だった。
ダニエルが護るのが彼であればいい。
ジュノーの家の近くの果樹園のテリは殺された。煙草屋にも今はゴートもエリサも居ない。
あの辺りに他に人はいない。
ぼくは不安をかき消すように駆け足で家に帰った。
そしてしっかりと鍵をかけ、何も食べずにベッドに潜り込んだ。
何も考えたくなかった。
あれほど恐ろしいことが立て続けにおこったのだ。
眠れるはずもないと思っていたのだけれど、思った以上に体も心も疲労していたようで、ベッドに潜ってすぐにぼくは眠りに落ちた。
夢は、みなかった。
*****
イザベラに初めて会った頃、ぼくはまだ10代の子供だった。
彼女宛に届いた小包を届ける為に彼女の家に行った。
イザベラの家は墓地の横を通り、森に入った先にある。彼女の家に続く道は、晴れの日は木々の隙間から差し込む日の光が草花にちらちらと射し美しい小道だ。
だがその日は曇りだった。
木々の影は全て恐ろしい魔物のように思えたし、風の音は誰かの泣き声に聞こえ、ぼくは急いで小道を歩いた。
薄暗い中、イザベラの家から漏れる明かりで、何故だかもっと不安になった。
それがまるで小さい頃にきいた童話にでてくる魔女の家そっくりだったからかもしれない。
ベールの向こうに透ける閉じられた目も、黒い服から延びる真っ白で長い指も、流れる長い長い黒髪も、真っ赤な唇も、幼いぼくには恐ろしかった。
イザベラへ小包を届けたのはそれから数える程しかなくて、最後に彼女に会ったのはいつだったのか定かではない。ただ彼女はいつでも鮮明に、ぼくの記憶の中に居た。それは紛れもなく恐怖の対象として。
朝、目が覚めてしばらく、ぼくは昨日のことが思い出せなかった。
なんだか不快な夢をみたときのように心が重く、その重さの原因をぼんやりとした頭で考える内に全てが鮮やかに蘇った。
みんなの中に混じる嘘つきの人狼、村の会議と処刑の決まり、泣き崩れるエリサ、イリアの怒声、死んでいったアスラ。
ぼくたちが、殺した。
集会所に行く為に重い体を起こした。
顔を洗っているときに空腹に気が付いた。そういえば、昨日はほとんど何も食べていない。こんなときでも人は眠るし、ものを食べなければならない。
チャールズとメリッサの店は開いているだろうか。
昨日の今日で開くわけもないか。
二人は今隣の宿に泊まっているんだったか。
家には何も食べるものはなくて、ぼくはとりあえず外に出た。
開いているはずもない、兄妹のパン屋にむかう。
朝も早いとはいえない時間に、村は静かだった。
もともとの村人は少なかったが、それでも穏やかな賑やかさのある村だったのに。封鎖されて外からは誰も来ない上に一気に村人も4人減っている。
驚いたことに、チャールズとメリッサの家の煙突からは煙が出ていた。
二人がパンを焼いているということだ。
「マシュー?あら、マシューだわ」
温かい店に入ると、ぼくを出迎えたのは木の椅子に座ったエリサだった。
「おはようエリサ」
「おはようマシュー」
エリサの顔には幾分か血の気が戻ってきていた。
疲れた顔はしているが、昨日と比べてずっと落ち着いている。
「わたしあんまり寝られなくてとても早く起きてしまったの。もう明るくなり始めていたから外に出ても大丈夫だろうと思って部屋の外に出たらチャールズとメリッサも同じだったみたいで、どうせやることもないし、二人が朝食用のパンを作りに行くって言うから一緒にきたのよ」
「デイルは?」
「デイルはまだ眠っていたみたい。部屋に声をかけても返事がなかったのよ」
「そう・・・」
「マシューはパンを買いにきたの?」
「うんまぁ、まさか本当に店が開いているとは思わなかったんだけど」
「そうよね」
エリサが微かに笑った。
久しぶりに彼女の笑顔を見たような気がした。
エリサは昨日、唯一の肉親を亡くしたばかりなのだ。
「エリサ、もうすぐ焼けるわよ・・・あら?」
メリッサが奥の厨房からエプロンで手を拭きながら出てきた。
頬に粉がついている。
「メリッサ、マシューの分のパンもよろしく」
「えぇ大丈夫、みんなの分もと思ってたくさん焼いたから・・・おはよマシュー」
「おはようメリッサ」
「やだ、メリッサ顔についてるわよ」
「え?」
「ここ」
エリサに教えられてメリッサが顔を拭う、粉の後が頬に広がってしまった。
「ふふ、メリッサってば」
「えぇ?もう、なんなのよ。いいわ、洗ってくるから」
ふて腐れたように頬を膨らませて、メリッサは奥に引き返して行ったが、彼女もまたエリサの笑顔が見られて嬉しいようだった。
「昨日は取り乱していて、ごめんなさいね」
「いや・・・」
伏し目になったエリサを見てぼくはまた彼女が泣き出してしまうのではないかと思った。
けれど、彼女はぼくが思っているよりもずっと強かった。
「もう大丈夫よ。わたしは絶対に人狼を許さないわ・・・。ねぇマシュー、今日も集会所に言ってひとり選ぶじゃない?」
「・・・うん」
「今日こそは村から犠牲が出るのよね・・・。わたし、あの中に3人も人狼がいるなんてとても信じられないの」
「うん、ぼくもだよ・・・」
「どうしたらいいのかしらね、わたしたち」
「もしかしたら、イザベラが人狼を見つけたかもしれないよ」
「そうね・・・」
エリサの顔が曇った。
「どうしたの?」
「イザベラ、本当に彼女の話を信じてもいいのかしら」
「どういうこと・・・?」
「昨日、あの人わたしたちにその・・・お互いを信じるべきではないようなことを言ったじゃない」
確かに、昨日イザベラはエリサ、そしてメリッサとチャールズに酷いことを言っていた。でもそれは、真実だった。受け入れればいけないことだ。
「でも今朝になって思ったの。もし彼女が人狼だったら・・・?あのときわざと自分以外に目がいくようにわたしたちにあんなことを言ったんじゃないかしら」
「そうだったとしたら・・・イザベラの言うことはぼくらの助けにならないかもしれない」
彼女と、そしてイリアの話をヒントにしてしか今のぼくらに人狼を見つける術はない。
「今は信じるしかないよ」
「そうね・・・」
エルサがそっとため息をついた。
「でも最悪の結果も考えておかなければならないわ・・・」
もしイザベラが人狼だったら、ぼくたちが助かる可能性は限りなくゼロに近いと思った。
「朝から暗い話するなよな」
チャールズが厨房から出てきた。
「もうしばらくしたら焼きあがるぞ。それまで暗い話題は禁止だ。どうせ昼には嫌でも考えなきゃいけなくなるんだからさ」
それから、ぼくとエリサ、チャールズとメリッサは小さな丸テーブルを囲んでメリッサの入れたお茶を飲みながらパンが焼けるのを待った。
「ミーシャから買った最後のお茶なの。あーあ、帰ってきてくれないかしら。わたしあの子の作るお茶大好きなのに」
メリッサは紅茶の包み紙のシワを指で広げながら言った。
紅茶売りのミーシャはこの村で暮らしていたが、去年の春に調合の勉強をしに行くと言って町に出て行った。明るい彼女が村を出て行くのを惜しむ者は多かった。
「ルーベルはミーシャが好きだったよな」
チャールズがにやっと笑った。
「もう、お兄ちゃんはそれでルーベルのことからかってばかりだったわね。よくないわよ。あの二人、お似合いなのにお兄ちゃんがからかってルーベルを緊張させるからいつも上手く話せなかったじゃない」
「俺はルーベルの背中を押してやろうとしただけだろ」
「おせっかいって言うのよ。ね、エリサ」
「いやいや、俺は悪くないだろ?なぁエリサ」
「あら、良い香りね」
エリサはそう言って二人の話を逸らせた。
確かに、厨房からはパンの焼ける良い香りが漂ってきている。
「お、もうそろそろじゃないか?」
「あら本当」
チャールズとメリッサが慌てて厨房に向かう。
「あぁ言っているけど、チャールズもわたしになかなか好きだって言ってくれなかったのよ」
エリサはこっそりぼくに言った。
「チャールズって実は照れ屋なんだよね」
口を隠してクスクス笑うエリサはとてもかわいくて、ぼくはチャールズの気持ちもなんとなくわかるなぁと思った。二人も、メリッサもぼくより年上で兄姉のように慕ってきた存在だ。そんな彼らが時折見せるそういった姿を微笑ましく思うのは生意気だろうか。
ミーシャはもう村には帰ってこられないかもしれないなぁ、とそんなことをぼんやりと思った。
帰ってきてもここはもうあの頃の平和な村ではない。
*****
「嘘だ・・・」
「嘘だ嘘だ嘘だ。そんなわけ・・・ない」
チャールズの口からそんな言葉が零れ落ちた。
「だって俺たちは誰も・・・何も気づかなかった・・・」
デイルが宿の厨房で横たわっていた。
彼の目は何も映してはいない。彼の口はもう何も話さない。
腹抉れた体から溢れる血だまりはどこまでも暗い。
鼻をつく錆びた鉄の匂いが立ち込めている。これが死臭というやつなのか。
日が高く昇った正午、みんなはまた集会所に集まった。ぼくとチャールズ、メリッサ、エリサはパン屋から直接集会所に向かった。
集会所でぼくらを迎えたのは変わらず涼しげな顔をしたイザベラと、隅の方で座り込んで眠るダニエル、暗い顔をしたイリアと彼女に寄り添うリオとジオ、深刻そうに話しをするハリスとノアだった。
しばらくしてマシューとルーベルも姿を現した。
しかしそれからいくら待ってもデイルだけが現れず、痺れを切らしたハリスが宿へ向かい、そして発見した。
デイルの死体だ。
彼の死体はルーベルの手によって検死され、人狼によって噛み殺されたことがわかった。
「人狼が食べるのは腹部の柔らかい肉だけです」
ルーベルはみんなの前に立ってそう言った。
「昨日殺された被害者たちと同じです。今度ははっきりと噛み跡も残しています」
神経質そうに、ルーベルはたびたび手に持ったバインダーを指で擦る。
ぼくはそれが妙に気になった。
彼の落ち着きの無さは何かに似ている。
「昨晩、デイルは人狼に殺されました。私に言えるのはそれだけです・・・」
短くそう言って、ルーベルは自分の席に戻った。
「他の4人もそうだったのか?食われたのは腹だけか?他は何も減ってないのか」
「まぁ・・・、何故ですか?」
イリアの問いに答えて、ルーベルはチラリと目を泳がせた。
「いや・・・、人狼のくせにお上品なことだと思っただけだよ」
その言い方に、エリサが唇を噛んだ。メリッサがイリアを窘めるように睨む。
しかしイリアはじっと地面を見つめていた。
彼女が何を考えているかわからない。それは珍しいことだった。エリサのことを気遣う様子も、自分がした失言に気づいた様子もない。
「さて」
ハリスが昨日のようにみんなの前に立った。
あの悪夢のような時間が再びやってきたのだ。
「話し合いを始める」
「わたくし、まずはイリアちゃんが見た結果から知りたいですわ」
「あぁ・・・」
みんな期待を込めた眼差しで、いや、祈るようにイリアを見つめたが、彼女の表情からもう結果はわかったようなものだった。
「残念ながら、あいつは人狼じゃあなかった」
落胆と、ため息。
それぞれが似たような反応を見せた。
ノアは目を伏せ、エリサは顔を覆った。
アスラは人間だった。
この中にはまだ3人の人狼がいて、人間のフリをしている。そしてそれは同時にぼくらが罪もない人間を殺してしまったということに他ならなかった。
誰もがお互いから目線を逸らし、地又は空を見つめる中、ぼくはじっと正面を見つめていた。
重い後悔と、それから怒りだ。それらがじわじわと体を蝕んでいるのがわかった。
アスラは何故、死ななければならなかったのか。何故デイルが殺されたのか。
何よりも許せないのはこの中の3人もが既にこの世にいなく、彼らもまた人狼の犠牲になっているということだ。人狼は彼らに成りすまし、ぼくが愛する彼らのフリをして彼らを冒涜している。
目をそらさなかった。
だからそれに気づいたのは恐らくぼくだけだったのだと思う。
一瞬のことだった。
唇の端を歪めるように、引きつるように彼は微かに笑ったのだ。
見つけた、そう思った。
「そうですか」
はぁ、とイザベラさえも落胆の息を漏らした。
「ですがみなさん、良いニュースもございましてよ」
「つまり・・・」
ハリスは頭痛がするように蟀谷を押さえながらイリアを促した。
「わたくし、人狼を見つけました」
全員が一斉にイザベラを見た。
「いいえ悪いニュースになるのかしらね」
イザベルが首を傾げる。
ふざけるな、そう言いそうなイリアは黙っていた。今日はイリアの様子もおかしい。
でもぼくの目には、イリアは思案しているように見えた。こんなことを言っては怒られるかもしれないが、珍しく慎重になっているようだ。
「誰を見た?」
「いいのですか?言ってしまって」
ダニエルの質問を聞いて、イザベラがふっと笑った。
「人狼の方は今とっても焦っていますわよ?動揺している方はとても怪しいですわ」
イザベラはひとりひとりをじっくりと見回した。
見えていないはずの彼女に、全てを見透かされるような気がして、心がざわざわした。
確かに彼女から視線を感じるのだ。
「それにしても、強欲な狼ですわ。なんて意地汚く矮小なんでしょう。姿を現して一気に襲ってしまう度胸もないのに人の香に引きつけられて逃げることもできないだなんて」
ねぇ、とイザベラはチャールズを見つめた。
「宿のご主人を襲った人狼は宿に泊まっていた貴方がたかしら」
チャールズが鼻に皺を寄せた。
激昂しても自分を怪しく見せるだけだ、冷静にそう思ったのかもしれないし、自分は人間なのにイザベルに人狼と判断された場合のことを考えているのかもしれなかった。
もしそうだとしたら、イザベラが人狼の可能性すら出てくるのだ。
いずれにしてもその反応はとても人間らしく思えた。
どうやらイザベラもそう思ったらしい。すぐにチャールズから視線を外した。
「エリサちゃん。そういえば貴女は殺された二人の近くに居ましたわね。お父様と宿のご主人と」
「わたし、貴女のことが信用できないわ」
エリサはきっぱりそう言った。
昨日の弱々しい彼女ではない。今朝パン屋でぼくにも言ったように、イザベラを真っ向から否定してみせた。
「そうですか」
面白そうに、イザベラはそう言ってエリサから視線を外した。
「人狼はどうやって皮を被った人間の記憶を取り込むのかしら?どうやって知りもしないはずの人のフリをできるのかしら?ねぇ、イリアちゃん、貴女は知っている?」
イザベラがイリアを見た。
その瞬間、イリアは目を見開いた。
「いや・・・知らない・・・」
イリアらしからぬ歯切れの悪さだ。
やはり今日の彼女はおかしい。
しかしイザベラはその反応に満足したらしくすぐに視線を外した。
「わかった、イザベラの答えはもう少し話し合ってからにしよう」
ハリスも慎重になっていた。
これは重要な駆け引きだ。
自分の正体が見られたかもしれない以上、人狼は何か動きを見せるしかない。
いや・・・それとも黙り込むしかないのか・・・。
「昨日のことを振り返って、俺はまずマシュー、お前を信用する」
ハリスがぼくの名前を出した。
「え・・・」
突然のことにぼくは戸惑った。確かに、疑われるようなこともしていなかったけれど、信用に足る発言も特にしていなかったような気がする。
今の所のぼくは他の大勢と同じように傍観者に近しいだろうと思っていた。
「まず真っ先に、お前は人狼の話を口にしている。まだ誰もその可能性を考えていなかった時だ」
「あぁ・・・あの時は、オートの話を思い出して・・・」
「人狼だったなら、わざわざ自分の正体を明かすようなことは言わないはずだ。それにあの場合はまだイザベラが来てそれが確証に変わる前だった。もしイザベラが現れなかったら人狼を疑う声も上がらなかったように思う。ただの獣で、話は決着していたはずだ」
「それを言ったら・・・」
チャールズが呟いた。
みんなが彼を見つめる。
チャールズが気おくれしたように話した。
「イザベラも、信用すべきだってことだよなと思ってさ。彼女がこの場に表れなかったら、ハリスの言った通り人狼なんてマシューの妄言で片付いてた」
「あと、肝心なイリアも信じるべきだと俺は思うぜ」
ダニエルが言った。ダニエルはよく眠れなかったからだろう、気怠い様子だった。
「何故だ?」
ハリスが聞くが、ダニエルは唸るような声を出して首をひねった。
「どうにも頭が回らねぇんだよなぁ。もともと俺は考えることは苦手だ。でもイリアは信じるべきだぜ」
「それは勘か?」
やや呆れたようなハリスに、ノアが言った。
「いや、そうとも言い切れないよ。イリアはあれだけみんなに疑われて殺されたアスラを人間だと言っているんだ。もし彼女が人狼ならアスラを人間だと言うより人狼だと言った方が都合が良い。その分自分は人間になりすませるし、我々の警戒も多少は薄れる」
「何にせよ、ヒントになるものを持っている二人を信用できるのは良いことだ。ただ否応にも・・・それで人狼もまた数が絞られてくる」
そう言ったハリスが一息ついてから、一気に言った。
「今名前を挙げられた者以外は自分を守る発言をすべきだぞ。俺を含め、その中に人狼が3人いることになる」
「それって・・・」
「もちろん、君も含まれているよメリッサ」
アスラは死んだ。デイルも死んだ。どちらも人狼ではなかった。
残った中でぼく、イザベル、イリアが人狼の可能性は薄いと言われた。
そのイザベルにジオは人間だと断言されている。そしてリオもまた可能性は低いということになっている。
残ったのは・・・?
ざわり、と一斉に話しだしたみんなを見た。人狼ではないだろうと言われて安心したから余裕がでたとか、そんなものじゃない。ただそれが大事だと思った。見ることが、ぼくの役割だと思った。
ここでは誰も客観的にはなれない。みんな自分を守ることに精一杯で、他人の動向なんて気にしていられない。だから気づいたぼくはその役割をするべきだ。
普段おとなしいメリッサが眉を吊り上げて叫んでいた。私は人狼じゃない!
でもどうだろう。彼女は死んだデイルと同じ宿に泊まっていたのだ。
椅子から立ち上がって、メリッサの肩に手を置きながらハリスに弁明しようとしているチャールズ。
彼だってメリッサと同じだ。
青ざめているエリサ、彼女はイザベラを信用していない。早く見つけたという人狼を言って頂戴と訴えている。
だがエリサの父親は最初の犠牲者のひとりだ。酷なことを言うようだが、彼女は彼を殺しやすい位置に居た。十分に怪しい。
リオは不安そうにイリアをうかがっている。イリアは黙って何かを考えていた。2人を庇う発言をしないのは、イザベラに2人は人間だと言われているからだろうか。
ジオはノアの傍に行き、怯えて彼に張り付いていた。ノアは詰め寄るダニエルを諌めながらもジオの頭を撫でて落ち着かせようとしている。
ジオがここでイリアではなくノアに頼っているのはおかしくないか?ジオとノアが人狼で仲間だという可能性はどのくらいだろう。
ダニエルは寝ずにみんなの護衛をしていた。疑われるなんて言語道断だと怒っている。
けれどそれは夜に自由に動ける唯一の人間だということだ。彼が人狼ではないと誰が言える?
イザベラは、まるで喧騒が心地よい音楽かのようにゆったりとみんなの声を聞いていた。
彼女は本当に本物なのか。もし僕が人狼なら真っ先にイザベルを狙う。何故昨夜殺されていない?人狼はダニエルがイザベラを護っていることを恐れたのだろうか。それとも・・・。
そしてハリスだ。
彼は会議を操れる立場にいる。彼の発言は強くみんなの意見に影響する。だが彼はぼくを信用すると言った。人狼がわざわざそんなことを言うか?
駄目だ。
人を疑うのは苦手だ。それにきっと、ぼくがすべきことは他にある。
ぼくは信じることで、人狼を見つけたい。
ぼくが人狼ではないことは、ぼくが一番良く知っている。人狼ではないぼくを庇ったハリスは今の時点で恐らく信用しても良いと思う。それも人狼が信用されるためについている嘘の可能性はもちろんある。けれど、ぼくに必要なのは信じられる人間だった。とりあえず今日、ぼくはハリスを信用する。
それにイリア、彼女が人狼だった場合ノアの言うとおりアスラを人間だと言うメリットは無い。彼に人狼の罪を被せても誰もイリアを疑いはしなかったはずだ。否定したイリアは人間に近い。
そしてイリアを信じるべきだと言ったダニエルとノアも今日ぼくは信用する。
やはり鍵はイザベラなのだろうか。
彼女が本当に人間なら、同時にジオも信じられる。リオのことも、人間に近いと思える。
ぼくは信じたい。信じられる人間を増やしたい。だから今、貴重な情報源であるイザベラは信用しよう。
残りは、誰だ。
チャールズ、メリッサ、エリサ、ルーベル、ジュノー。
たった、それだけ。
人狼は3人。
*****
昼になり、一旦食事をとることで喧騒は一度止んだ。
チャールズ、メリッサ、エリサが配ったパンを食べる間、誰も口を開かなかった。
それぞれの椅子に座り、ただ黙々と食べた。
何故だろう。朝はテーブルを囲んで食べたパンはあんなにも美味しかったのに、冷たい集会所でみんなでいるのにひとりひとり食べるパンの味はあまりわからなかった。
「そろそろ結果を教えてくれたっていいんじゃねぇのか?」
そろそろみんなが食べ終わったかという頃、ダニエルがそう言いみんながイザベラに注目した。
「あらあら、そう焦らないでくださいな。どうしてそんなに焦るのかしら。誰が占われたのか、知ってホッとしたいのかしら。それは人間の行動?それとも人狼の行動?よく考えて発言した方がよろしくてよ」
「おいおい・・・」
驚愕したようにダニエルが言った。
「俺が人狼じゃないことはアンタ、よくわかってるはずだぜ」
その言葉に、サッとイザベラの顔が険しくなった。
「・・・、いや、深い意味はないけどな」
失言に気づいたのだろう、ダニエルが取り繕うように付け加えたが概ね、みんなが思ったはずだ。
ダニエルは昨夜イザベラを護衛したのだ。
これは人狼へのヒントになってしまったかもしれない。
「いいでしょう」
イザベラはダニエルの失言に機嫌を損ねたようだった。
口元から笑みを決して、真っ直ぐにひとりを指差した。
「わたくしが視たのはあなたの正体ですわ」
全員がシンと黙りこんだ。
昨日疑われていたのは村人ではなかった。
でも今回、イザベラが名指しで人狼だとはっきり宣言したのは間違いなく村人で、今までずっと一緒に過ごしてきた仲間で、そして
村で一番のぼくの友達だった。
「確かなのか」
ハリスか誰かがそう言ったのが聞こえた。
頭を殴られたような衝撃だった。
イザベラは信じたい。今この場で唯一の手がかりだ。
「嘘だよ」
ぼくは言った。
「そんなの嘘だ」
隣を見る。
自分に向けられたイザベラの指先を呆然と見つめながらジュノーの顔は青ざめていた。
「ジュノーは人狼なんかじゃない・・・」
なんで、なんでジュノーは何も言わないんだ。
「俺は今日あんたを信じる」
チャールズの信じられない言葉にぼくは耳を疑った。
「何で・・・」
「悪いなジュノー、マシュー。俺は自分と、メリッサとエリサを護りたい」
一瞬、頭が空っぽになって、何の音もしなくなって、何も感じなくなって、それから一気にすべての感覚が戻ってきた。
それは初めての感覚だった。
体が熱くなって、大きな重い塊が、自分の奥から這い出してきて暴れまわる感覚。
ぼくは今、生まれて初めて本気で怒っている。
「自分さえ、自分さえよければそれで良いのかよ・・・」
唸り声のような音が、自分の口から出たのがわかった。
みんながぎょっとしたのがわかった。
でももう止められない。止め方を知らない。
「ふざけるな・・・!ふざけるなよ!!都合の良いことばかり言いやがって!自分たちが助かるために他人を売るのか・・・っ!」
「マシュー・・・」
ジュノーがぼんやりとぼくの名前を呼んだ。
「マシュー、そういうお、お前だってそうだろ・・・!ジュノーを庇うってことは他に人狼がいるってことだ・・・!イザベラは嘘つきか?彼女は人狼か?俺が人狼だって言いたいのか!?」
「まぁまぁ落ち着きなさいな」
イザベラはそう、ぼくたちを諫めかけたが、思わぬところから横槍が入った。
「それは、一理あるかもしれねぇなぁ」
ダニエルだった。
「ダニエル?何言って・・・」
「だってよチャールズ。お前らは3人一組だ。それなのに誰ひとり明確に人間だって思える証拠がねぇんだ。俺は考えるのは苦手だけどよ、お前らを信じようとしたときに特に理由がねぇよ。それに・・・」
一瞬ためらって、しかしもう言い淀む段階ではないと踏んだのだろう。
はっきりと言った。
それは正解だ。もう一人、人狼と名指しされた者がいる以上、気遣いよりも正確な情報が必要だった。
「ゴートとデイルが殺されてるんだ」
その二人に最も近かったのは確かにその3人だ。
デイルが死んだ今日も、同じ宿に泊まっていた。
「おいダニエル・・・」
「酷いわそんなの・・・」
ダニエルの発言は、チャールズにもメリッサにも大きなショックを与えていた。
もちろんエリサも、俯いて耳を塞いでしまった。
「いや、まぁ、だからって別にイザベラのことを疑ってるわけじゃねぇんだよ。だから・・・そうだな・・・今日はジュノーか・・・」
「そんな・・・!」
「いいよマシュー・・・」
ジュノーがやっと口を開いた。
「いいって・・・どういう・・・」
「今日、僕が殺されても構わない。・・・でも必ず、明日以降、彼らの誰かを殺してくれ」
ぞっとする話だった。
自分の命を諦める代わりに、ジュノーはチャールズたちの死を願ったのだ。
「それは約束はできない」
ハリスの口調は澱みなかった。
「しかし、疑う余地はある」
村長のハリスの意見に、チャールズは口をパクパクと動かしたが、言葉は出てこなかった。
今日、自分たちではない。
そのことがせめてもの救いになっているようだった。
「ジュノー、ぼくはそんなの認められない!」
「マシュー、ありがとう。でも今からみんなの意見を変えることなんてできないさ。僕に言えることはただ一つだ」
そう言って、ジュノーは立ち上がった。
その横顔は、青ざめてはいたけれど、決意が見て取れた。
「僕は人間だ。人狼なんかじゃない。だからさ、今後イザベラの言うことは信じるな・・・って言っても今は無駄かな。・・・もしかしたら、イザベラが間違えたのかもしれない。彼女が完璧ではないって、みんなそう思って。・・・それにやっぱり、彼女を完全には信じないでほしい。彼女が人狼だったらどうなるか、ちゃんと考えてほしい」
これが、遺言。
そう言って、ジュノーは前に進み出た。
「もういいでしょう。決をとろう」
「ジュノー、まだ時間はあるんだ」
ハリスが言った。
けれどジュノーは首を横に振る。
「お願いします。みんなに疑われるのが本当は耐えられない」
気づくとぼくは立ち上がっていた。
そして、すがるようにジュノーに近づいた。
言おうと思った。
強烈に、その人の名前を口にしたかった。
でも、ぼくの中の冷静な部分がそれを引き留めた。
ぼくとイザベラ、どちらの言うことをみんな信じる?
彼・・・、そう彼だ、彼にまだ気づかれるわけにはいかない。
彼のことを今みんなに打ち明けても、信憑性もなく、ジュノーは救えない。
ジュノーの決意を、せめて無駄にしないように、慎重にならなければいけない。
「明日、あたしがあんたの潔白を証明できるかもしれない。イザベラが間違ってたって言えるかもしれない」
イリアは珍しく、ジュノーを気遣うようなことを言った。
「ありがとうイリア。そう願ってる」
「投票を、しようか」
ノアが言った。
「やはり、今日は君に死んでもらうのが一番ヒントになるんだ」
ノアの言葉は正確で、残酷だった。
「イリアが居る以上、イザベラだけが人狼と言っているのと、二人が人狼と言っているのとではやはり違うからね。・・・ジュノー、君に投票する」
「俺もお前に投票する」
チャールズはぼくたちを暗い目で睨んでいた。
「お前が人狼だ。嘘つき野郎。それで二人目はお前だ、マシュー」
「兄さんの言う通り、あんたが人狼、それとマシュー、あと一人よ」
メリッサも続いた。
「わたくしも、貴方に投票をしますわ。・・・理由は申し上げる必要、ないでしょう?」
イザベラは真っすぐ、ジュノーを指さした。
「あたしは・・・。いや、あたしもあんたに投票するジュノー。悪いね。あんたの結果はあたしが見る。あたしは絶対に間違わないから安心しな」
「「・・・・・・」」
イリアに続いて、双子は無言でジュノーを指さした。
そして二人揃って、囁くようにつぶやいた。
「「ごめんなさい」」
「いいんだよ」
ジュノーは二人に微笑んだ。
「仕方ないんだろうな、畜生」
ダニエルも
「村の総意か。・・・いや、俺の意見だな。許してくれとは言わんさ」
ハリスも
信じる人たちがみんな、ジュノーに票と投じて行く。
「イザベラに」
今日の話し合いで黙っていたルーベルがひっそり言った。
彼は神経質そうにずっと爪を噛んでいて、イザベラに投票した理由も言わない。
みんな怪訝そうに彼を見たが、それでもやはり何も言わなかった。
残ったのは、エリサとぼくだった。
「さぁ、君たちが最後だよマシュー、エリサ」
またしても、ぼくが最後になると思った。
しかし、一向にエリサは口を開こうとしない。
俯いてじっと地を見つめている。
チャールズがそっとエリサの肩に手を乗せた。
それでもエリサは微動だにしない。
先に口を開いたのはぼくだった。
「イザベラ、君は間違っている。だから君に投票する」
「マシュー」
「ぼくは信じてる。ジュノー、絶対だ」
「・・・そうか」
「エリサ、投票するんだ」
ぼくの投票が終わって、それでもな尚動かないエリサに、ノアが声をかけた。
「エリサ、どうした?まさかお前悩んでるのか・・・?」
「他人の投票中は口を閉じているんだチャールズ。あくまで、個人の投票だ」
ハリスの言葉に渋々チャールズは黙った。
しかし怪訝そうに恋人を見つめた。
エリサにとって、人狼は身内の敵だ。
それも唯一の肉親の。
そのことが余計に、エリサの票をためらわせているのかもしれなかった。
怒りに任せて票を投じても、敵討ちになりはしない。
貴重な1日なのだ。
ここで彼女がイザベラに投票したところで、もうジュノーの処刑は決定してしまっているのだけれど。
「・・・・・・私、やっぱり信用できないのよ。投票はイザベラ、あなたにするわ」
たっぷりと時間をあけて、なんとエリサはイザベラに投票した。
考えてみれば、それも納得がいく話だった。
今朝彼女はぼくに、イザベラへの不信感を話していた。
彼女はイザベラを信じていない。
だからこそ、イザベラが人狼だと言った人間に投票はできなかったのだ。
「票は揃ったな」
ハリスが言った。
「今日の処刑は、ジュノー、君だ・・・。残念だよ」
「僕も残念だ、ハリス」
「嫌だ・・・、ジュノー・・・」
「じゃあなマシュー。気を付けろ。・・・お前は生きるんだ」
ジュノーを離そうとしないぼくを、ハリスが無理やり引きはがした。
「離してください」
「駄目だ」
ハリスの力は強く、どんどん力が抜けるぼくの体では到底、抵抗もできなかった。
ジュノーは、ハリス、ダニエルに連れられて外へ出て行った。
暴れることもできなくなったぼくの隣に、ノアが来た。
「今日はもう帰るといい。ゆっくりと眠るんだ。嫌でも明日は来る」
「・・・・・・」
ノアの言うことに間違いはなかった。
明日は来る。
いくら来るなと祈っても。
*****
Are you a were wolf? -A red girl ghost lives in the village- 2へつづく